腐令嬢、緊張す


 これまで費やした勉強漬けの期間に比べれば、合格発表までの十日間なんて光速で走るみたいなものだ。


 アステリア学園中等部入学を目指した『聖少女戦士アステリア隊(仮)』における半年ほどの活動は、本日実を結ぶ。


 ――実らずにスットコトーンと落ちる可能性も高いのだが。



「いいいいいですか、クラティラス様。私が付いておりますからね? どれほどショックを受けようとも、この私が全て受け止めます。ですから、自分は人としてダメだとか、生きる価値がないだとか、いっそ引きこもりになってレヴァンタ家の穀潰しとして生きようだとか、おかしなことは考えないでくださいね!?」



 付き添いで来たネフェロが、隣から早口で捲し立てる。何で落ちる前提で話してんだよ? ひどくない?



「クラティラス様、ご安心ください。たとえ同じ学校に通えなくても、私がイリオス殿下のご様子を逐一ご報告いたします。おかしな女など寄せ付けません。殿下については、どうぞこのステファニ・リリオンにお任せください」



 ステファニ、お前もか。


 しかもお前とイリオスは、合格確定なのかよ。まあ、そうでしょうけれども。



 発表の前から早くも二人に慰められつつ、私は初めてアステリア学園の校門の前に立った。



 といっても、中等部は高等部とは建物が別のため、ヒロインの目線で学校を眺めたオープニングの風景とは異なる。


 それでも形状はほぼ同じなので、ゲームをプレイした者としては感慨深いものがあった。


 校門前で待ち合わせた『聖少女戦士アステリア隊(仮)』の仲間達も、次々にやって来る。皆も私と同じく、それぞれ侍女やら付き人やらを連れていた。


 ところがアンドリアだけは別で、姉上が同伴していた。聞けば、姉上であるイスティアさんは昨年嫁がれたそうなのだが、わざわざ家に戻ってきて付き添いを申し出たのだという。


 こんな日でもフルシカトだったウチの兄貴と違って、優しいんだな〜なんて思っていたら。



「キャーッ! アンドリア、あの方でしょ!? あっらぁ〜やっだぁ〜、んまぁぁぁ、何と素晴らしきイケメンなのでしょう! ああ、この上なき眼福ですわぁぁぁ!!」


「さすがイスティアお姉様、大のイケメンマニアだけありますわね! そう、あの方がネフェロ様よ! 素敵でしょう? お美しいでしょう? 尊み溢れる美貌に心が洗われるでしょう!?」



 面食い姉妹が、手を取り合ってピョンコピョンコと飛び跳ねる。どうやらアンドリアのお姉さんは、単にネフェロが見たかっただけのようだ。やれやれ、前もって連れて来るなんて言うんじゃなかったよ。


 皆さーん、あれ、合格して喜んでるんじゃないですよー。だから羨望の眼差しを注ぐのやめてくださーい。


 チラリと横目に伺うと、ネフェロは愛想笑いするのも嫌になったようで、俯いて額を押さえていた。


 でも残念、そんな表情も萌え燃料になっちゃうんですよ? ヒヒッ、イケメンは辛いっすねえ?



 さて、問題の合格発表であるが、校庭に大きな掲示板が置かれ、そこに受験番号が書いてある用紙がデデンと貼られるという古典的な方式で行われる。

 わざわざ見に来なくても翌日には合否通知が配送される仕組みとなっているものの、やっぱりこういうのは自分の目で確認したいよね。ライブ感、大事。



 私の受験番号は、1078だ。


 ドキドキしながら、私は数字を目で追った。




 繋いだ手から、ネフェロの震えが伝わる。


 ううん、この震えはネフェロだけのせいじゃない。私も、震えていた。




「1078…………あ、あった」


「フォッ!? ふぉんちょうれすきゃっ!?」



 本当ですか、という言葉を死ぬほど噛み倒して叫ぶと、ネフェロは呆然とする私の手から受験番号が書かれた受験票を毟り取った。



「1078……ある! あります! 確かにありますっ!!」



 ネフェロの声に、私はやっと無意識に強張らせていた頬から力を抜いた。


 良かった、合格したいという思いが見せた幻じゃなかったんだ!



