部活動戦争
腐令嬢、交渉す
「は? 何でですか? どこがダメなんですか? 人数も活動内容も問題ないはずですけど!?」
初めて訪れた中等部生徒会室で、私はこれまた初めて出会う生徒会長に噛み付く勢いで食って掛かった。
先日、新たな部活動の開設申請要項をまとめて提出したのだが、今朝になって却下の知らせが届いたのだ。
「それがねー、似たような部活の申請が先にあったんですよねー。なのでそちらと相談して、共同で活動されたらどうかと」
坊っちゃんカットのヒョロい先輩男子は、ひ弱そうに見えて非常に頑固だった。
私がどれだけ訴えても冷たく跳ね除けるだけで、決して折れない。一般庶民ながら多くの支持を受けて選出されたというだけあって、我が最大の武器である悪役令嬢パワーを全開にしても全く怯まなかった。
このくらいの強い精神力と確かな決断力がなくては、階級の坩堝であるアステリア学園の生徒会長なんて務まらないのだろう。
「……わかりました。その部活を申請した人と話してみますわ。それでも活動に食い違いがあるなら、また来ます」
「そうしてください」
で、生徒会長に紹介してもらった『類似した部活の申請者』とやらに、私は早速会いに行くことにした。
「ね、申請を取り下げてくれないかしら? 私の目に付かないところでなら、こっそり私的に活動してくれていいし、ひっそり生きてていいから」
うるうると瞳を潤ませ、上目遣いの小悪魔ポーズで懇願する私に――イリオスは冷めた紅の瞳を向け、盛大に溜息をついた。
「随分とまあ、上から目線なお願いの仕方ですなー。さすがは悪役令嬢、性格の悪い発言に長けてますねぇ。いや、これはクラティラス嬢のせいではなく、ウル
「ええ、そうね。性格が悪くて根性も捻くれ曲がっていることは認めるわ。でも私、BLのためなら鬼にでも悪魔にでもなると決めたの。あなたが諦めてくれないと、私の部活申請が通らないの。だからお願い、イリオス。大人しく消えて?」
奴の最推しである外見を駆使し、私は必死に可愛くおねだりした。
何とこのクソ野郎、私の考案した『薔薇の園』と活動内容がほぼ同じ、おまけに名称まで類似した『百合の苑』なる部活を先に申請しやがっていたのだ。
しかし表向きはどうであれ、中身は間違いなく相反する。何たって申請した主が、こいつなんだから。
「生徒会からのアドバイスに従って、素直にこちらと合併したらどうですかぁ? 部長の座は譲りませんけどー」
「やなこった! 言論統制やら思想弾圧やらでまともに活動させてもらえないに決まってるもん!」
提案してきたイリオスにキッと向き直り、私は断固拒否の姿勢を示した。
こいつの部と共同で活動なんてできるわけがない。何たってイリオスはピュアみ溢れる微百合が大好物。仲良く戯れる私達の姿を見てニヤニヤゲヘゲヘとユリリィな妄想に耽るだけならまだしも、それ以上にこいつは『BLが大嫌い』なのだ。
前世から気持ち悪い理解できないありえないと貶し続けてきたんだから、私の邪魔をしようと画策して先に似たような部活を申請したという可能性も高い。ステファニやリゲルをBL沼へ落としたことに、随分とご立腹なされていらっしゃったし。
そのため『百合の苑』の傘下に加わったが最後、私達が
何としてもそれは避けたい。せっかくの楽しい学園ライ
放課後、イリオス専用の秘密基地である旧音楽室で話し合ったものの交渉は捗らず、我々の主張はいつまでも平行線を辿るのみだった。
こうなれば、奥の手を使うしかない!
「よーくわかった。お前なんかに交渉しようとした私がバカだったよ。最初から『もっと力のある奴』に訴えれば良かったんだ。おし、今から行ってくるか」
椅子から立ち上がり、私は用無しのイリオスに背を向けて用無しの部屋を出ようとした。
「え……ちょ、ちょっとクラティラスさん? あなた、まさか」
背後から、イリオスの狼狽えた声が追いかけてくる。私は振り向き、ニヤリと口角を上げてみせた。
「そうよ。中等部の生徒会にも発言力のある人――『高等部の生徒会長』に直接交渉してやるわ」
ゲーム本編となる高等部に足を踏み入れるのは、これが初めてだ。校舎自体の造りは中等部と大して変わらないけれど、映る景色の一つ一つに胸が高鳴る。
ウキウキとあちこちを見てははしゃぐ私とは反対に、イリオスは無表情で黙ったままだった。高等部に入るまでは散々行くな無駄だやめとけとうるさかったが、今は話しかけても反応すらしない。
そんなに『兄上』に会いたくないなら、わざわざ付いてこなきゃいいのに。
高等部現生徒会長は、三年生のディアス・ダンデリオ・アステリア――――アステリア王国第一王子、いわゆる王太子様である。
ディアス様はスタフィス王妃陛下の嫡男で、イリオスと共に事故に巻き込まれて三歳で亡くなったセリニ様の実兄。
イリオスからはセリニ様の件で義母であるスタフィス様と折り合いが悪いと聞いているけれども、ディアス様とも同じくあまり関係が良くないのかもしれない。
自分が使っていた音楽室の鍵を渡したのも、弟への思いやりなどではなく、始末に困っていたものを卒業前に体良く押し付けただけだろうとイリオスは考えているそうだから。
しかしそれでも、私には一人で行くから帰れよ、とは言えなかった。勢いでここまで来たはいいけれど、軽く腰が引けていたのです……。
だって、相手は王太子だよ? 『氷の貴公子』だよ? 超緊張するじゃん!
だったら両方を知ってる奴を連れてた方が気楽じゃん!
なので申し訳ないと思いつつも、何故か付き合ってくれるイリオスの好意にこっそり甘えて、私は周りの人に場所を尋ね、二人で三階にある生徒会室に向かった。
「…………本当に行くんですか」
目的地を示すプレートがかかった扉の前で、何度も深呼吸して緊張を落ち着かせていると、イリオスが隣から抑揚のない声で問いかけてきた。
「い、行くとも。ここまで来て、引き返せるもんか」
ごめん、ウソ。めっちゃ強がり言った。本当は尻尾巻いて逃げたい。怖い、無理。
「そうですか」
しかしイリオスはそんな私の気持ちも知らず、おもむろに扉をノックした。
ぎゃあ、待って待って待って! まだ心の準備ががががが……!!
「どうぞ」
低く艶のある美しいバリトンの音声が、それに応える。するとイリオスは躊躇いなく扉を開け、さっさと中に入っていった。慌てて私も後を追う。
資料室を適当に模様替えしましたといった感じで狭く殺風景だった中等部のそれとは異なり、高等部の生徒会室は広々としているのに加え、設置された応接用のテーブルや椅子もやたら豪奢だった。
まるで、その奥のデスクに座る人物のために、設えたかのように。
真っ直ぐに落ちる長い銀髪が、内側から発光しているかのように幻想的に煌めく。こちらを睨める紫の瞳は刃の鋭さと宝玉の妖しさを兼ね備え、語彙力が消滅するほどにひたすら美しい。
彼の背後にある大きな半円型の窓から差し込む西陽が、後光に見えるよ……やばい、神々しすぎて跪きたくなる衝動がアンストッパボーなんですけれど!
彼こそが、ディアス・ダンデリオ・アステリア第一王子殿下。
イリオスとは母親違いの兄弟で、この美しさから『氷の貴公子』の異名を持つ、アステリア王国王位継承権第一位の座に
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