腐令嬢、懸念す
イリオスの誕生日から始まった十二月は瞬く間に過ぎ、六年生の二学期が終了した。学校は冬休みに突入したけれど、受験生にはのんびり遊んでいる暇などない。この国にはないクリスマスをひっそり懐かしみながら、私は受験勉強に精を出した。
そして年末ムードが明けて、アステリア王国は新たな年を迎えた。
昨年は大騒ぎだった新年初日も、今年はとても静かだ。両親がヴァリティタお兄様と一緒に、パスハリア家で開催される新年のパーティーに招かれているせいで。
今回は主役を交代して、妹の方がお留守番というわけだ。私は誰かさんみたいに、行っちゃヤダヤダと泣き喚いたり暴れ転がったりはしなかったけどね。
さて、その誰かさんことお兄様であるが……妹離れは一時的なものではなかったようで、私にウザ絡みしてくるどころか目も合わせないようになった。
話しかければ答えてくれるけれど、他人行儀に突き放すような感じがして会話が続かない。いたたまれない空気に耐え兼ね、この頃は私の方からも口を聞くのをやめてしまった。
実は
とはいえ、同じ兄でも二人と私の関係はちょっと違う。だって兄貴の
拓巳のように昔から折り合いが悪かったならわかるけれど、ヴァリティタお兄様は急に素っ気無くなった。
考えたのだが――これって、ゲームの仕様が関係しているんじゃないだろうか?
私も記憶を取り戻す前は、自分の意志とは裏腹に『悪役令嬢らしくならねば』といった心理が無意識に働いていた覚えがある。ならばお兄様にも、同じような感覚が作用しているのでは、と思ったのだ。
何故なら、クラティラスの兄――ヴァリティタ・レヴァンタもヒロインであるリゲルの攻略対象の一人だから。
レヴァンタ家の兄妹仲については、公式でも全く言及されていなかった。本編で二人が並ぶことは一度もなく、名字が同じだけの他人といった感じだった。
クラティラスがリゲルをいじめる理由も、全ルートと同じく『婚約者にちょっかいかける庶民の女が目障り』の一辺倒で、兄とイチャコラぶっこいてても、それについて特別に言及することはなかった。
それでもヴァリティタルートこそは、妹であるクラティラスがこれまでの行いを反省してリゲルと仲直りし、円満解決するのでは、と期待していた。なのに、何とこっちでもあっさり死んでもうたんよ……。
レヴァンタ兄妹が仲良しだったなら、ヴァリティタルートで妹が死ぬ結末がハッピーエンドになるなんてありえない。それを踏まえると、兄妹仲は悪いを通り越して冷え切っていたと考えるのが妥当だろう。
つまりお兄様が私を避けるようになったのは、婚約したせいもあるけれど、来るべき時のために潜在意識下で何らかの力が動いた――というのもありえなくはない。
これは、あくまで私の想像だ。単に、美しいと評判のパスハリア令嬢に心奪われたせいで、それまで可愛く見えていた妹がランク外に弾き出されてしまっただけなのかもしれない。
けれど、もし私の考えが正しければ――この先いろんなところで、人間関係に影響が出てくる可能性がある。
やだやだ、勘弁してほしい。
いくらヘイト集中型の悪役令嬢だからって、そんなの辛すぎる。ただでさえ死亡フラグだらけだってのに、仲良くしてた子がいきなり冷たくなったら凹むわー……。
まだ出会ってもいない他の攻略対象の野郎共はどうだっていいけど、リゲルは大丈夫だろうか?
高等部に入った途端、私のことが嫌いになったらどうしよう?
ううん、ゲームでもリゲルはクラティラスと友達になりたがってたもん。きっとそんな悲しいことにはならない。ならない……よね?
うう、どうしよう、自信ない……。
一人百面相しながら、私はネフェロが目の前の七輪で焼いてくれる餅を次々に平らげ続けた。護衛として付いていかなくてはならないと思ったのか、ステファニも隣でモリモリ食ってた。
ええ、この世界ではお正月も日本式なの。何たって『乙女にこどももおとなも関係ない! 誰でもキュンキュンできる乙女ゲーム♡』という作品ですからね。こういった行事は、お子様にもわかりやすくなっているのよ。
年末には除夜の鐘みたいなのがゴンゴン鳴るし、新年になればあちこちで花火が上がる。初詣代わりに、信仰のコンセプトが謎の聖堂や寺院などを訪れておみくじを引いたり、庶民達は手作りの凧を揚げたり、貴族達は有名イケメン舞台俳優が集うカウントダウンイベントに出かけて歓声を上げたり……アステリア王国における国民達の年末年始の過ごし方は、このようにどこかで見たことある的な、大変馴染みやすい仕様となっているのだ。
だから、私と同じ時代で生活してる日本人が何かの拍子でうっかり異世界転生、もしくは転移しても安心だよ!
運悪く、死亡フラグしかない嫌われ者の悪役令嬢なんかに生まれ変わらなければね!!
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