腐令嬢、決意を新たにす


 ステファニに幻滅されてしまえ、と思ったものの、隣を見れば彼女がいない。


 首を巡らせると、いつのまにか同級生やら下級生達やらに取っ捕まっているステファニの姿が目に入った。


 最後だからと皆、勇気を振り絞ったのだろう。何と、ラブレターやら愛の告白まで受けているじゃないの!



「おお、ステファニは百合萌えを産む金の卵だったようですな。これはますます、中学での活躍が期待されますねぇ」


「いいからさっさと帰れよ。用は済んだろ?」



 今日は護衛が少ないので、長居するつもりはないらしい。それを読み取って、私はニヤニヤしているイリオスにハウスを命じた。



「…………いや、まだですよ」



 そう言うとイリオスは花束を私に向けて差し出し、膝を折って私の前に跪いた。


 そして、咲き誇る薔薇すら霞むほど絢爛な笑みを浮かべる。




「クラティラスさん、初等部卒業、並びに十二歳のお誕生日おめでとうございます。遅くなりましたが、婚約の証にこれを。昨日、やっと仕上がったのです」




 まだ声変わり途中の、高いとも低いともつかない中途半端な響き。


 しかし彼を演じていた有名声優の、しっとり潤った低音ボイスの片鱗が既に窺える。


 ゲームの世界のイリオスが明確に感じられるようになったその声で、彼は私に告げた。



 返事も忘れて花束を受け取れば、紅の中に一つだけ仕込まれた白い薔薇にキラリと輝くものがある。


 花弁に指を潜らせ取り出してみると――それは、王家の紋章が施されたプラチナ製の指輪だった。



 指輪を認識した瞬間、私は息を飲んだ。


 またもやうっかり忘れていた自分の誕生日を思い出したからじゃない。



 この指輪には、見覚えがある。


 ゲームの中で、婚約者のイリオスと親しげに話していたリゲルに、クラティラスが牽制のため見せびらかしたものだ。



 どのルートでも起こるイベントのため、何度も見たあのシーンが鮮やかに脳裏に蘇る。




『これをご覧なさい。イリオス殿下が私にくださったものよ。王家の紋章が刻印されているのが、その色惚けて腐り溶けた目にも見えるかしら? そう、私はイリオス殿下の婚約者。そして、誉れ高きレヴァンタ一爵家の令嬢よ。あなたのような卑しい庶民風情が、殿下にお近付きになろうなんて考えないことね。身の程を弁えなさい、汚らわしい』




 氷のような冷たい微笑を浮かべるクラティラスは、リゲルの視点に映る『未来の私』。


 そこから目線は、彼女が手の甲を向けて掲げた左の薬指にフォーカスされた。




 画面にアップで表示された指輪には――『虎』をモチーフとしたアステリア王家の紋章。


 続いてリゲルは、再びクラティラスを見る。




『彼女の前髪に留められた髪飾りには、貴族の中で最も位の高い一爵家、レヴァンタ家の家紋が刻まれている。庶民の自分にはわからないが、恐らく高価なものなのだろう』




 リゲルの心の声であるナレーションと共に映し出されたのは、クラティラスの左前髪部分に輝く銀の髪飾り。


 それは青みがかった艷やかな黒髪に映え、綺羅びやかなラインストーンの装飾の中に――――『狼』のモチーフを描いていた。




 何故、今の今まで気付かなかったんだろう。これまで何度も目にする機会があったのに。



 虎と狼。


 オタイガーとウル


 江宮えみや大河たいが大神おおかみ那央なお


 このゲームをクリアし、同じ時に死んだ二人。



 それぞれの前世の名前が、現在の自分と関係がある。



 これは、偶然? それとも――。




 …………いいや、たまたまだ。


 虎も狼も、モチーフとして使うにはそう珍しい素材じゃない。似たような家紋を持つ貴族も多い。虎と狼を組み合わせたモチーフを使用する家もあるくらいだ。



 だからきっと、この胸騒ぎは気のせい。



 お兄様がイリオスに向けた目に、憎悪が滲んでいるように見えたのも。


 イリオスが彼に一瞬返した視線も同様に……いや、それ以上に暗く深く、ぞっとするほど冷酷な色をしていたのも――――全部、私の思い過ごし。そうに違いない。




 この後で卒業生の集合撮影が行われたんだけど、出来上がって届いた写真がとにかくヤバかった。


 周りの皆は可愛く写ってるのに、私一人だけが顔面が作画崩壊状態。一目見るや、即座に封印確定したよ……。


 散々泣いたから、目が赤く腫れてるのは仕方ない。


 でもぼへーっと考え事してたせいで、明後日の方向見てぽかーんと口開けっぱってさぁ……元の顔が良くても、残念飛び越えて無惨の域に達してたよね。知らない人が見たら、いや知ってる人が見ても完全にアホの子だし!


 これ選んだカメラマン、絶許!!


 何故敢えて、記念の大切な写真をこれにしたのかと小一時間、いや小一週間ほど問い詰めたい。他も全部同じだったのか? 何ならもっとひどかったのか?



 ああ……やり直せるならやり直したい。


 皆の家に忍び込んで、この写真を全て回収して燃やしたい!




 不本意ながら同級生達に顔面黒歴史を残すという最後っ屁をかまし、クラティラス・レヴァンタは長らく親しんだ聖アリス女学院を卒業した。


 四月からは、アステリア学園中等部の生徒となる。


 だが、場所が変わろうが関係ない。どこでだろうと誰がいようと何があろうと、私は私の道を生く。



 そこのけそこのけ、死亡フラグ!


 たとえ救われない末路を迎えるのだとしても、私は今生きるこの一瞬一瞬を最大限に楽しんでやるのだ。愛しのBLと、それを愛する同志達と共にね!






【初等部編】了



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