腐令嬢、誕生日を迎える
いつも寝汚いからこういうことになったのだとか、手足を縛ってでも寝相を矯正すべきだとか、いっそのこともう二度と寝るな死ぬまで起きてろだとか、随分とまあ無茶苦茶なお叱りをネフェロにたらふくいただきながら、私はハイスピードで身支度を整えさせられた。
その間、護衛を含むイリオス様御一行はリビングで私の両親と談笑なさっていたそうだが、皆が気を利かせやがったのか、支度完了して待ち受ける私の元に戻ってきたのは、クソ王子ただ一人だけだった。
で、一体何なんだと尋ねてみたところ。
「サプラーイズ!」
だってよ。バカじゃないの。
「本人の了承も得ずに乙女の寝姿を見るなんて、最低ですー。デリカシーなさすぎですー。王子にあるまじき行為ですー」
室内を無遠慮にあちこち歩き回ってチェックしては『家具がいちいち可愛い』『ザ・女の子という感じで非常に萌える』『なのに机の引き出しにエグいBL絵を忍ばせているとは嘆かわしい』などとほざきくさるイリオス様に、私は今更ながら抗議した。
「
こう言われては、私も黙る他ない。
私の家は学校から遠いし、ただでさえ狭いところに兄夫婦まで同居するようになったからうるさいし窮屈だし、あいつの家の方が広いし、部屋のテレビもデカいし、唯一の家族である奴の母親は看護師で夜勤多いから騒いでも怒られないし……という様々な理由で。
なのに、必ずといっていいくらい毎回寝落ちしてたんだよなぁ。そのせいで決着つけられないまんま、卒業しちゃったんだよね。それに関しては、悪かったと思ってるよ。
だが江宮はまだ言い足りないらしく、更に愚痴をつらつらと垂れてきた。
「仰向けの時はまだマシでしたけど、俯せで寝ると必ず大量のヨダレ垂らして何個も枕をダメにしてくれましたよねぇ。あのビッチャビチャになった枕を初めて見た時は、母親も衝撃を受けて『牛でも連れ込んだのか』って呆れてましたぞ。良かったですな、寝相はともかく、生まれ変わってからあの牛レベルのヨダレ癖が治ったみたいで」
牛……。
確かに昔から俯せで寝ると、良い感じにヨダレ分泌されるヨダレタラッシャーでしたよ。学校で寝る時も俯せだったから、教科書をビッチャビチャにしていくつも捨てる羽目になりましたよ。
にしても、牛って……。
そっかぁ……江宮のお母さん、泊まっても何も言わなかったし、御飯までご馳走してくれるから理解ある人なんだな〜と思ってたけど、私のこと牛だと思ってたんだぁ。そういえばいつも、私がご飯食べてるとこを嬉しそうに眺めてたなぁ。あれって、家畜の餌やりみたいな気持ちだったのかぁ。たーんと食べて、いい肉に育てよ的な。
って、ドナドナとしょげてる場合じゃねーわ。
「サプライズのためだけに来たわけじゃないでしょ。何の用なの」
イリオス様がお部屋の散策を終えてソファに座ると、私は今一度彼の目的を問い質した。いくら婚約者とはいえ、相手は天下の王子殿下。王宮を出て我が家を訪れるには、相応の理由が必要なはずだ。
「クラティラス嬢の寝姿を拝みに……と言いたいところですが、それはあなたがぐうたらだったおかげで、ラッキーチャンスに恵まれたというだけですからねぇ」
フヒヒヒヒと笑うイリオス様は、イケメン補正も及ばぬまでに不気味だった。
すげーなオタイガー、キラキラ王子様オーラをマイナスにできるレベルでキモいって。ある意味、誇れるぞ。
「今日のこの日のために、父上である国王陛下から許可をいただいたんです。レヴァンタ一爵には前もって話をつけてありますし、一爵夫人も快諾してくださいました」
「うん? よくわかんないけど、私は何すればいいの?」
小首を傾げる私に、イリオス様は事も無げに言い放った。
「ステファニが今日からここに住むので、世話をしてやってください。荷物は今搬入しています。聖アリス女学院への転入手続きも済んでますから、学校でも彼女のことをお願いしますね」
な……何ーーーー!?
「ちょっと待ってよ! 私、そんなこと一言も聞いてない!」
「だから言ったじゃないですか」
そう言ってイリオス様は立ち上がり、両手を広げてドヤ顔で再度告げた。
「サプラーイズ! クラティラスさん、お誕生日おめでとうございまーす!」
――――直後、私の拳が奴の鳩尾にヒットした。
顔はヤベーからボディにしたぜ! こいつが王子じゃなけりゃ、首引き千切って焼却炉のゴールに得意のジャンプシュートかましてやったのによ!!
って、そうか……今日、私の誕生日だったんだ。
誰も何も言わないし、
その後、珍しく早起きして出かけたはずのお兄様は、密かに有名スイーツショップに頼み込み、私のために誕生日ケーキを作っていたと判明。ネフェロも、こっそり花束を準備してくれていた。
それに友達もサプライズのグルで、今日に限って誰一人として捕まらなかったのはこのためだったんだと知った。
リゲル、アンドリア、ミアにドラスにデルフィンにイェラノ、皆がプレゼントを持って家にやって来て、お父様とお母様が大広間に用意したパーティー会場で、私の誕生日を盛大に祝ってくれた。
アンドリアが初の生ヴァリ✕ネフェを目の当たりにして倒れたり、オジ受け派のデルフィンがお父様に萌え転がったり、二次専だったイェラノがネフェロの美貌で三次の良さにも覚醒したり、リバ好きドラスが集まった使用人の男性達を全てカップリングさせようと確率統計の計算問題を始めたり、ミアがこのカオスな状況を得意の朗読で謳い上げたり、そこへ更にリゲルが非常に優れたBL感性で皆を煽って爆撃したりと大変に騒々しく、この上なく楽しい時間だった。
ちなみにイリオス様は、自分がいると皆が気を遣ってしまうだろうと言って、パーティーの前にとっととお城に帰ってしまわれた。
プレゼントはないのかと聞いたら、『この僕がわざわざ会いに来たというだけで最高のプレゼントでしょう』だって。腹立ったから、もう一発鳩尾にくれてやったわ。
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