【アステリア学園】アステリア王国最高のエリート校:バカは出禁

腐令嬢、勉強す


 聖アリス女学院は、初等部から高等部までエスカレーター式で進学する一貫校である。貴族の娘達が多く通うので、アステリア王国の女子達にとっては憧れの学校の一つだ。


 クラティラス・レヴァンタも、本来ならば卒業まで本校に在籍する予定だった。が、高等部からはアステリア学園に入学することとなる。


 理由は、婚約者のイリオス第三王子殿下様の存在。


 彼の後を追って彼女は同じ学校に通う道を選び、そしてゲームにおける『悪役令嬢』となるのだ。


 アステリア王国の王族達は、中等部の段階まで王宮内にて専属教師によって教育を受けるが、高等部からは外部の学校に通うのが代々の慣例。これは『民の上に立つ王族たる者、外の世界を知らねば国のために尽力できぬ』という長きに渡って受け継がれた方針によるものだそうな。



 さて、そのアステリア学園とは――簡単に説明すると、アステリア王国における最高峰の中高一貫制エリート校である。


 成績が悪ければ進学不可、下手をすると留年、最悪の場合は退学、名門貴族であろうが脱落者には容赦なしと大変に厳しいことでも有名だ。



 王家の者達も多くがこの学校を選び、心技体を磨いた。現在はイリオス様より五つ年上のディアス第一王子殿下が在学中で、一年の頃からずっと高等部の生徒会長を務めていらっしゃるとか。

 第二王子のクロノ殿下も一年後にお受験が迫っているけど、今の調子じゃ多分アステリア学園なんて選ばないだろうなぁ。留学したまんま、海外の高校に入学しちゃいそうな雰囲気だよね。ヤリチソのパリピらしいし。



 で、何で私がこんなことをいちいち考えているのかというと――。



「クラティラス様、どうされましたか? わからないところがあれば、何なりと聞いてください。それとも……もう眠いのですか?」



 目の前に座っていたステファニが、手の止まった私に気付いて声をかける。その目には、刃のような鋭い光が宿っていた。


 やべ、上の空だったってバレたらまた殺られる!



「う、ううん、大丈夫。あ、ここステファニに教わったところだーって感激してただけだから」



 私はそう答えて、無理矢理笑顔を作った。すると、両頬に隙間なく取り付けられた洗濯バサミがカチャカチャと鳴る。


 この洗濯バサミには全部紐が付いており、その先端はステファニの手に握られている。うっかり寝落ちようもんなら、これを思い切り引っ張られて悶絶することになるのだ。


 勉強しているとすぐに居眠りする私のためにステファニが考案した、本人曰く、効率的かつ画期的なシステム……だそうな。


 既に何度も罰を受けて痛む頬を撫で擦ることもままならないまま、私は涙目で再び問題集をひたすら解くという作業に戻った。



「居眠り癖は大分直ってきたようですね。しかし、慢心なさらないでください。この学校を目指す者は皆、我々以上の時間と努力をかけて挑んできます。幼児の頃から、勉学に励んでいる者も少なくないと聞きました。受験とは、生き残りを賭けた戦い。たとえ九十九点を取っても、他の全員が百点ならば落ちるのです。一つの油断が命を奪う戦場と変わりないのですから、生き残るためには出来る限り完璧を目指さなくては。そのことを、ゆめゆめお忘れになりませぬように」



 淡々とした口調で無慈悲な言葉を述べると、ステファニは再び琥珀の瞳を手元の参考書に落とした。


 私の予想通り、王宮では飲み込みの早いイリオス様に合わせ、かなりのスピードで教育が進められていたという。既に中等部で学ぶ部分も修了しているそうで、彼女は現在、予習と称して高等部向けの参考書を読み解いていた。


 はぁ……ちょっとその頭脳をお裾分けしてほしいよ。初等部の授業はギリで理解できているけど、元々勉強は大の苦手なんだってば。




 なのにだよ……私、アステリア学園中等部を受験しなくちゃならなくなったの!


 控えめに言って地獄よ、地獄!!




 こうなった悪の根源は、イリオス様の中の人であるエネミー江宮えみや


 あのボケ、お父上である国王陛下に『形式的な学問に拘らず、日々変化する世相に触れて知識の幅を広げたい』などと口八丁抜かしくさって、異例となる中学受験の許可を得たのだ。


 国王陛下があっさり了承したのは、クロノ第二王子殿下の放蕩っぷりにほとほと呆れ果てていたところだったから。


 そのせいで『クロノたんなんてもう知らないYO! 代わりに賢くて優秀なイリオスたんに期待するYO! ゆくゆくは長兄のディアスたんの手助けをして仲良くこの国を守るんだYO!』といった方向に考えを改めになられたらしい。


 スタフィス王妃陛下はあまり良い顔をされなかったそうだが、それは致し方ない。王妃陛下は、娘のセリニ殿下の件で今もイリオス様を疎んでいるそうなので。



 肖像画制作のためにちまちまと王宮に訪れる私に、イリオス江宮は暇つぶしがてら、そんなゴタゴタした王家の内情を興味なさげに教えてくれた。



 それはいい。


 そんなに中学生活をエンジョイしたいってんなら、好きなところに勝手に行けばいいさ。



 おかしいのは!

 何で関係ない私まで!

 同じ中学を受験しなきゃならないかってことだよ!!



 確かに『ゲームと違った行動をしてみよう』って話はしたさ。でもだったら、別々の学校だっていいじゃん!



 イリオス様は『いちいち時間やら機会やら作って作戦会議するのが面倒だから、オナチューすれば楽』とクソみたいな言い分で丸め込もうとしてきたが、提案されるや、私は即座に拒否した。当たり前だ、誰がオタイガーなんかとオナチューしたいもんか。


 しかし奴は私が断ることを見越し、裏で既にお父様とお母様に根回しをしていた。


 婚約者と会える時間が欲しい、世の中の若者と同じように彼女と共に青春というものを味わいたい、様々な経験を通して彼女との絆を深めたい……やら何とか、心にもない嘘八百を並べ倒してお願いしたらしく、両親はすっかり騙され絆されてしまった。



 ところがすっとこどっこい、あの野郎……お父様とお母様だけに留まらず、さらなる最終兵器を準備していた。



 そう、それこそがイリオス・ザ・クレイジーのステファニ。


 オタイガーの奴、極め付けとばかりにステファニにまでこっそり手紙を送って、私を説き伏せてくれと依頼してやがったんだ!


 しかも『クラティラス嬢のお付きとして君も一緒においでよ〜♡皆で楽しい学園ライフをエンジョイしようぜっ☆』という甘言付きで。きったねー真似しよってからに!



 ステファニはすっかりやる気満々になっちゃって、憧れのイリオス様との学園生活目掛けて、私という荷物を抱えて走り出した。こうなったら、彼女はもう止まらない。


 で、両親とステファニに説得……というより有無を言わさず強制的に了承させられた私は、階級など関係なしに能力の高い者のみが門を潜ることができるという、非常にシビアな難関校に挑むことになったのだ。

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