腐令嬢、把握す


 置いてあった椅子に座ると、私は室内を見渡して疑問に思ったことを口にした。



「ここ、使われてない割にはやけに綺麗だよね? ゲーム補正なのかな?」



 ゲームではイリオス様がここにリゲルを連れ込んでは、ご自慢のピアノの腕を披露したり、どうでもいい世間話を垂れ流したりしていた。ウザすぎて早送りしてたから詳しい内容は知らんけど、埃っぽくて噎せたりとか椅子が汚くてケツが真っ白になったとか、そんな描写はなかった気がする。


 すると、同じく椅子に腰掛けていたイリオスが、制服の内ポケットから鍵を取り出して掲げてみせた。



「今朝、兄上……ディアス様から護衛経由で渡されたんです。どうやら学校に申し出てここを使う権利を得たのは、あの方が先だったようでねぇ。ま、平たく言うと兄のおさがりで、このように綺麗なのはあの方のおかげ、というわけですよ」



 イリオスの腹違いの兄に当たるディアス・ダンデリオ・アステリア第一王子殿下は、今年高等部の三年生。なので卒業前に自分が一人を満喫するために使っていた場所を、弟にお譲りになったということらしい。



「ま、まさかこの部屋のお掃除は、ディアス様が一人でやったってこと? あの『氷の貴公子』が!? 驚きがアンビリーバボーなんだけど!」



 長い銀の髪に、鋭く弧を描く眦の台座に嵌め込まれた宝石の如き紫の瞳――――『氷の貴公子』と呼ばれる冷たい美貌の主、ディアス様が雑巾やらハタキやらを手に清掃に勤しむ姿なんて想像もできない。


 歩くだけで埃が雪の結晶に変わるって言われた方がまだ納得できるわ。



「あの人、完璧主義の潔癖症ですよ? お城でも掃除が行き届いていない場所を発見したら心行くまで磨きますし、生徒会長やりながら美化委員長と風紀委員長も兼任してますし……なのでこの部屋も、ストレス発散代わりに毎日清掃してたんじゃないですかねぇ?」



 氷の貴公子の本性は、障子の桟に指滑らせて口喧しく罵る姑ってかい。


 あーあ、また一つ夢が壊れたよ。


 こいつといい、ヤリチソパリピのクロノ第二王子といい、本当にこの国の王子ってロクなのいねーのな。



「潔癖症といえば、僕も近いものがあるかもしれませんなー」



 がっくり肩を落としていたら、ふとイリオスが呟いた。



「ずっと言ってませんでしたが、僕は『人に触られる』のが大嫌いなんです」


「へー、初耳だわ。その割に、ゲームじゃリゲルにベタベタしてたよな? 髪に花弁が〜とか、頬が痩せた気がする〜とか、君の手の温もりを感じたい〜とか、きんもいこと抜かしこきながら、事あるごとに手ぇ伸ばしてたじゃん。俺様クールの皮被ったムッツリドスケベ野郎じゃなかったんだ、超意外ー」



 本人を目の前に、私はイリオスヘイトを軽くかました。そういうところも含めて、とにかくイリオスというキャラが大嫌いだったので。


 が、イリオスは特に気にする様子もなく、力無く笑った。



「イリオスの特性じゃなくて、江宮えみや大河たいが由来です。前世でも、大神おおかみさんには僕から素手で触ったことがないはずなんですけど……えー、気付いてなかったんですかぁ? たまに殴りかかってきても素肌は狙わないし接触時間も短く手早く済ませてくれるから、アホウルなりに気遣ってくれているんだとばかり思ってたのに」


「いや、それはこっちもお前に出来るだけ触りたくなかったからなんだけど。え、でも毎年お誕生日パーティーじゃ女の子とおてて繋いでダンスしてたよね? 婚約披露パーティーん時も、私と踊ったし」


「ダンスでは、いつも手袋を五枚重ねにして我慢してました。触れるなら、前世でも枕をヨダレ塗れにされる前に人のベッドで寝くたれてるアホ牛を蹴っ飛ばしてましたぞ。あれって、僕が触れないと知ってて嫌がらせしてるんじゃなかったんですね……」



 そういえば婚約披露のダンスの時に意外と手がでけぇな? と思ったような気もする。


 確かにこいつ、私を殴る時はいつも物使ってたっけ。なるほどなー、だから合格発表の時に倒れそうになったところを支えてやっただけで固まってたのか。


 枕の件については、悪かったと反省している。江宮の家でゲーム対決する度に『ちょっと横になるだけだから! 寝ないから!』と言いつつ毎回寝落ちて、枕をヨダレでビッチャビッチャにしてたもんなー。


 でも、生まれ変わったんだから、そこは帳消しにしてほしい……。



「おっけ、わかった。これからは私の方もできるだけ武器で殴るし、転びかけてようが危険が迫ってようが死にかけてようが華麗に見捨てるよ!」


「…………はあ、まあ、それでいいです」



 ちなみに人間は老若男女問わず全部ダメ、動物もあまり得意ではないものの何とか触れるようにはなった、と江宮は補足した。


 こんな難儀な質だと、蘇生のために心臓マッサージやら人工呼吸やら施されたら生き返ったところでまたショック死するんじゃね? うわー、生き辛そう。



「ああ、そうそう。指輪の具合はどうですか? これを聞かなければと思ってたんです。リゲルたんショックのせいでうっかりしてましたぞ」



 イリオスに振られ、私は左手の薬指に目を向けた。



「フィットしすぎて気持ち悪いくらいピッタリだよ。ていうかさあ、何でこんなもん作ったの? どうせゴミになるのに」



 私の薬指に嵌った指輪を見て、イリオスも嫌そうに頬を歪める。



「僕だって、作る気なんてさらさらありませんでしたよ。なのにステファニが、父上に『まだ婚約指輪を贈っていない』と告げ口したんです。ご丁寧に、あなたの寝室に忍び込んで寝てる間にこっそり指のサイズまで測って……」



『いまだに婚約指輪を贈っていないとは何事だYO! こういうのは大切なんだYO! 幸いステファニたんがサイズを押さえてくれたからすぐに作るんだYO!』



 ……てなわけで、身内の間では語尾にYOを付けて話すという国王陛下にものっすごい叱られて、仕方なく作ったんだって。


 おまけに渡し方についてもあれこれ注文つけられて、陛下相手にみっちり練習させられたんだとよ。


 それを聞いて、私も納得したわ。オタイガーのくせに、えらいロマンチックな真似しよるから不気味だったもん。



 それにしてもステファニめ、余計なことしてくれたな。


 帰ったらお仕置きとして、色彩感覚がエグすぎてタンスの肥やしになってるお母様セレクトのお洋服シリーズを着せて辱めてやる!

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