腐令嬢、受験す
新年が過ぎると、入試までに残された時間は一ヶ月を切った。
日々高まる緊張感の中、我々『聖少女戦士アステリア隊(仮)』はしつこく反復学習し、これでもか、これでもまだ足りないか、ならばこれならどうじゃ! という勢いで己に足りない部分を炙り出しては徹底的に潰す作業に勤しんだ。
怒涛に追い込みに入る直前、私は愛しのリゲルに『受験前の大切な時期だから』という理由で、会うことを拒まれた。
正直、唯一の癒しを失うことは大きな痛手だ。けれどリゲルは、私のためを思って突き放したのだ。
その証拠に、距離を置こうと告げた彼女は、無理矢理に笑顔を作っていたけれど、金の瞳から堪え切れず涙を溢れさせていた。
好き合っていても別れなきゃならないカップルって、こんな感じなのかな。
そんな経験したことないし、何なら前世から現世に渡って恋人いない歴記録更新驀進中だけど、こいつぁ切ねえや……。
それでもリゲルの強い思いに応えるべく、私はついでにBLイラストも受験が終わるまで封印することに決めた。辛いからといって逃げ場を作り、甘えてはいられない。今は、癒しにかける時間すら惜しいのだ。
リゲル断ちとBL断ちで飢えた心を満たすかのように、私は一心不乱に勉強した。
教科書や参考書を開く度に襲ってくる呪いの眠気は、最後に見せたリゲルの涙を思い出して懸命に払拭した。
あの痛々しい泣き顔を必ず笑顔に変えてやるんだ、それができるのは自分だけなんだと言い聞かせて。
そして、ついに――――その日はやってきた。
アステリア学園の入試は、大きめの建物に付近の受験生を集めて、合同で行われる。今年は多目的ホールや会議施設や庁舎の一部など、五箇所で開催されるそうだ。遠方の受験生への気遣いというのもあるけど、受験を希望する者が多くて、とてもアステリア学園だけでは収まり切らないから、というのが大きな理由らしい。
私達『聖少女戦士アステリア隊(仮)』は住んでいる場所が近いこともあって、全員が同じ会場での受験となった。
しかし仲間が多いからといって、余裕が生まれるわけではない。
他の受験生達を初めて目の当たりにした私達は、皆揃って固まって縮こまるしかなかった。
もうね、圧がすごいの。どいつもこいつも戦士の目をしてるの。
生きて故郷に帰るんだって感じなの!
ステファニの言う通り、受験は戦争なんだわ……って今更ながら痛感したよ。
私も一応は美大受験した身だけど、推薦方式だったから作品提出と書類審査と面接のみだった。だから、こんないかにも受験ですって空気は初めてなんだよぅ……超怖い。
だが、ここにいる敵を倒さねば合格の道は切り拓けない。同じ時、他の会場でも我こそはと戦っている武将達が犇めいているのだ。
涙目になっているイェラノを勇気付け、立ったまま真白の境地に旅立ったデルフィンの背中を叩いて魂を呼び戻し、私は腰が引けかけていた己自身も叱咤した。
余裕のあるステファニとミアとドラスはさておき、一番不安視されていたアンドリアはというと『全員蹴落として、私の足元に平伏させてやりますわ!』なんて抜かして笑っていた。こいつ、マジ強いわ。
試験が終わると、帰ってすぐイリオスに報告の手紙を書きたいと訴えるステファニと別れ、私はその足で愛しのリゲルに会いに行った。
リゲル断ちからのリゲル補給の何と美味しいことか!
よく頑張りましたと労ってくれるリゲルは可愛いし、道行く男に暗黒に堕ちし眼差しを注いでは鬼畜妄想を語る姿も可愛いし、即席で描いてみせたこの前の短編の絵を喜ぶ顔もとっても可愛いの!!
やば……私、本気で百合堕ちしちゃうかも。
だってさー、こんな可愛い子に抱きつかれて我慢できるー!? 無理でしょー!?
可愛いは正義、リゲルは大正義ーー!!
しかし、この可愛さを私が独り占めできないこともわかっている。
高等部からアステリア学園に編入する彼女は、多くの男を虜にする。そして卒業式の日に、『必ず一人を選ばねばならない』。
それを受けて私、クラティラス・レヴァンタは『彼女の結婚式の日に死ぬ』。正確には『暗殺される』。
幸せの絶頂と絶望の死。私達の末路は、光と影のように対局だ。
私はそれを受け入れている。
江宮は足掻くと言っていたけれど、どうにもならないこともあるだろう。ダメで元々、何とかなりゃ儲けくらいの気持ちでいる。
一番の気がかりは、リゲル。
この残酷な未来が現実になった時、彼女はどう思うのだろう。
ゲームのように、幸せなエンディングを迎えられるのだろうか?
――――私という友の命を引き換えにして。
「クラティラスさん、どうしたんですか? あ、あの殿方が気になるんですねっ? ふむ、確かに良素材だわ……彼は恐らく受け気質、けれど親友に恋慕する自分を受け入れられず苦悩している最中と見ました。クラティラスさんの見解はどうですか?」
いつもの噴水前、柔らかに舞い落ちる雪の中、傘も差さずに白い吐息で可愛らしい顔を彩りながら、リゲルが無邪気に笑う。
「……あれは襲い受けだな。温厚な面の裏に、激しい獣を秘めているに違いない。けれど、親友に長年片想いしている点は同意かな。好きな人ほど手出しができない系と私は見るね」
「きゃー! あたし、そういうの大好きですっ! フヒヒ、どう調理してやろうかな……」
妄想ワールドに突入したリゲルに手にしていた傘を差しかけると、私も続いて脳内ダイブした。
うむ、やはり嫌な想像はBL妄想で塗り替えるに限る!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます