腐令嬢、驚愕す
「うわ、うわうわうわうわー!」
ガラステーブルに置かれたバスケットを覗いた瞬間、私は歓声を上げた。
中には何と、前世で大好物だったポテトチップスがこんもり盛られているではありませんか!
「フフフ、どうしても食べたくて作り方を教えて調理してもらったのですぞ」
白シャツと黒のパンツという服装で待ち構えていたイリオス
いかにも王子様なフリフリシャツが似合うなんて、江宮のくせに生意気だ。
「え、ポテチってどうやって作んの? ポテチ工場でバイトでもして、こっそり秘伝の製法を入手したの?」
「
「うっせ死ね。お、すっげ! 味も食感もポテチだー!」
「はい不敬罪ー、王子に死ねって言いましたー。大神さん、アウトですー」
「今のは江宮に言ったんですー。イリオス様には言ってませんー。江宮だけ死ねば良いんですー」
「クラティラス嬢のビジュアルにこの性格って、本っ当に最っ低ですなー。にしてもコーラがあれば……コーラはさすがに作り方がわからなくてねぇ」
「ちょ、おまそれ言うな! 一気にコーラまで恋しくなってきちゃったじゃんかー! マジで死ね、オタイガー!!」
あの婚約パーティーから、早くも一月が経つ。
その間、国王陛下を始めとする王家の皆様は、国内のあちこちで開催された新年の式典に出席せねばならず、大忙しだったそうな。
イリオス様も例外ではなく、海外留学から戻って来られる予定をブッチした第二王子殿下の分も引っ張り回されたらしい。
そんなわけで予定が遅れに遅れ、月を跨いで本日やっと再会が叶ったのだ。
といっても午後からまた用事があるそうなので、午前の短い間だけ。
王族って何してんのかよくわかんなかったけど、意外と大変なんだな。でも……。
「王家の一員になったら、毎日ポテチが食べられるのかぁ」
と、思わず口にして、すぐに後悔した。私が王族に仲間入りする未来などないのだ。
同じくそれをよく知っている江宮も、生意気なほど整ったイリオスフェイスに憂いの陰を落とす。悔しいけれど、こちらの世界での顔面偏差値は私の負けだ。
「クラティラス嬢との婚約は、僕としても回避したかったんですがねぇ……推しが不幸になるなんて、見たくありませんから」
もっと早く、出会っていれば。
もっと早く、話すことができていたら。
しかし、悔やんでももう遅い。
「仕方ないよ、こればっかりは『この世界のルール』だもん。最大のフラグ回避できなかったんだから、もうなるようになるしか」
「諦めるのはまだ早いですよ、大神さん」
そこでイリオス様は、うざかりしことこの上ない嫌味な江宮スマイル……ではなく、凛と表情を引き締めて口元に淡い笑みを浮かべた。
おお! これはヒロインが最初の出会いで見惚れた、イリオスマイルではないか!
「あなたが死ぬ因果律は、他にあるかもしれません。徹底的に抗いましょう」
「抗うって、どうやって?」
はて因果律とは何ぞや? と思ったけれど、いちいち聞いたらまたバカにされるのはミエミエだったので、そこはスルーして私は肝心の方法だけを尋ねた。
「出来る限り、ゲームと違う行動をするのです。どこかに突破口があるやもしれませんぞ」
偉そうに言ってくれたが、そんなのもうお試し済みだ。トイレに籠もって逃げようとしたのに、どこぞのバカが腹壊して女子トイレに飛び込んできやがったせいで計画を台無しにされたし。
あ、でもライバル視していじめ倒す予定のリゲルとは仲良くなったから、もしかしたら未来が変わる可能性が生まれたのかも……。
と、ここで私は聞かなければならないことがあるのを思い出した。
「そういえば江宮、何でリゲルんとこにいたの?」
「へ? 何故それを!?」
王子様が盆踊りの決めポーズで驚く姿は、なかなかにシュールである。
「私、あの場所にいて一部始終を見てたの。あれって偶然居合わせただけ?」
「いや、それが」
銀の髪を指で掻きながら、イリオス様は恥ずかしそうに答えた。
「実はとても詩が上手い女の子がいるとの噂を聞いて、もしやリゲルたんではないかと思い、城を抜け出してこっそり拝みに行ったのですよ。いやはや、幼女リゲルたんも可愛かったのですが、彼女と仲良くしてる女の子がこれまたどストライクの尊さでねぇ……噴水前で戯れる二人を眺めて悦に浸るのに、すっかりハマって通っていたら、あの現場に遭遇してしまったというわけでありましてな〜」
うっわー、嫌な予感。
「…………それって、ワサワサの三つ編みの子だったりする?」
「そうそう、黒髪眼鏡の超絶美少女です! 大神さん、あの子のことを知ってるんですか? だったらせめて、お名前だけでもお聞かせ願えませんかね?」
両手を合わせて頭を下げるオタイガーに向けて、私は残酷な真実を告げた。
「それが私だよ、バカ野郎。尊みに溢れる美少女に再会できて良かったなぁ? オラ、泣いて喜べ!」
哀れなイリオス様は紅の瞳を大きく見開いたものの、すぐに脱力してガラステーブルに突っ伏した。
「…………大神さんなんて、大っ嫌いです」
「あら、気が合うわね。私もあなたのことが大っ嫌いよ。そんな無駄話はさて置くとして、私はあなたより先にリゲルと接触して仲良くなったの。今では無二の親友よ。これも一応は、ゲームとは違う行動に該当するのではないかしら? あなたの望み通り、私がリゲルをいじめる未来は変更されたわ。感謝なさい」
悪役令嬢クラティラス・レヴァンタらしく私は腕を組み、片眉だけを上げて不敵に微笑んでみせた。
「おお、いいですなぁ、これぞクラティラス様という感じです。ずっとそうして……ってってって何と、リゲルたんと親友になられたのでありますか!? 何ですか、それ……最高じゃないですか! 手は繋ぎましたか? キスはまだですよね? 拙い言葉で愛を囁き合い、まだ来ぬ明日を夢見て共に側で生きる希望を語らいましたか!? 金色の瞳と蒼の瞳が甘く切なく奏でるハーモニーは、どのようなものでありましたか!?」
するとイリオス様は身を乗り出し、紅い瞳を輝かせて私に詰め寄ってきた。
ヒエッ……江宮の思考で百合妄想を熱く語るイケメン王子様って、こんなに気持ち悪いんだ。あーあ、美形の持ち腐れも良いとこだよ。
「それよりさー、これからのことを考えようよー。婚約しちゃったけど、リゲルいじめなきゃ死なないかな? というか、お前に捨てられたからって死にたくなる気がしないんだけど」
私が溜息を吐くと同時に、イリオス様の端正なお顔から表情が消えた。
「大神さん……あなた、『アステリア学園物語〜
「何、続編でも出てたの?」
ポテチの油で汚れた指をハンカチで拭きながら尋ねても、イリオス様は眉を顰めて黙ったままだった。
しかし長らく逡巡した後に彼は私の隣に腰を下ろし、それから私の目を真っ直ぐに見据えて告げた。
「これから言うことは、誰にも漏らさないように。ショックを受けるかもしれませんが、どうか耐えてください。この未来を回避するために、僕も尽力しますから」
彼の放つ威圧感に圧倒されつつも、私は頷いた。
それを確認してからイリオス様はそっと私の耳に口を寄せ、小さく囁いた。
「クラティラス・レヴァンタの死因は、自殺ではありません。彼女は自分の意志で死を選ぶのではなく――『暗殺』されるんです」
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