腐令嬢、卒業す


 婚約者とこのような騒ぎを起こしたにも関わらず、お兄様からは文句一つ言われなかった。無論、合格おめでとうの言葉もなし。


 苦情があれば素直に聞くつもりではあったけれど、彼は徹底して無視を決め込んでいた。


 お兄様が、何を思っているのかはわからない。だって気持ちは、言葉にしなくちゃ伝わらないんだもん。


 彼は私に対して、それを放棄したのだ。


 口を閉ざして黙ったまま、察しろ推し量れ空気読めなんて勝手な押し付けは通用しないよ? だったらこっちも、何したって構わないんだと見做して好き放題するからね?


 文句を言わないなら何より。

 それをいいことに、精々マイロードを突き進んでやるんだから!



 でも……安心してほしい。


 お兄様のためにならないことは、決してしない。親の決めた結婚とはいえ、お兄様が幸せになれるよう陰ながら努力するから。あなたのたった一人の妹として。



 合格祝いの豪華な夕食の後、部屋に戻ってアンドリアのためにヴァリ✕ネフェ絵を描きながら――今日も目を合わせてくれなかった兄と心の中で無邪気に笑う在りし日の兄、二人のお兄様に向けて、私は強く誓った。




 初等部最後の三学期を修了すると、聖アリス女学院の卒業式がやって来た。


 このままエスカレーター式で中等部に上がるならただの一区切りとなるが、来春から別の学校に通う『萌えBL愛好会(仮)』のメンバー達にとっては本当の卒業。長らく通ったこの校舎とも、先生達とも学友達ともお別れだ。


 日本制作のゲームらしく、異世界であるはずなのに校舎から校門に続く道には、桜の木が見事な花を綻ばせている。卒業式で歌ったのも『仰げば尊し』だった。


 普通に考えたら、トンチンカンでちぐはぐな状況なのに…………しっかりばっちり感動しちゃうんだよなあ!

 悔しいことに、自分が経験した過去の卒業式を思い出して共感をがっつり煽られるんだよなあ!


 こういったところが『アステリア学園物語〜星花せいかの恋魔法譚〜』がウケたポイントなんだろう。


 クッソ……まんまと罠に引っ掛かってもうたやないかーい!


 この光景をもう見られないんだ、この制服は今日で最後なんだと思うと、涙が止まらない。そこに前世のノスタルジックまでもが押し寄せてくるんだから、泣くなという方が無理だ。


 式を終えて、校門に向かって在校生が作る花道を進んでいる間も私はオンオン号泣し続け、隣を歩くステファニにずっと涙を拭いてもらっていた。



 校門には、卒業式それぞれの親や付き添いが待ち構えている。


 我が家からは、世話係のネフェロが代表して来るはず――だったのだが。



「…………お兄様?」



 ネフェロと共に立つその人を見て、私は小さく声を上げた。



 涙で揺らぐ視界が結んだ幻、かと思った。けれど袖で涙を払い落としても、お兄様の姿は消えない。



 濃紺のスーツを着用したお兄様は、ゆっくりとした足取りでこちらに近付いてきた。



「卒業、おめでとう」



 そして、華々しい笑顔で、花束を手渡す。




 ――――私、ではなく一歩先を歩いていたアンドリアに。




 あるぇーー?

 そっちーーーー!?



 自分のために来てくれたんだと思って、不覚にもドキドキしちゃったじゃん!


 ……そうよね、そんなわけないわよね。



 だが、おかげで涙は引っ込んだ。これで校門前で撮影する集合写真は、少しはマシな顔で写ることができるだろう。


 それに、今日はお兄様の学校もお休みじゃなかったはずだ。学校に出席して、そこから私の友達の卒業祝いをするためにわざわざ駆け付けてくださったのだから、妹はスルーでも十分感謝に値する。



「…………ありがとう、お兄様」



 なので私は、噎び泣くばかりで言葉にならないアンドリアに代わり、お兄様にお礼を述べた。


 お兄様は驚いたように目を瞠って私を見つめて――けれどすぐに背を向け、その場から去っていってしまった。



 全く、何でこんな扱いにくい奴になっちゃったかなあ?


 でもまあ、暫くぶりにまともに口を聞けて良かった。私のことは嫌いになっても、アンドリアのことはちゃんと気にかけてくださっていたんだ。それがわかっただけでも嬉しい。



 ネフェロと二人佇む兄から目を逸らしたその瞬間――――顔面全体が、モァッとした何ともいえない感触に包まれた。



「んもっ!?」



 奇声を発し、私は飛び上がった。



「うわっ、ひっどい顔してますねぇ。今まで見たクラティラスさんの中で最もブスですぞ? しかし、鼻水を垂らしてるクラティラスさんというのも、なかなか貴重ですな〜」



 モァッの正体は、大輪の白い薔薇。



 それを手にしているのは――――白のモーニングコートで決めたイリオスだ。



「え……お前、何で?」


「父上が『行けYO!』と仰られたので」



 曰く、『婚約者ちゃんのお祝いをしなきゃだYO! イベントを大切にしない男は嫌われるYO!』と国王陛下に命じられ、わざわざいらしてくださったらしい。


 そういう無駄な気遣い、要らないYO……陛下。というか、語尾にYOYO付けて話すって本当なのかYO……陛下。



「それに、僕も一度訪れてみたかったんですよねぇ。聖アリスといえば、お嬢様が集まる国内最高クラスの女子校。いやはや、やはり女の子の質が高いですな〜。萌え萌えな百合百合妄想が捗りますですぞ〜」



 ヒソヒソ声で、イリオスが江宮えみや的な本音を漏らす。間違いなく、そっちが目的だよね死ね。

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