【ステファニ・リリオン】第三王子側近:定番人気のクール系担当キャラ

腐令嬢、微睡む


 降り積もる雪が、アステリア王国を静かに白く染める。


 第三王子殿下の婚約者として知られるようにはなったものの、私自身は特に変わることなく、BL仲間との交流を更にディープに深めたり、リゲルと一緒にプチプラカフェを巡ってはクソマズドリンク選手権を開催しつつ妄想を語ったりと、寒さに負けず明るく楽しい毎日を過ごした。


 妹の婚約でショックを受けて暫く寝込んでいたお兄様も、根がやんちゃっ子なもんだから冬休みが終わる頃には引きこもるのに飽きたようで、もうすっかり元気だ。

 それどころか『お嫁に行ってもクラティラスの一番はお兄ちゃんなんだもんね!』と開き直り、ウザさ三割増しで絡んでくるようになりました。困ったもんです。


 家ではそんなお兄様に『結婚の練習だ』などと称してラブラブおままごとに付き合わされたり、庭で雪遊びをしたり、時には悪戯が過ぎてネフェロに叱られたりと、こちらも相変わらずだ。私の婚約のせいで、お父様とお母様はお付き合いが増えて忙しくなったようだけれど。


 ゲームとは違う行動を、と江宮えみやは言っていたが、幼少期のクラティラスについては設定集でも触れられていなかったので、私はやりたいことを好きにやらせていただいた。



 自分の本当の死因が暗殺だということは、確かにショックだ。でも元々死ぬ運命は受け入れてたから、割とすんなり消化できた。


 どっちかっつーと、イリオス様が江宮だと知った衝撃の方がデカかったし。



 あーそうそう、イリオス様な。



 暫くは忙しくて会う時間が取れそうにないらしいので、彼とはお手紙でやり取りしている。この世界には携帯電話がないから、文通で親交を深めてるってわけよ。


 しかし、趣深さなど皆無。


 初めて届いた便箋には歯の浮くような美辞麗句を並べ立てられていて、ついに頭がイカれたかと焦ったけれど、よく見るとあの野郎、縦読みで悪口を書いてやがった。腹が立ったから、もちろんお返ししてやったよ。斜め読みにも罵詈雑言のギミック仕込んでな。


 本当はゴリッゴリの汁だくBL漫画を送り付けてキャン言わせたかったけど、王宮への配達物は念入りに検閲されるとのことで泣く泣く控えた。


 マメに送られてくるイリオス様からのお手紙を見る度に、お母様は『愛する婚約者のことをいつも気にかけているのね!』と喜んでいる。


 本当はロマンチックのメッキで飾ったディスり合戦やってるなんて知ったら、発狂するだろうなぁ。とばっちりで、プルやんが抱き潰されかねないよ。ただでさえこの寒さで、お母様のアンカ代わりにいつもむんぎゅりされているというのに。



 そうこうしている間にもゆっくりと冬は過ぎ、いつしか雪解けの時期を越えて、春がやって来た。



 初等部五年生の第三学期は、私にとって素晴らしく充実したものとなった。秋に受賞した絵画が高く評価され、何と我が校の学院長様から直々に肖像画を描いてほしいと依頼されたのだ。


 うん、『第三王子殿下の婚約者』って補正も入ってるんだってことくらいわかってるさ。


 でも、だからこそ燃えるのよ。そんな補正吹っ飛ばして、この子に描いてもらって良かったと思わせてみせるんだってね!


 そこで週に二回、放課後は学院長の元に向かいデッサンに勤しんでいたのだが…………いやはや、渋オジの良さに開眼したわー。オジ受け好きのデルフィンの気持ちが、よーく理解できたわよぉう!

 なかなか踏み出せないヘタレ年下攻めを優しくリードしたり、同年代の強引な俺様攻めにタジタジになっちゃったり、いろいろ妄想が捗っちゃう!



