腐令嬢、撮影す


「思ったより時間を食ってしまったんで、作戦会議はまた今度にしましょう」



 ギリギリ奥歯を噛む私を置き去りに、イリオスはさっさと立ち上がった。



「ねえ、何かいい案思い付いた? 私、忙しくてそれどころじゃなかったんだけど」



 私ものろのろと立ち上がり、イリオスの後に続く。



「自分の命に関わることなんだから、ちゃんと考えてくださいよ! 忙しいとか何とか言って、どうせ気持ち悪いBLにかまけてただけでしょーが!」



 振り向いたイリオスは、怒声の槍で図星のど真ん中を貫いてきた。リゲルをBL沼に引きずり込んだことが、よほど気に入らなかったらしい。


 が、怒り顔はすぐにニヘラ〜っと蕩けた。



「それはさておき……アステリア学園の制服にトレードマークの髪飾りまで装備されると、まさにクラティラス様といった佇まいですなぁ。いつまでも眺めていられますなぁ。萌え萌えキュンキュンが止まりませんなぁ」



 ニヤニヤして鼻の下を伸ばしたかと思ったら、イリオスは『ハートのスクショ』とか抜かしつつ、両手で作った自前のハート型ファインダー越しに私を眺めながら、周りを回転し始めた。


 本当に気持ち悪いわー。外観の美しさを台無しにしてマイナス突き抜けるキモさだわー。



 作戦会議とは、言わずもがな彼の最推しであるクラティラス・レヴァンタを救う方法を考案するためのもの。


 ゲームとは違った行動を取れば死亡フラグを回避できる糸口が見付かるかもしれないと言い、本来なら高等部から入る予定だったアステリア学園に入学しようと提案したのもイリオス江宮えみやだ。



 ところが、肝心の私はというと――割と諦めモードだったりする。


 元凶となるイリオスとの婚約をどうにかすりゃ何とかなるんじゃないかと一応は抵抗してみたものの、結果はこの通り。


 またゲームの影響なのか、仲良しだったお兄様との関係も悪化してしまった。


 実はお兄様、ヴァリティタ・レヴァンタもヒロインの攻略対象の一人。シスコン拗らせて頭おかしいレベルだったお兄様が急に冷たくなったのは、パスバリア一爵令嬢のサヴラと婚約したというだけでなく、彼の意識の底に『悪役令嬢を排せよ』という洗脳めいたものが働いているからでは、とも思うのだ。




 何となくだけれども、私の死はどんな手を打とうとも免れないような気がする。


 この世界がライトノベルで描かれた未来に向かって進んでいるというなら、私の死は必要不可欠となるはずだから。




 しかーし! だったら余計に暗く沈んでいる場合じゃない。


 こうして生きている間に、楽しいことをやり尽くして、もう腹いっぱいだよ何も入らないよってくらい心を満たすんだ。突然の事故で死んだ大神おおかみ那央なおと違って、リミットは見えてるわけだし。



 ということで、今日という新たな門出を記念して写真を撮影してもらうことになった。


 イリオスの侍者が、第三王子の晴れ姿を撮るためにこの世界では貴重なカメラを持ってきてくれていたので。



「あんまり寄らないでくださいよ、クラティラスさ……痛っ、殴るにしても鞄の角はないんじゃないですか!? というか、殴られる意味がわからない!」


「お前がクソ邪魔な位置にいるからじゃん! これから記念撮影だってのに、何でわざわざアステリア学園入学式の看板の前に立つんだよ? そっちのが意味わからんわ! 透明化しろ、ボケ!」



 しかし、私とイリオスはこのように険悪。



「お二人共、喧嘩なさらないでください。せっかくの記念撮影なのですから、笑顔なスマイルでニッコリですよ」


「ステファニさんてば、その顔で言っても説得力ありませんよぅ……。ほら、暗黒ネフェロさんとイリオス様のム腐腐フフを想像しましょ?」


「どれ、私もここはひとつネフェ✕イリを妄想してみましょう…………ふむ、悪くありませんね。アリ寄りのアリですね」


「でしょう? イヒヒ、高貴な美少年を痛ぶるのはやはり良いですなぁ。萌えに燃えますなぁ」



 ステファニとリゲルは妄想の世界へゴー。



「ネフェ✕イリですって!? そんなの邪道よ! 私は断固としてヴァリ✕ネフェですからねっ!」


「ほう、ネフェ✕イリときましたか……しかし、イリ✕ネフェもなかなか良いのではありませんか?」


 ついでに『萌えBL愛好会(仮)』の同志達、ヴァリティタ✕ネフェロ固定のアンドリアが吠え、リバ好きのドラスが思案に耽る。



「若者ばかりじゃつまらないわ。式で挨拶されていた学園長、渋くて素敵でしたわよね……あの方をイリオス様とネフェロ様で取り合うというのはどうかしら?」


「でしたら、お二人にはケモ耳を生やしましょう! 尻尾も! おまけに肌が鱗化すれば最高ですわ!」



 更にオジサマ愛好家のデルフィンと人外萌えのミアも、暴走する。



「ネフェ✕イリ、イリ✕ネフェ、学園長、獣化……。ああっ、ダメです! 素材が多すぎて、構図がまとまりませんーー!」


「あなた方、いい加減にしなさいっ! イリオス殿下が困っていらっしゃるでしょうがっ!!」



 イラスト練習中のイェラノが手帳を取り出してメモり始めると、撮影係の隣で見守っていたネフェロがついにブチ切れた。



 我々はオカンの本性を現したネフェロにガミガミと怒られ、ついでにイリオスまでも『王子殿下たるもの、この程度の小娘達を黙らせることもできないでどうするのですか!?』ととばっちりで叱られていた。ざまあ。



 やっとのことで写真撮影が行われたのは、皆でごめんなさいを百回言わされてから。



 しかし、後日届いた写真は、そんな喧騒があったことなど感じさせないほど素晴らしい一枚だった。


 皆が最高の笑顔で、まさに期待に胸膨らませるフレッシュな少年少女といった風に写っている。



 実はこっそり私が『この後はネフェロマンマのおいちいおっぱいタイムでちゅー、干からびるくらいに吸い尽くしてやるでちゅー、伸び伸びティクビにして学校でも飲めるようにしてやるでちゅー』などとくだらないことを言って皆を笑かしたなんて、誰も思うまい。


 良い写真だと喜んで、焼き増しして自室に飾っているネフェロすらも。



 バレたら、それこそ死亡フラグ待たずに殺されるよねー……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る