「クラティラス様ーー! おめでとうございます!! ああ、このような感動的な場面に立ち会えて、私は幸せです! クラティラス様、私にこの上ない喜びをありがとうございますーー!!」



 感極まったネフェロが、むんぎゅと力強く抱き締めてくる。


 てか、マジで泣いてるし!


 こいつ、本気で落ちると思ってたんだろうな……私も自信なかったけど。



 ネフェロアームで締め上げられながらも、私は首を巡らせて他のメンバーを探した。


 まず側にいたステファニが大きく頷き、己も合格したことを伝えてくる。


 幼馴染同士のミアとドラスも合格したようで、抱き合って喜んでいた。


 デルフィンとイェラノは泣いていたけれど、付き添いの者達の晴れやかな笑顔で彼女達も突破できたのだと知れた。




 が――――その中で一人、蒼白した面持ちでへたり込んでいる者がいた。


 アンドリアだ。




「ネフェロ、一緒にアンドリアの元へ。今の彼女を救えるのは、あなたしかいないわ」



 背中を叩いて訴えると、ネフェロは体を離してハンカチで涙を拭き、大きく頷いた。



 今日、ネフェロに来てもらったのは、このためだ。


 もしもアンドリアが……と考え、その際は彼に慰めてもらおうと思ったのだ。



 けれど、この最終兵器を使いたくはなかった。皆で一緒に、同じ学校に行きたかった。



「…………アンドリアさん」



 地面に腰を落としたまま抜け殻のようになっているアンドリアに、ネフェロはそっと声をかけた。



「あなたはよく頑張りました。共に戦った皆様だけでなく、お側で見守り続けてきた私もよく存じております。ですから、そんなに気を落とさないでください」


「ネフェロ様ぁぁぁぁ……!」



 アンドリアがネフェロに抱き着く。


 ネフェロは泣きじゃくる彼女の背中や頭を優しく撫で、得意の駄々っ子あやしボイスで囁いた。



「アンドリアさんは、私の作るお菓子がお好きなのですよね? でしたら、たくさん作ります。アンドリアさんが悲しくなくなるまで、アンドリアさんが笑顔になるまで、ずっと作りましょう。他に何か欲しいものはありますか? あなたの涙が止まるなら、何だっていたします。この私にできることがあるなら、精一杯務めます」



 え、落ちたらそんな特典あんの?


 だったら私も落ちて良かった。おいアンドリア、合格くれてやるからそこ代われ!




「あら…………アンドリア、あなた、受かってるわよ?」




 ハンカチを噛みながら抱き合う二人に羨望と嫉妬の眼差しを注いでいた私の耳に――――イスティアさんの静かな声が届いた。



「そ、そんなはずないわ! だって、補欠合格のところにも番号がなかったのよ!?」



 ネフェロの腕の中から、アンドリアが姉をキッと睨む。



「何を言っているの、あるじゃない」


「なかったってば! 私の受験番号は1216番よ! ちゃんと見てみなさいよっ!」


「…………あなたの番号、1261だけど?」



 アンドリアが落としたらしい受験票をヒラヒラさせながら、イスティアさんが言う。



「えっ……ええ!?」



 アンドリアは慌ててネフェロの抱擁から抜け出て、姉が持つ受験票を奪い取り、再確認した。



「あらっ、本当だわ。1261だったのね。私ったら勘違いしていたわ。どれどれ、1261…………ああっ、ある! 私の番号があるわーー!!」



 ほっと安堵の吐息をついたネフェロに、再びアンドリアが飛び付く。しかも今度は何故か、イスティアさんまで一緒になってここぞとばかりに抱き着いていた。



 アンドリアのアホな勘違いのせいで一悶着あったけれど…………とにかく『聖少女戦士アステリア隊(仮)』は全員合格!


 見事な成果に万歳だ!!

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