ヲタバレ事変
腐令嬢、拉致る
新たな環境で始まった学校生活は慌ただしいながらも新鮮で、あっという間に一週間が過ぎた。
さすがは王国屈指のエリート校アステリア学園、入学式の翌日にはフルタイムで授業が行われて、勉強勉強勉強よ。
でも不思議なことに、教科書を開いた瞬間に寝落ちる呪いにかかってる私でもちっとも眠くならなかった。きっと、教え方が上手いんだと思う。勉強嫌いで勉強恐怖症で勉強アレルギーの私が、初めて勉強を楽しいと感じたくらいだもん。
アステリア学園が人気なのは、教師のレベルが高いからってのもあるんだろうな。
「ねえ、そちらのクラスはどう? 良き同志は見付かりそうかしら?」
ランチタイムで混み合う学食の片隅でこそっと尋ねると、二組のアンドリアとドラスは顔を見合わせて溜息をつき合った。
「全然ダメですわ。貴族の令嬢達は自分の美しさを磨くことにしか興味のない子達ばかり。そうでない子は勉学に必死で、話しかけても会話にすらなりませんの」
「男子も今一つパッとしないというか……個性が足りなくて、リバにしたところで面白味に欠けるといった感じですわね」
三組のミアとデルフィンとイェラノの方も状況はあまり芳しくないようで、揃って首を横に振った。
五組の私とリゲルとステファニも、釣られて肩を落とす。
まだ入学して間もないんだから、仲間集めは焦らなくていい……と思うなかれ。悠長に構えている暇はないのだ。
というのも、私には入学したら必ず達成しようと目論んでいた野望があった。
それは『萌えBL愛好会(仮)』を、仮じゃなくすること。
そう――萌えを追求してさらなる高みを目指していく活動を、新たな部活にしたいの!
勉学だけに留まらず、スポーツや趣味にも積極的に励んでほしいという学園の指針によって、この学校には様々な部活動が溢れている。かくれんぼ部から缶蹴り部、果ては激マズドリンク同好会やら穴空き靴下研究会など、何をやってんだか訳のわからない部まで、それはもう様々。
どの部活にも顧問の教師というものは存在せず、必要であれば専門のトレーナーや講師を招くという形を取っているという。
そんな感じでほぼ生徒の自主性に任されているため、部活動の認定規約も緩い。
公序良俗に反しないこと、活動内容や部活名称に被りがないこと、最低でも十人を揃えること――この三点を守って、生徒会から許可が得られれば良いそうな。
分厚い部活名鑑を全網羅して調べたところ『個性溢れる想像を語り合ったり文章や絵画を創作したりして、豊かな発想力と創造力を分かち合い高め合う』といった活動をしている部活はなかった。
問題は、定員にあと二人足りないということだけ。これがなかなか難しくてね……。
嫌々の渋々のダメ元のしゃーなしでイリオスにも当たってみたんだけど、
「絶対に嫌です。死んでも嫌です。BL脳だけに、頭腐ってるんじゃないですかぁ?」
と返され、危うく殺し合いになりかけた。
部活動の参加は、全生徒に義務付けられている。
期限は今月末まで。それまでに何としてもあと二人を確保せねばならない。
と、ここで私は学食に現れた一際目を引く人物を発見し、ある名案を閃いた。
「あなた、バカじゃないの?」
ランチを終えたところを見計らって拉致……いや、ちょっとだけ強引に校舎裏へとお連れしたゴブリン……いやいや、サヴラは、嫌悪感を剥き出しにした視線を私に突き刺した。
「誰があなたなんかのお願いなど聞くものですか。どこまで人をコケにすれば気が済むのかしら?」
「そこを何とか。何でもするから!」
神様仏様サヴラ様に手を合わせ、私は必死に懇願した。
サヴラが入部すれば、今も両隣に控えている取り巻きコンビももれなく付いてくる。サヴラは、一つで三度美味しい良物件なのだ。
「へえ、何でも? じゃあ三回まわってワンと鳴いてみせなさい」
ハーフアップにしたオリーブの髪をさっとかき上げてからサヴラは腕を組み、艶やかに光る唇を歪めて笑った。
「了解!」
仰せのままに、私はくるくると華麗に三回まわってワンと元気に叫んだ。
が、サヴラも取り巻きの二人も唖然として固まっている。
不安になって、私は恐る恐るサヴラに尋ねてみた。
「えっと……本当にこんな簡単なことで良かったの? サヴラって、もしかして意外と優しい? てっきりオークの肝を取ってこいとか、サイクロプスの眼球を奪えとか命じられるんじゃないかと思ったのに」
「い、いくらあたくしでもそんな恐ろしいこと口にするはずないでしょう!」
「そ、そうですわ! サヴラ様は土下座しろとか靴を舐めろとか、そんなチャチでショボいレベルの嫌がらせでプライドを微かに傷付けて喜ぶ程度のザコい小物なのですから、命まで取ることはいたしません!」
「クラティラス様は、サヴラ様を何だと思っているのですか!? やはりゴブリンですか!? 確かにゴブリン並に根性は悪いですし性根は腐ってますけれど、ゴブラ様だってオークやサイクロプスに挑めだなんて無謀なことは仰いませんわ!」
「あなた達、どっちの味方なのよ!? どさくさに紛れて、あたくしにひどいこと言ってません!?」
取り巻きの二人に、サヴラが噛み付く。
うん、私もそう思う。全然フォローになってなかったよね。
「取り敢えずやることはやったし、三人共、協力よろしくね」
「……三人?」
面倒になってとっとと話をまとめて退散しようとした私だったが、それをサヴラの声が引き留めた。
「あら、おかしいわね? さっきのはあたくし一人の分であって、この二人は関係なくてよ? 必要ならば、また『お願い』を聞いていただかなくては」
やだー、そうくるー?
「はいはい、何をすればいいの?」
投げ遣り気味に問い返すと、サヴラはニヤリと口角を上げて私の左手を指差した。
「その指輪を、寄越しなさい」
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