腐令嬢、高笑う
やっと安心して皆と笑い合い、中学でも『萌えBL愛好会(仮)』を継続できると幸せを噛み締めていたら――不意に、会場がざわめき始めた。
お、これはきっとアレだな。
皆の視線を辿れば、や王国軍の特徴であるブラックベースの制服が一帯を黒く染めている。誰かさん専属の警備隊の皆様だ。
闇色の中心には、刃の放つ光の如き銀が煌いていた。
間違いなく、イリオス・オルフィディ・アステリア第三王子殿下である。
「イリオスーー!」
人混みを掻き分け、私は奴に向かって突進した。警備隊も私が誰だかわかったようで、乗り越えるまでもなくすんなり避けてくれた。
「あ、クラティラスさん……ぐえ!」
か弱い乙女のタックルを食らった程度で、イリオスは簡単に蹌踉めいた。
しかしここで転ばれては、私が怒られかねない。
「聞いて聞いて! 合格したよー! すごない? やばない? 天才じゃない!?」
慌てて彼の背中に両手を回して体を支えると、私は満面の笑顔で報告した。
「あ、そう、良かったですね……」
その声は若干掠れていて、一月ほど前の誕生日の頃よりも更に低くなっているような気がした。
「で、イリオスは?」
「合格、してました……」
「おー、やったじゃん! じゃ、そんな暗い顔してんなよ。もっと嬉しそうにしたらぁ?」
「そう、ですね……そうなんですけど……」
イリオスは目を合わせようともせず、私の腕の中でもぞもぞと蠢くばかりだ。
何だ、こいつ?
さては……ウンコ我慢してるな?
ウヒヒ、面白いから限界まで拘束してやろ!
逃すまいと奴の背骨の上で手を組み、情けない泣き顔を待ち構えてニヤニヤしていると――――背後から、澄んだ声が投げかけられた。
「お久しぶりでございます、イリオス様」
振り向いた視線の先で婉然と微笑んでいたのは、これまた何ともお麗しくてあらせられます美少女。
ゆるくハーフアップで結い上げた深みあるオリーブの髪は風にさらわれる度に様々な緑に変化し、大きな翡翠色の瞳も光の加減で輝きを変える宝石のように美しい。
「これはパスハリア一爵令嬢、お久しぶりです」
途端にイリオスは余所行き仕様の『冷静沈着なる第三王子殿下』となり、ステファニばりの無表情と無機質な声で挨拶を返した。
パスハリア一爵令嬢というと……もしや?
「そちらはレヴァンタ一爵令嬢、クラティラス様ですわね? はじめまして。あなたの兄上、ヴァリティタ様と婚約いたしました、サヴラ・パスハリアと申します。以後、お見知りおきを」
あ、やっぱりお兄様の婚約者だったか!
へぇ、アンドリアも言ってたけど確かに美人だな。まだガキのくせに、生意気にも色気まであるしパイオツもカイデーじゃん。
私はイリオスから手を離し、彼女に向き直った。
「ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません。ヴァリティタの妹、クラティラス・レヴァンタですわ。今後ともよろしくお願いいたしますわね、サヴラ様」
サヴラは私を見て、くすりと妖艶に微笑んだ。
「お互い、畏まるのは止しましょう。だってあたくし達、来春から学友になるのですから」
てことは……この人も、アステリア学園の受験に合格したんだ。
「まあ、そうなのですね。存じませんでしたわ。兄が何も言わなかったのは、きっと驚かせようとしていたのね。お兄様ったら、そういう悪戯好きなところがあるの」
適当なことを並べて、私もウフフと笑った。
「あら、あたくしの前では非の打ち所のない完璧な人でしてよ? イリオス様には及ばないかもしれませんけれど」
……ん? 今の言い方、嫌な感じに引っかかったぞ。
何でお兄様をイリオスと比べる必要がある?
