腐令嬢、画策す
私の渾身の力作であるイリオス第三王子殿下の肖像画は、何とか夏前に仕上がった。
御本人の意向で一般には公開なさらないそうだが、国王陛下直々にお褒めの言葉を賜り、お父様もお母様もとても喜んでくださった。
割とプレッシャー高かったし、クソ王子のせいでストレスも溜まったけれど、挫けず頑張って良かった。達成感と解放感でいっぱいだよ。
あとは、ハッピーな夏休みを心ゆくまで満喫するのみ!
…………ごめん、嘘。今年の夏休みは、全然ハッピーじゃないの。むしろアンハッピーなの。
何故なら、この長い夏休み期間こそが正念場、集中して勉学に取り組み、更なる学力の向上を図るとステファニが宣言したからだ。
嫌々ながらも私がその提案に頷いたのには、理由がある。
私の進路変更を受け、何と『萌えBL愛好会(仮)』のメンバー達も、全員でアステリア学園の受験に挑むと言い出したのだ。
ちなみにステファニの見立てでは、ドラスが合格圏内のA判定、ミアとイェラノがギリいけるかといったB判定、デルフィンがこれからの頑張り次第で何とかなりそうなC判定、アンドリアが今からどうにかできるんやろか……というD判定とのこと。
アンドリアって見た目は完全無欠のスーパーお嬢様って感じなのに、意外とアホなんだよね。本人は気にしてるみたいけど、親近感湧くわー。
だって私もアホだもん。中身は一応高校卒業までの教育受けてる状態なのに、ギリでB判定だし。
ちなみにアステリア王国の学問のレベルや内容は、日本のそれと変わらない。外国語がないだけ、まだ楽かも。言語も全世界統一らしいので。
今だけは、このゲームの限りなくゆるいコンセプトに感謝だわ。
クラティラス・レヴァンタは
教科書や参考書は開いた瞬間に眠りの世界に堕としてくる呪物みたいな存在だから、文字を読むこともままならないのよ。BL小説なら、何百万文字あっても余裕でいけるのに。
とにかく私だけでなく、仲間も頑張るんだ。嫌だ嫌だと逃げてないで、向き合わねばなるまい。
そして目指すは、全員合格。中学でも明るく楽しくBL談義して、仲間を増やすのだ!
そこでステファニが提案したるは、我が家での勉強会。週に一回レヴァンタ家に集まって成果を報告し合い、弱点を見直したり他の者の成長を確認したりして切磋琢磨しようという案だ。
こうして『萌えBL愛好会(仮)』より新たに派生し結成された『聖少女戦士アステリア隊(仮)』であるが、中でも最も戦闘力が低いアンドリアのために秘密兵器が用意された。
六年生一学期の終業式を終えた翌日、早速その勉強会は開催された。
しかし、開催場所である我が家のテラスに遅れてやってきた者を見て確認するや――アンドリアは石化してしまった。
「遅れてすまない。私も参加させてもらうことになったんだ。高等部は、アステリア学園を受験しようと思ってね」
さらりと艷やかな黒髪を颯爽とかき流し、窓から差し込む夏の鋭い陽光をも跳ね返す涼しげなアイスブルーの瞳で皆を見渡した美少年は、ヴァリティタお兄様。
今年で十四歳、少年から青年へ羽化しかかった危うさが大変美味なるお年頃である。
「失礼いたします。お茶とおやつをお持ちしました」
続いてお兄様の背後から、小型のワゴンと共にネフェロが姿を現した。
ガラス張りの壁面から燦々と注ぐ光が、黄金の髪の境界を曖昧にする。この陽射しに白い肌も透けて溶けてしまいそうに思えるほど儚く頼りなく、それが何とも神々しい。
「お兄様、こちらへいらして」
私が隣に椅子を用意すると、お兄様は喜々としてこちらに向かってきた。テーブルは丸型の六人用なのだが、少し詰めれば一人二人増えたところで問題ない。
「どれどれ、どんな問題を解いているのだ? わからないところがあれば、私が教えよう」
笑顔で余計なお世話なことを仰るお兄様に、私は反対隣を指し示した。
「私より、そちらのアンドリアを見てあげてくださらない? 彼女、算数がとても苦手みたいなの。お兄様、算数はお得意でしょう? 教え方もとってもお上手だから、おかげで私も算数が大好きになったもの」
「ひっ!? わ、わた、私!?」
石化しつつも目だけはお兄様とネフェロを追っていたアンドリアが、椅子から飛び上がらんばかりに驚く。
「ああ、彼女のことは覚えているぞ。クラティラスの誕生日パーティーの時に倒れた子だろう? 調子が悪かったのに、妹のために無理して来てくれたのだな。あの時お礼を言えなかったことが、心残りだったのだ。本当にありがとう」
真っ直ぐにアンドリアを見つめ、お兄様は感謝の言葉を述べた。
すげーな……絵に描いたような理想の兄貴キャラじゃん。今朝私に抱きついて、裏拳かまされて鼻血吹いてた野郎と同一人物とは思えないよ。
ほら見ろ、あの鋼鉄の表情筋を誇るステファニですら誰こいつ? とでも言いたげな冷ややかな眼差し送ってるぞ。
「ももももも勿体ないおおおおお言葉、でありますすすすす……」
けれどそんな実状を知らないアンドリアは、どもり倒しながらもお礼に対してのお礼を口にした。
ここへ、私が送り込んだもう一人の刺客が動く。
「どうぞ、冷たいミントティーとオレンジマドレーヌです。今日のお菓子は、僭越ながら私が作らせていただきました。皆様のお口に合うと良いのですが」
「ネッ、ネフェ作りんなぉっ!?」
アンドリアは奇声を上げ、また固まってしまった。
「どうされました、アンドリアさん? もしや、また具合が悪くなられたのですか?」
慌ててネフェロが手を止め、彼女に近付く。一番先に配膳していたお兄様側から寄ってきたものだから、彼女の両の目には今、至近距離で生のヴァリ✕ネフェが映っているはずだ。
「ちょっと失礼。どれ、熱はないようだな」
「しかし脈が早いですね……少し休まれますか?」
お兄様の手を額に当てられ、ネフェロに腕を取って脈を測られ――――アンドリアはついに叫んだ。
「何ぞ、この天国ーー! アッヒャーーーー!!」
ちと刺激が強すぎたらしい。
椅子ごと引っくり返ったアンドリアはその日ついぞ蘇らず、残念ながらヴァリティタ様にお勉強を教わるのは次回に延期となった。
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