 時間が空けばリゲルと会って語らい、『萌えBL愛好会(仮)』の同士達とも萌えを吐き散らし合い、学業はさておき趣味に趣味に趣味に走り倒して、三学期もあっという間に終わりを迎えた。



 春眠暁を覚えず。



 春休みに入ると、私はとても自堕落な生活を送るようになっていた。深夜までイラスト描いて、起きるのはお昼。特に用事がなければ、大体そんな感じ。


 手掛けていた学院長の肖像画は油絵の具を乗せる段階にまで来ており、今は乾くのを待って下の絵の具が浮き上がるのを待っているところだ。こうして具合を見ては塗り重ねてを繰り返し、学院長の醸し出す重厚感ある雰囲気を作り上げていく。クラティラス・レヴァンタの名誉のため、妥協は一切できない。


 学院長もイケ渋ボイスで時間がかかっても大丈夫だと言ってくれたし、納得いく作品に仕上げるのだ。ってことで、今日もぐうたら三昧確定。


 本日は友達が皆忙しいそうで誰とも遊ぶ予定がなく、またヴァリティタお兄様も朝早くからお出かけしていたため、一人暇をぶっこいてた私はのどかにベッドの住人となっていた。



「…………」

「…………ね」



 幸せな惰眠を貪っていると、ふと微かな人の話し声が耳に入ってきた。


 まーた懲りずにネフェロが起こしに来たのか。ほっとこ、ほっとこ。とっとといつもみたいに諦めてくれ。


 浅い微睡みの間に間に届く声を華麗にスルーし、私は再び眠気に導かれるがままに夢の世界に沈もうとした。



「……ぞ。……な」

「……ですね」



 が、今日のネフェロはやけにしつこい。


 うるっせえな。愛しのヴァリティタ様が渋オジに颯爽と奪われるNTR妄想を、こんこんと語って聞かせたろか。



「……見飽きぬ可愛らしさですな。このままずっと起きなければ良いのに」


「そうですね」



 起きなければ良いと思うなら、黙っとけよ。頼むから、静かに寝かせてくださいよ……。


 仕方なく私は、枕元のサイドテーブルに手を伸ばして小さな置き時計を取った。開き切らない瞼の隙間から時刻を確認してみれば、まだ九時ではないか。



「んもー、お昼まで寝かせてって言ったのにぃ。何でいっつも邪魔するの、ネフェロぉ……」



 不平を零してから私はずりずりと引っ張り上げた布団に潜り込み、耳障りな音声を遮断した。



「あ、隠れちゃった。クラティラスさーん、寝てていいから出てきてくださーい。可愛い寝顔を堪能させてくださいよー。さあ、ステファニも声掛けを」


「は、わかりました。クラティラス様、どうか出てきてください。イリオス殿下がお呼びです」



 ……ステファニ? イリオス?


 はて、どっかで聞いたような……?



 意識を蝕む睡魔に再び身を委ねようとした私だったが――――すぐに跳ね起きた。



 待て待て待て、聞いたことあるどころの騒ぎじゃないぞ!



「あーあ、起きてしまいましたか……もう少し見ていたかったんですがねぇ」



 見るからにガッカリした表情で美しいお顔を曇らせていらっしゃるのは、イリオス・オルフィディ・アステリア第三王子殿下。



「おはようございます、クラティラス様」



 精巧な人形のような瞳でこちらを見下ろしながら挨拶してきたのは、彼の側近、ステファニ・リリオン。




 何これ?

 ここ、私の部屋だよね?

 何でこの二人が、私の部屋にいるの?




 このトンデモ状況に付いていけず、ぼんやりしたまま辺りを見渡していると――――ネフェロがすっ飛んできて自分が着ていたジャケットを私の体に被せた。



「す、すみませんすみませんすみません! 本当に申し訳ございません! このようなだらしない姿をお見せしてしまって!」



 壊れた玩具みたいに頭を下げるネフェロに、イリオス様は笑顔で首を横に振ってみせた。



「いやいや、寝起きのクラティラス嬢も可愛らしくて見惚れてしまいましたよ。縺れた髪に虚ろな瞳が何とも退廃的な美しさで、大変眼福でありましたぞ。それでいて、乱れた寝間着姿でも嫌らしく見えないところが素晴らしいですなー」



 寝相が悪いせいで長い髪は爆発し、ネグリジェは肩からずり下がってるわ裾も捲れ上がってるわの大惨状、それが私の定番寝起きスタイルなのだけれど…………ネフェロが隠すよりも先に、じっくりまったりとご覧になられたらしい。



 そうと理解した瞬間、私は思い出したように叫んだ。



「ぎっ……ぎゃああああああ!!」

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