軽くイラッとした。
それが顔に出たのだろう、イリオスがそれとなく補足説明がてら、サヴラに感情のこもっていない笑みを向けた。
「それは良かった。パスハリア家からの婚約の提案をお断りした身としては、あなたがお幸せなら何よりです」
あ、なーるほど。
先にイリオスんとこ行ってフラれた後で、ならば恋敵の私を利用してやるかってことでお兄様にアタックかましたわけね。
そこら辺はお家の事情であって、彼女は大人達の決定に従うしかなかったに違いないけど……とはいえ、思うところはあったんだろうね。
少なくとも今は本人の意志でそれを匂わせつつ、私にマウント取ってるもんね。それが何よりの証拠だよね。
ふーん、そうかそうか、そういうことぉ。
……って、ますますイラッとしたわ! 顔だけ美人のクソアマじゃねぇか!
「ええ、クラティラス様をこうして拝見して、あたくしにイリオス様のお心を射止められなかった理由がよく理解できましたわ。人目も憚らずお名前を大声で呼び捨てた挙句に、誰の目にも明らかに嫌がっていらっしゃるイリオス様に無理矢理抱擁をせがむなんて……そんな品のない真似、あたくしにはできませんもの」
はあああああ!?
誰が抱擁をせがんだぁぁあ!?
嫌がるも何も、こいつはウンコ我慢してただけなんですけどぉぉお!?
あったま来た…………ゲームに出番もないモブの分際で、正規ヘイト役の悪役令嬢にケンカ売るたぁいい度胸してんじゃねえか。
この性格ブスのクソ根性、私が叩き直してやる!
お兄様のためにも、この女は野放しにしちゃならねえ!
くくっ、と私は喉を鳴らして笑った。
イリオスが隣から視線でやめとけほっとけ触るなと訴えてきたが、知ったことか。
「お褒めいただき光栄ですわ。イリオスはこう見えて少し気弱なところがありますから、私のように押しが強いタイプがお好みだったみたい。サヴラ様はお噂通り、まるで妖精のような御方ですもの。私のように天真爛漫に振る舞うのは、少し難しかったのかもしれませんわね」
ここで私は、悪役令嬢と呼ばれるに相応しい悪意に満ちた笑みを浮かべてみせた。
「…………妖精といっても、ゴブリンですけれど。あなたが人前で抱擁をせがむのが苦手なのは、飛び付くとついうっかり肉弾戦に持ち込んで、殴り合わずにはいられなくなってしまうからかしら? その髪の色、本当にゴブリンのお肌にそっくりですもの。遠目だとドレスを着たゴブリンにしか見えなくて、私、怖くてついイリオスに泣きついてしまいましたわ。これからはゴブリンらしく、遠回しな嫌味ではなく素手で殴りかかってきてはいかが? その方があなたらしくてよ?」
決めは、オーッホッホッホの高笑い。
やっべー、やっぱ気持ちいい!
悪役令嬢の魂が解放されて満たされる感じするー!
オホホ高笑い、最高にハイになれるぜえええええ!!
「あ、あたくし、これで失礼しますわっ!」
怒りで真っ赤になった顔を隠すようにさっと背を向けたサヴラの後ろ姿に、私はトドメの一撃を放った。
「サヴラ様ー、次は是非とも肉弾戦を披露してくださいませー!」
もちろん、サヴラは振り向かなかった。
この私をいじめようなさんざ、百年早いんだよ。天下の悪役令嬢なめんな。
「…………相変わらず、やられたら倍返しなんですねぇ」
尻尾を巻いて逃げる敗者の姿を見送っていたら、イリオスがぼそりと小さな声で呟いた。
倍返しなんて生温い。
あの女には、お兄様を優しく癒す可愛い嫁になっていただかねばならん。そしてこの私に二度と楯突かないよう、徹底的に躾けてやんぜ!
「し、しかし、これぞクラティラス様の本領発揮といった感じで……大変、萌えましたですぞ……! おまけに、綺麗な顔して計算高い小悪魔っ子なサヴラたんとの絡みまで見られるとは。中学生活が、今から楽しみですな……!」
隣を見ると、イリオスは俯いてハァハァと息を荒くして震えていた。
こいつ、本当に気持ち悪いなー。
てかウンコは引っ込んだのかな? ま、どうでもいいけど。
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