腐令嬢、回想す
私、
同じクラスのあいうえお順で席が隣同士になったのだが、江宮という男はとにかく不気味だった。
床屋すら行ってなさそうなボサボサ頭、手入れって言葉も知らなそうな無精髭、そして何故かスタイリッシュなハーフリムの眼鏡という誠にアンバランスで悪しきヴィジュアルに加え、誰も近付くなという無言の圧を発していたせいだ。おかげで入学初日から、見事なまでにクラスで浮いていた。いや、沈んでいたと言った方が正しいかもしれない。
対して私の方は、明るくて可愛くて地上に舞い降りたエンジェルの如き存在……おっと、ちと盛りすぎたな。顔はまあさて置き、人付き合いが好きなタイプで、いつもクラスの中心にいるようなアクティブガールだった。
なのでクラスメイト達とも速やかに打ち解け、連絡先の交換やら遊びに行く予定やらで盛り上がっていたため、江宮なんて眼中になかった。
そんな空気に等しい存在だった江宮に話しかけたきっかけは、とあるゲーム。
念願だった美術部に入りたくて、高校生活初日から早速見学に行った私は、帰り際になって邪魔になるからとバッグを置いてきたことに気付き、慌てて教室に戻った。すると、何故か江宮がぽつんと一人で残っていたのだ。
何してんだ? と軽く気になって、バッグを取りながらチラ見したら、スマホでゲームしてる。
それが何と、大好きなゲームシリーズ『ラストロスト・クエストレスト』の新作ソシャゲだったから、まあ大変!
慌ててその場でダウンロードし、私も夢中になってプレイした。が、すぐに詰んだ。
『ねー、ステージ3ってどうすればクリアできんの? いきなり難易度上がって無理ぃ……もう資材尽きちゃったよぅ……このままじゃリッツを救えないぃぃぃ……』
スマホで攻略方法を検索したものの、ゲームが解禁されたのはほんの数時間前。そのせいで有効な手段が見当たらず、私は隣の江宮に泣きついた。
『…………IDを教えてくれますか。フレンド登録して、必要資材を送ります』
こちらを見もせず、江宮は死ぬほど嫌そうに低く告げた。けれど私にはそれが、神が恩恵を授ける尊き御声に聞こえた。
今思えば、耳が腐ってたよね。まー、頭はとっくに腐ってたんだけど。
それから江宮はパーティーメンバーの編成から最適な所持スキル、さらにはキャラの進化育成方法まで教えてくれた。
おまけにフレンドとして手助けに参戦していただき――ついに私は、心挫かれ続けた憎きボスを倒した。
ゲームで何度も泣いた感動の映像が流れると、私の目からドバドバと涙が溢れた。
魔物に攫われた弟を取り戻すため、村を出て一人旅していた主人公ゼロが三年ぶりに故郷の地を踏む。故郷は氷で閉ざされて時を止めていたが、元凶の魔物が消滅したおかげで、親友だったリッツを始めとする村の皆が解放されるのだ。
しかし霊体となってゼロに救いを求めにやってきたリッツの妹・リリカは、村が氷結した瞬間に命を落としており、魂をこの世に繋ぎ止める魔物の魔力を失ったため、世界の平和をゼロと兄に託して天に昇っていく――そんな名シーンなのである!
『リッツぅぅぅ……リリカぁぁぁ……うおおおおおおん!』
鼻水まで垂らして号泣する私に、江宮はこれまた嫌そうにポケットティッシュを手渡すと、初めて自分から口を聞いた。
『ラスクエ、好きなんですか?』
『好きぃぃぃ……全シリーズプレイしたぁぁぁ……。特に無印の初代が好きぃぃぃ!』
『僕もです。しかしこのシーンは、もう一歩踏み込んでほしかったというか』
『わかるぅぅぅ……! リッツとリリカの別れをドラマチックに演出したかったのはわかるけど、他のメンバーにもスポットを当てて、一人一人の表情や台詞をもっと盛り込んでほしかったよなぁぁぁ……!』
何度も鼻をかみながら、私は嗚咽の間に間に答えた。
『ニワカのライト層だと思っていたら、結構やり込んでいるようですなぁ』
『失礼な。始めたゲームはクソゲーでも達成率百パーまでプレイするし、どんなクソアニメでも一話観たら最終回まできっちり追うよ。ええと……名前何だっけ?』
ここで江宮は、少し躊躇ってからフルネームで名前を名乗った。ついでに私も、改めて自己紹介した。
『江宮とは気が合いそうだな! ね、ラスクエの推しCPは? ソ・イヤーで言い合おうぜ!』
『ソ・イヤー……ですか? はあ、わかりました』
で、二人でソッイヤーと掛け声かけて口に出したらば。
『ゼロ✕リッツ』
『エイト✕リリカ』
とまあ、見事に別れた。
しかも私の方は両方男キャラ、江宮の方は両方女キャラと、少しも全く混じり合わない方向に。
『お前、最っ低だな! エンジェル天使なリリカちゃんと癒しの魔女っ子エイトたんをそんな目で見てたなんて!』
『そういう大神さんこそ、男同士の熱い友情をエロ目線で見てたんですよね? 気持ち悪い』
『てめー、BLバカにしてんのか? 今度のイベント用の漫画は、お前をモデルにした胸糞バドエン物にしてやるから覚えとけ!』
『イベントで本を出すレベルとは、見事な腐りっぷりですなー。棒同士の不毛な妄想の何が楽しいんだか。描きたいなら描いてどうぞ、僕なんかをモデルにしても紙が無駄になるだけですけどね!』
