腐令嬢、懲りず


「バカだバカだと思ってましたが、ここまでバカだとは……海より深く反省して、そのまま深海に沈んでください。そして二度と陸地に上がらないでください」


「本当にすみませんでした。これからは深海で暮らします」


「気持ち悪いにも程がありますよ。どんな不気味な形状した深海魚だって、ここまで気持ち悪くありません。これから共に暮らす深海魚にも謝ってください」


「はい、深海魚さん、ごめんなさい」


「二度とこんな気持ち悪いものを描かないでくださいね。まさか、前世の僕と今の僕とでカップリングするとは……」


「ある意味、自慰行為だよねー、オナヌー・トゥー・オナヌー。でも物は考えようだよ? 心と体が一つになるメタ的要素をも表現した高度なBLという解釈も……」


「…………まだ叩かれ足りないようですな?」



 思わず顔を上げてBL談義しようとしたが、例の暗黒オーラに満ち満ちた冷ややかな笑顔に迎え撃たれ、私は再び俯いた。



 あの絵は、即座にイリオス様に燃やされてしまった。そう、火炎魔法で。



 それがさー、チリチリって燃やすんじゃなくてボワァッと一気に爆発させるみたいな燃やし方しやがったのよ。おかげで私の三日間の成果が、あっという間に灰になっちゃった。


 ステファニの笑顔のために頑張ったのに!

 ステファニたんを幸せにしたいんじゃなかったのか!?

 女の子を全員幸せにしたいと言っていたのに私は除外かよ、ド畜生め!


 ……な〜んて抗議できる雰囲気じゃありませんでした。んなこと抜かしたら今頃、頭を千切りキャベツからのボンバヘッ★アフロにされてたよねー。



 彼が魔法を行使するところを見るのは、これで二回目になる。が、リゲルもイリオス様も普段はその能力を頑なに封じ、人前では絶対に使おうとしない。


 大切なお金を奪われそうになった時だって、リゲルは魔法でどうにかしようとしなかった。

 またイリオス様も、紙がなくて地獄を見たトイレでも転移魔法でトイレットペーパーを入手するとか、時間魔法で出す前に戻るとか、水魔法でお尻キレイキレイして風魔法で乾かすとか……ラストのは洗浄装置に気付けば良かっただけだが、とにかく魔法があれば簡単に打開できる状況だろうと、決してその能力を駆使することはなかった。


 この国で魔法を使える者が稀少なのは、魔力を有する魔族達が迫害され追いやられた結果だ。その昔、魔族の軍勢が決起し、このアステリア王国を手に入れんと反乱を起こしたせいで。


 その戦乱の時代の影響は平和になった今も残っていて、今も魔族と魔法に拒否反応を示す者も少なくないという。


 稀少であれど大切にされることはない――――魔法を使える者とは、この国ではそういう扱いなのだ。



 それはさておき、足が痺れて力が出ないよ……天然石の床、とっても痛い。せめてカーペットくらい敷いて欲しかったな。



 イリオス殿下の腰掛ける椅子の前で、正座させられ説教を受けること三十分。漸く許しを得たものの、足が痺れて立ち上がれず私は、床に転がってひたすら悶絶する羽目となった。



「……それにしても、どうしてリゲルさんに前世のことを話したんですか?」



 しゃがみ込んで私の足をペンで突っつきながら、イリオス様が問う。



「うぉぉう、やめろぉぉぉう……ちょっと、うっかり大神おおかみ那央なおの話を漏らしちゃってなぁぁぁ」



 彼女が江宮かもしれないなんて恐ろしい勘違いしていたとは、口が裂けても言えない。



「ステファニは、江宮えみや大河たいがの存在は知ったけれども『エミヤ』という名前だけで『もうこの世にいない』と思ってるんですね?」


「ぐぁぁ、やめろってぇぇぇ……そう、イリオス様とは『別個』の萌え対象になってるんだよぉぉう」


「そして……『アステリア学園物語〜星花せいかの恋魔法譚〜』のことだけは、誰にも漏らしていない、と」


「ぎぃやぁぁ、はいぃぃぃ……さすがにそこは、誰にも言っちゃならんと思ったのでぇぇぇ」


「へえ、アホウルにしては賢い選択ですな。そこだけは褒めてあげます」



 そう言うと、イリオス様は私のふくらはぎ辺りに手を翳した。その掌から、淡い光と共にふわっと温かな感覚が広がる。



「……あ、治った」



 痺れて空気が触れるだけで痛かった足は、すっかり完治していた。どうやら、治癒魔法を施してくれたらしい。



「僕の魔法のことも、誰にも言わないようにしてください。どうせ後でバレますけど、今はその時じゃないので」



 私は呆然としたまま頷いた。


 それを確認してから、イリオス様は流麗な口元に歪な笑みを刻んで告げた。



「それと……BLは程々に。妄想するのは勝手ですが、くれぐれも人を巻き込まないでくださいよ? ステファニの汚染に関しては彼女の身柄をウル腐に託した僕のせいでもありますし……それにもしかしたらのもしかしたらですけど、彼女にとって良い方向に転ぶ可能性もなきにしもあらずなので、黙認します。しかしこれ以上は、ウル腐の気持ち悪いBL脳で被害者を増やさないでくださいね?」


「はいはい、わかりましたよー。私だって、頑張って描いた絵をもう燃やされたくありませんからねー」



 素直に頷き、私は立ち上がった。


 絵の方はほとんど進まなかったけれども、そろそろ帰らねばご迷惑をかけてしまう。彼は、この後も予定がぎっしり詰まっているのだ。



 それに――被害者など作らない。作るわけがない。



 私はただ、BLを愛する同志を増やしたいだけ。死ぬまでに出来る限りこの素晴らしいジャンルを広め、この世界を素晴らしいものに満ち溢れた場所にしたいだけなのだから。

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