腐令嬢、萎える
「へえ、何だか楽しそうですねぇ。ステファニさんかぁ……キヒッ、早くこちらの世界に来てくださらないかなぁ?」
誕生日パーティー以来、一週間ぶりに会ったリゲルは、私の近況報告を聞くと、清楚な顔立ちに似つかわしくない邪悪な笑みを浮かべた。うむ、相変わらずで何よりだ。このところ、この笑顔を見ると安心する私がいる。
春の風が、心地良く頬を撫でる。中天を過ぎた太陽があたたかな陽光を落とす中、私達はいつもの噴水前で語らった。
「時間の問題じゃね? もう片足突っ込んでるも同然だし。あとはリゲルの詩でトドメ刺せば、簡単に落ちると思うな」
「あ、それなんですけどね」
ベンチの足元に置いた椅子とバッグを兼用している木箱から、リゲルが愛用のノートを取り出した。
ちなみにリゲルの詩広場は、春休み期間中のみ午前から昼までの短い時間に開催することにしたらしい。曰く『お母さんも働きに出られるようになったし、これまで遊べなかった分も遊べ遊べとうるさいから』とのこと。
リゲルのお母さんは、すっかり元気になったそうだ。おかげで口うるさくてかなわないと愚痴を零しつつも、彼女はとても嬉しそうだった。
そんなリゲルから手渡されたノートを開いた私は――しかし次の瞬間、雷に打たれたように激しく痙攣した。
「リゲル……こ、これはっ!」
「ええ、『小説』を書いてみたんです。でも詩とは全然勝手が違うから、なかなかうまく書けなくて……良かったら、クラティラスさんの感想を聞かせてもらえませんか?」
ガクガク揺れる身を必死に押さえ付けながら、私はリゲルが初めて書き上げたという五千文字ほどの短編を読んだ。
それはとある庶民の男が残した手記という形で語られる、貴族の男との身分差恋愛を描いた物語だった。
設定としては、よくある王道だ。しかし、並ぶ単語の一つ一つが心に刺さる。ストレートに抉ってきたかと思えば真綿で首を絞めるようなもどかしい苦しみに圧迫される。
痛い恋の傷から流れる血の代わりに、私の瞳から滂沱の涙が溢れた。
「尊ーー! 何これヤバみ成分過多でクラティラスのクラティラスがクラティラスなんだけど!? マジで萌え死ぬとこだったじゃん! さては貴様、萌えの刺客だな!? うわぁぁぁーーん、ゲリルーー! ラクラスティーー! お前ら最高の最高の最の高だよーー!!」
ノートを崇めるように両手を高く掲げた状態で、私は自分の膝に顔を埋め、メインカプ二人の名を叫びながら人目も憚らずオンオン泣いた。
「あ、あの……ちゃんと物語になってました? 変なところはなかったですか?」
「文句なしだよぉぉぉ……このハート泥棒めぇぇぇ……。今日からリゲルのこと、ハードロボン様って呼ぶぅぅぅ……」
「あ、それはやめてください。センスなさすぎて恥ずかしいので。これまで通り、リゲルでいいです」
リゲルはオウッオウッと変な嗚咽を上げる私を優しく抱き起こし、涙と鼻水と涎でグッチャグチャになった顔面を優しく拭いてくれた。
「クラティラスさんに気に入っていただけて良かった。おかげで少しだけ、自信が持てました。これからは、小説にも果敢に挑戦していこうと思います」
天に輝く太陽よりも眩しく、咲き誇る花々よりも華々しい笑顔が目を射る。
天使や……いや、女神や!
「私、もっとリゲルの小説を読みたい! もっともっと、私に萌えをくだされ!」
私は手を組み、神様仏様リゲル様をナモナモと拝んだ。
「はい、頑張ります。……それよりクラティラスさん、何か忘れてません?」
と、リゲルが急に真顔になって問いかけてきた。
「え? あ……ごめん、お礼言うの忘れてた! リゲル様、尊きものを拝読させていただき、本当にありがとうございます!」
そこで私は慌ててベンチから立ち上がり、深々と頭を下げた。
「違いますっ、例の絵ですよっ!」
「絵……あー、はいはい」
彼女に頼まれていたものを思い出すや、私のテンションはガタ落ちした。あーあ、萌えが一気に萎えに塗り替えられてしまったよ……。
私は渋々ベンチに立て掛けていたスケッチブックを取り、中から目的の絵を引っ張り出した。
「わあ……この人が! ええー、全然ブスじゃないですよ! というかイケメンじゃないですかー!」
渋る私にしつこくねだり続けた念願の
早くも妄想の世界に没入した様子から窺うに、お世辞ではないらしい。
リゲルといいステファニといい、この世界の女子の脳と目を通すとあのブスがイケメンに見えんの?
にしちゃ、イリオス様やらヴァリティタの兄貴やらネフェロやらもイケメン枠だよな?
明らかにオタイガーは異物だと思うんだけど。
「おっかしーな……イケメンに描きすぎたか?」
「おかしいのはクラティラスさんですよ。身なりは居住区外の浮浪者みたいですけど、目の形は綺麗だし、鼻も高いし、輪郭も整ってるし、こんなに素敵なお顔立ちをしてるのにブスだなんて。でも、クラティラスさんほど美人ならブスに見えるのかなぁ?」
私は改めて、リゲルの隣から江宮の顔を確認してみた。そして脳内で髪を整えさせ、眼鏡を外し、髭を消去してみる。
あれ? 確かに……そこまでブスじゃない、かも?
マジかよ…………全然気付かなかった。だって、オタイガーだよ?
え、もしかして気付いてなかったのは、私だけだったとか? そんなことないよね? クラスの皆もキモがってたし、本人も否定しなかったし。
しかし、隠れイケメンって美味しいよなー……って、江宮相手に萌えられるはずねーだろ。いやでも、隠れイケメンかぁ……でもでも江宮なんだよなぁ。
「ちょっと待って。妄想してみる」
私は隣のリゲルに告げ、ほわほわほわぁんと妄想の世界に突入した。
クラティラス
…………あ、無理。出会いからもう無理。何してもどうしても無理なものは無理。生理的に無理。腹立つことには変わんねーし、むしろあいつがイケメンだっつってチヤホヤされたら余計にムカつくだけだわ。
それにいちいち妄想しなくても、今のあいつ見りゃわかることじゃん。イケメン代表のイリオス様でも、中身のクソさで差し引きマイナスだし。
結論、イケメンでもブサメンでもオタイガーはオタイガーでした。
「クラティラスさん、妄想は終わりました?」
「うん、終わった。やっぱり江宮は私の敵だ。絶対泣かす」
私の結論を聞いて、リゲルはやれやれと肩を竦めて絵を返してきた。
残念ながら私は、アンドリアみたいにイケメンならウンコでも許せる面食いでもなければ、リゲルみたいにウンコにも魅力を見出そうとする優しい聖女でもないのだ。
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