既に暗くなった教室で睨み合い、貶し合い、罵り合いしていた我々はその後、見回りに来た先生に見付かって、こてんぱんに叱られた。
――――斯くして私と江宮は、出会ったその日から互いを敵と見做すようになったのだ。
パーティーから三日後、私は新年の挨拶をしたいと無理を言ってリゲルを我が家に招いた。
彼女のお母さんは、この頃とても調子が良いらしい。レヴァンタ家お付きの医師に調合してもらった薬のおかげだと喜んでおり、しっかり感謝の言葉を伝えるよう強く言われたそうだ。
また今日は、近所で仲良くしている同年代のママ友グループが遊びに来ているため、家に居辛かったから丁度良かったとリゲルは笑った。自分がいたら、娘への愚痴も言いにくいだろうとのことで。
部屋に引き入れたリゲルの話が一段落つくと、私はソファに座る彼女の足元で土下座した。
「ごめん、リゲル!」
「え!? ちょちょちょ、何ですかあ!? やめてくださいよ、今日のパンツすごくダサいんですからっ!」
「確かにダサい! どでかく真ん中に貝の絵がプリントされてるパンツなんて、デザインした方も敢えてこれ選んで買った奴も頭がどうかしてると思う! それはさておき、本当にごめん!」
「でも安かったんですよ!? この茶色の他に黄土色とラクダ色の三点セットで、何と五ブロンズのお手頃価格……って、何を言わせるんですかあ! いいから顔を上げてください。一体、何を謝ってるんですかっ!?」
リゲルの言葉に甘えて私は上半身を起こし、彼女の可愛い顔を見上げて打ち明けた。
「前に話してた、前世で一緒に死んだ奴……リゲルじゃなかったんだ」
「へ?」
「全然別人だったの。私がバカだった……あんなクソ野郎が、リゲルみたいなエンジェルに生まれ変われるはずないのに。何でこんなに可愛い可愛いリゲルを、最低最悪極めたあいつなんかと勘違いしたのか……自分を殺したくなったよー! 私なんかもういっぺん死ねばいいー!」
再び伏してゴンゴンと床に頭を打ち付けると、リゲルもソファを降りて私の隣に座り、両手で顔を掴んで凶行を止めた。
「落ち着いてください、クラティラスさん。ということは…………その人に、会えたのですか? 見付けられたのですね?」
彼女の方を向かされた私は、涙目で頷いた。
「死ねばいいのにってくらい、相変わらずだったよ……。あいつと友達になりたかったって言ったけど、お願いだから忘れて。なかったことにして。思い出補正で、超絶美化されてただけだった。気の迷いにしたって、一瞬でもあいつに会いたいなんて気持ち悪いこと考えた自分に虫酸が走るーー!」
喚いて悶えて転がって、激しく己の愚かさを嘆く私に呆れもせず、リゲルはとても優しく宥めてくれた。
それをいいことに、私は江宮大河なる男がどれだけ嫌な奴だったかを洗いざらいぶっちゃけた。出会いから死ぬ直前に交わした会話まで、全て。
「……クラティラスさんが、その人のことを大嫌いなのはよくわかりました。それでも、あたしがその人じゃなかったことは、とても残念に思います」
喚き疲れて床に大の字で転がる私を膝枕しながら、リゲルは静かに言った。
「だって、その人だったら『前世』のクラティラスさんを知っているんでしょう? クラティラスさん、『前世』のお話をされる時、すごく生き生きしていましたもん。あたしも同じ時を、クラティラスさんの側で過ごしたかったです。あーあ、オーカミさんに会ってみたかったなぁ……嫌われても疎まれても、オーカミさんと一緒にいられたその人が羨ましいです」
「羨む価値もねーよ、あんな奴」
私は身を起こし、リゲルを抱き締めた。
「あんなのより、私にはリゲルの方が大事。私が言うんだから、大神那央にとっても同じだよ。リゲルが江宮じゃなくて、本当に良かった。江宮だったら、間違いなく友達になるなんて無理だったもん」
するとリゲルは私の腕の中でもそりと動き、至近距離からこちらを見つめ、いたずらっぽく笑ってみせた。
「そうですかあ? お話を聞いただけですけど、オーカミさんはそのエミヤさんって人とすごく仲良かったように思いますよ? 改めて友達になる必要もないくらいに」
あんなに悪口言ったのに、何でそうなるの?
誰でも善人に見える聖女補正入ってんのかな?
「もう江宮の話はやめよう。胸が悪くなる」
そう言って立ち上がると、リゲルは不満げに頬を膨らませた。
「ええー! せっかくだから会わせてくださいよー! エミヤさんからもオーカミさんの話、聞きたいー!」
「いいから江宮のことは忘れろ。ハイ、私も忘れたー。エミヤー、何それ、知らなーい」
「ズルいー! そんなんじゃ誤魔化されませんからねっ!」
いくらごねられても、リゲルを江宮に会わせるのは無理だ。少なくとも、彼女が同じ学校に通うようになる十五歳の春までは。
腹立たしいことに、奴は今、この王国の王子であらせられるのだから。
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