腐令嬢、悶える
「お二人共、今夜はこのくらいになさい。夜更しして、調子を崩しては元も子もありません。しっかり休むことも大切ですよ」
夕食が終わると、私の部屋でステファニと勉強するのがこの一ヶ月の常となっていた。そして、こうしてネフェロが終了を告げに来るまでがお決まりである。
「あら、もうそんな時間? じゃステファニ、また明日ね」
「はい、クラティラス様。ネフェロ様もおやすみなさい」
ステファニは手早く本や文具をまとめると、私とネフェロに頭を下げて部屋を出て行った。私も顔から洗濯バサミを取り外し、ほっと一息つく。
「ステファニさんがこの家に来て、もう二ヶ月ですか。最初はどうなることかと思いましたが、クラティラス様のおかげで新たな生活にも馴染んだようですね」
テーブルの上のティーポットとカップを片付けながら、ネフェロは翠の瞳を柔らかく細めて微笑んだ。
最近は暗黒ネフェロばかり妄想してたけど、やっぱネフェロは癒しだわ。心のリラックスアロマだわ。
「私は何もしていないわ。ただせっかく縁があって共に暮らすことになったのだから、仲良くなれたらいいなと思っただけよ」
そう答えつつ、私はこっそり癒しのネフェロ成分をフンスフンスと吸い込んで摂取した。ふわぁ、甘くて良い香りがするぅ〜。おいっすぃ〜。
側でそんな奇行に及ばれているなどと気付いていないネフェロは、私の頭に優しく掌を当てた。
イケメンによる秘技、アターマ・ポンヌポンヌである!
「クラティラス様は、この一年ほどで随分と変わられたように思います」
が、その言葉に、私は鼻の穴を膨らませたまま固まった。
ウソ……勘付かれた?
私がその一年前に前世の記憶取り戻しちゃったせいで、クラティラス・レヴァンタであってクラティラス・レヴァンタじゃないって……ネフェロにバレた!?
「女の子というのは、不思議なものですね。どんどん子どもっぽさが抜けて、レディらしくなられていく。その御姿に、正直戸惑うこともあるくらいです。ご婚約という大きな出来事があったのも、大きく影響しているのでしょうか」
あ、ああ……そういうことな。成長期について言ってたのね。
「そうね、いろんなことがあったもの。そんなに変わったかしら? 胸はちっとも膨らまないし、下の毛もまだ……」
「言わなくていいです! コラッ、こんなところで服を脱ぐのはやめなさい! 寝間着は寝室でしょう!? どうしていつも寝室まで行って着替えないのですか!」
ワンピースを脱ぎ捨て、白いスリップの内側を覗き込んで己の発育状況を確認していた私を見て、ネフェロが大声で喚く。
「どうせ侍女がお洗濯に持って行くんでしょ? ならここに置いておけば、わざわざ奥の寝室まで取りに来る手間が省けるじゃない」
「そういう気遣いは要りません! 仮にも私は男なのですよ!? 少しは恥じらいを知りなさい!」
「はいはーい」
適当に返事しながらも、私はスリップまで脱いでパンツ一枚になった。そして寝室に入るや、戸口で薄い絹のソックスごと靴から足を引っこ抜き、ベッドにダイブする。
これが私の定番オヤスミスタイル、通称『クラティラス様の脱皮』である。
「ほら、ちゃんと寝間着を着てください。お腹を冷やして、風邪を引いてしまいますよ」
もう呆れて文句も言いたくなくなったらしく、ネフェロはクローゼットから取り出したライトブルーのネグリジェを私に着せた。どうせ捲れ上がってお腹も胸も丸出しになるんだから、何か着たって無駄なのに。
寝支度を整えさせた私をベッドに収めると、ネフェロはベッドの傍らに膝を付いて静かに囁いた。
「クラティラス様、あなたはイリオス殿下の婚約者なのです。これからは、もっと慎みのある行動を心掛けねばなりませんよ? 王宮に入れば、このような振る舞いはできなくなるのですから」
私の頬にかかった髪を長く白い指で解くように払いながら落とされたその声は、アルトとテノールの間ほどの心地良い響きで耳から脳へと吸い込まれ、優しく穏やかに眠気を誘った。
ネフェロって、本当に寝かしつけ上手いんだよな。まだ眠くないとヤダヤダと駄々こねるお兄様も、子守唄ワンフレーズで寝落としちゃうし。
「婚約したって、私は変わらないわ。私は私よ。王宮でも寝る時は抜け殻ダイブしてやるんだから。止められたって怒られたって、知るもんですか。将来は私のおかげでこの寝方が王家にも浸透して、国の正式な作法となるかもしれないわよ?」
それでも夢の世界への勧誘を堪え、バカバカしいことを言ってフフンと不敵に笑ってみせたのは――何だかネフェロが悲しそうに見えたからだ。
だからそんな未来は来ないとわかっていても、今だけは彼を安心させてあげたかった。
ネフェロはふっと吹き出し、そっと立ち上がった。
「クラティラス様ならやりかねませんね。ええ、きっとあなたは変わらない。大人になっても、立派なレディになっても、王家の一員となられても、その強い芯だけは変わらないのでしょう。私はそんなあなたに仕えられたことを、誇りに思います」
それから軽く上半身を屈めて私の額にキスをすると、彼は大輪の花も霞むほどの美しい笑顔で告げた。
「おやすみなさい、愛しの小さなレディ。良い夢を」
扉が閉じられても、私は身動き一つできなかった。
ネフェロが……デレた?
イケメンのくせにオカン感満載で色気もクソもなかった、あのネフェロが?
あれほど毎日だらしないはしたない慎みがないと叱り倒してた私に、愛しのレディ、だと…………!?
暗闇に包まれた寝室で一人、私は目をカッ開いたまま心の中で絶叫した。
あんな致死量振り切ったハゲ萌え面を拝まされて眠れるわけねーだろーがぁぁぁぁ!
ネフェロのアホンダラーーーー!!
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