腐令嬢、神となる
「な、何が目的なの……お金? それなら私のお小遣いを全部あげるわ!」
お小遣いといっても、一爵令嬢である私のそれは相当の金額になる。庶民ならば、私の一月のお小遣いで小旅行を楽しむくらいは可能だろう。
「はっ、お金など私は求めておりません」
けれどもアズィムは、私の提案を鼻で笑い一蹴した。
やだ……待って。
お金が目的じゃないなら、残るは一つしかないじゃん。
こいつ……きっと、ロリコンなんだ!
まだあどけない私のロリボディを、ずっと狙ってたんだ!
それでこの機に乗じて、やらしいことするつもりなんだ!
十八歳未満は見ちゃいけない、薄いけれど内容は濃厚なエロ同人みたいに!!
「わ、私に何かしたらイリオスが……」
「クラティラス様に、私の好みのカップル絵を描いていただきたいのです」
ここぞとばかりに第三王子の名を出して牽制しようとした私だったが――――アズィムはそれを遮り、想定外から予想外へとぶっちぎった答えを口にした。
「本命はディアス殿下とクロノ殿下の禁断の愛ですが、昨年の絵画展でクラティラス様が出品された作品も大変素晴らしかったので、心優しいマッチョに惹かれながらも素直になれないイリオス殿下なども見てみたいところですな。それともう一つ、この小説の作者様であらせられるリゲル様に
ア?
ズィ?
厶ーー!?
呆然とする私に、アズィムは頬をほんのり染めながら、可愛らしいお花柄の便箋を差し出してきた。
「あの、二通、あるけど……」
聞きたいことはそこじゃないんだけど、それも気になったので、私はアズィムに恐る恐る声をかけた。
「ピンクの方がリゲル神様宛、ブルーの方はクラティラス神様宛となっております」
わあ、神様扱いだぁ……。
「わ、わかったわ。リゲルにも必ず渡すわね」
「はい、次回作も楽しみにしているとお伝えください。お二人共、学業がお忙しいでしょうから無理はなさらず。このアズィム、命ある限りお二人の活躍を応援しております」
生真面目な表情で、アズィムは我々に熱いエールを送ってくださった。
「ええと、その……アズィムって、実は女性より男性が好き、なの?」
失礼だとは思ったけれど、どうにも我慢できなくて、私はアズィムに突っ込んだ質問してしまった。
しかしアズィムは無礼な問いに眉を顰めるどころか驚くほど穏やかな微笑みを浮かべ、静かに首を横に振った。
「いいえ、私は女性しか好きになったことがありません。妻を心から愛しておりますし、結婚して四十年経つ今も行ってきますとお帰りなさいのキスは欠かしません。おまけにこう見えて、とても嫉妬深いのです。妻が他の男と仲良くしているところを見ると拗ねた挙句に、一日赤ちゃん言葉でしか話さなくなるほどですから。赤ちゃんになった私を妻が優しくヨシヨシして宥めてくれるのが、これまた至福の時間なのですよ」
図らずも、いかにも堅物といった顔をしているアズィムに、超絶愛妻家の一面があると知ってしまった。
四十年ラブラブチュッチュしてることにも驚きだが、赤ちゃん言葉のアズィムを優しくあやす奥様が何よりワンダフルだわー……。
「話が逸れてしまいましたが、私にとって趣味と性癖は別物です。大体、この年でこのような趣味に開眼してしまったのは、リゲル神様とクラティラス神様のせいではありませんか。こんな素晴らしい物語と絵をこっそりと創作なされていたなんて、誠にけしからんです。もっとください」
つまりアズィムは、私の絵とリゲルの小説を目にしたことがきっかけで新たな世界に目覚めてしまった――らしい。
まさかのアズィムがBL沼に堕ちるとは、想像もしてなかったぞ!
「アズィム」
私は彼の名を呼び、優しく微笑んだ。
「ファンレターを、ありがとう。とっても嬉しいわ。あなたの応援を励みに、これからも良い作品を作っていけるよう頑張ります。早速今夜から、ディアス様とクロノ様の絵に取り掛かるわね」
「ク、クラティラス神様……! ありがたき幸せ! 一生あなたに付いていきます!!」
モノクルを押し流す勢いで涙を暴発させたかと思ったら、アズィムはソファを飛び降りて私の足元にひれ伏した。
こ、こんなに有難がられると、ちょっと困っちゃうな……。
けど、やっぱり嬉しい。
BLが好き、絵が好きっていう気持ちのままに描いているけれど、応援してくれるファンの存在は本当に力になるから。前世でも、修羅場で挫けそうになった時は貰ったファンレターやコメントを読み返して、その一言一言に勇気づけられたもん。
夕飯の後はステファニを部屋に呼び、アズィムが届けてくれたリゲルの本と私の絵を肴に萌えトークに花を咲かせた。
が、そこへ『ネフェロに仕事を任せて来ちゃった! サボりじゃなくて新人教育の一環だからへーきへーき!』と言ってアズィムも合流したから、さあ大変。
時に共感しては涙を流し、時に嗜好の相違でぶつかり合っては意見を戦わせ、我々三人は熱く激しく盛り上がった。
こうして私に、新たな萌え仲間兼熱く腐ったパッション溢れるファンができた。
アズィム・イアセミー、御年六十歳。
三十年近くレヴァンタ家に仕える、敏腕の執事。真面目に几帳面を足して厳格を掛け合わせたような性格で、私達家族はもちろん、使用人達の動向にも常に目を光らせ、些細な変化も見逃さずミス一つだって許さない。
先代に続き、お父様も若い頃から彼に支えられたおかげで今の地位を築くことができたと、よく口にしている。言わば、レヴァンタ家における影の立役者といった人物だ。
よもやそんな彼が、この世界で初の腐男子になるなんてなー……。
事実は小説より奇なり。
リゲルが書いた801ファンタジー全開のBL小説以上に、現実はアンビリーバボーな事象に満ちているものなのだと、私はまた一つ新たに学んだのだった。
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