腐令嬢、震撼す


 私の切なる願いは叶わず、ついに婚約披露パーティーの日がやって来た。


 本来ならばお兄様も一緒に行く予定だったのだが、奴は私の婚約が決まったと聞いてからほぼ寝たきり状態になってしまったため、残念ながら欠席を余儀なくされた。

 ネフェロも今回はお留守番。私よりもお兄様の側に付いていたそうな顔をしていたし、それに王子の花嫁となる令嬢に男性が付いてくるのは好ましくないだろうとのことで、護衛の他はレヴァンタ家に仕えて長い侍女二人を連れて行くことになった。



 そのお兄様であるが、今日は一応、ゾンビみたいな顔で起き出してはきたものの、



「あけましておめでとうぅぅ……今年もよろしくぅぅ、来年も再来年も、ずっとよろしくぅぅぅうわぁぁぁ!! クラティラスぅぅぅ、やだやだやだ! 行くな行かないで行っちゃダメぇぇぇぇ!! 一人でお嫁に行くなんて、お兄ちゃん許さないんだからぁぁぁぁ!!」



 などと叫んで暴れて、落ち着かせるのに大変だった。



 とてもじゃないけど、アンドリアにはあんなお兄様は見せられないな……いや、逆に凛々しい少年の脆い部分にぐっとくるかも? ギャップ萌えしてくれるといいんだけどなぁ。



 そんなふうに現実逃避しながら、私は一ヶ月ぶりとなるアステリア城の敷地に足を踏み入れた。



 婚約披露のドレスは王国側で用意されたものを着用するのが倣いだとのことで、着替えは到着してから数人がかりで行われた。


 着せられたのは、純白のドレス。シンプルなスレンダーラインで、装飾品も最小限だ。


 これが歴代プリンセスが婚約の折に着用してきた定番スタイルらしい。婚約では落ち着いた雰囲気を重視する分、ウェディングドレスはゴージャスになるんだって。


 王宮の侍女さん達はそう仰ってましたけれども、私が着ることはないんだよね……へへっ。



 で、着付けを済ませた後、久々に白のタキシード着たクソ王子に会ったのだが、目も合わせやしないというね。


 本当にこいつ、何なの? クソなの死ぬの?



 にしても、どうしてこんなことになったのか――それだけは何としても聞きたい。



 国王王妃両陛下もご出席なされた婚約披露パーティーは、厳かながらも華やかに恙無く進行した。


 その間、私とイリオス様は一言も口を聞かず、二人でダンスする時も顔を背け合ってステップを踏むのみという状態で――――はっきり言って、とてもじゃないけど『人目を忍んで逢瀬を交わした間柄』なんて雰囲気じゃなかった。


 皆はそんな私達の様子を見て『照れているようだ』『何とも初々しい』『久々に会って緊張しているのだろう』と微笑ましく感じていたようだけど、んなわけねーっての。



 どう考えても、イリオス様が私に一目惚れする要素は皆無だ。


 今日の態度で、よくわかった。奴は、私に惚れてなんざいない。



 なのに何故、婚約せねばならなかったのか。



 宴を終え、アルクトゥロ国王とスタフィス王妃の両陛下に改めて謁見し挨拶をした時に、その答えの片鱗が見えた。



「ふむ、こうして見るとまだ幼いながら美しい娘だ。これまで女に見向きもせず、堅物と呼ばれていたイリオスが心動かされるのもわかる。『セリニ』を失った心の傷も、彼女になら癒せるであろう」



 国王陛下からは畏れ多くも褒め言葉を賜ったけれど、王妃陛下は恐縮する私になど見向きもせず、背後に控える両親に向けてのみ声をかけた。



「レヴァンタ一爵家とは、もっと深い関係を結びたいと以前から王も考えておりましたのよ。長らく外交面で我が国を支えてきた名家とこのような機会に恵まれて、我々も喜ばしい限りですわ」



 ふむ、謎は解けたぞ。


 結婚に乗り気でなかった息子が、偶然にも王家にプラスになりそうなお家の小娘と騒ぎを起こしたもんだから、それにうまく乗っかって婚約させたっちゅーわけだな?



 ……だとしたら、イリオス様も被害者じゃん!


 うう、ごめんよ。イリオス人形、八体も八つ裂きにしちゃった……。




「…………少し」




 扉まで重厚な装飾が施された謁見の間を出ると、隣にいるのも忘れるほど存在感皆無だったイリオス様がやっと口を開いた。



「少し、二人だけでお話させていただけませんか」



 それを聞くや、周りをぎっちり固めていた第三王子専属の護衛隊達が忽ち色めき立った。



「イリオス殿下が、他人に自らお声をかけたぞ!」


「やはり一目惚れ説は、でっち上げなどではなかったのだ!」


「お部屋へ! 直ちに二人をイリオス殿下のお部屋にお連れするのだ!」



 唖然とする両親を置き去りに、ワッショイワッショイと胴上げされそうな勢いで、私は護衛隊達によってイリオス様のお部屋へと連れられた。どいつもこいつもゴリラみたいな強面揃いだが、王子様思いの良い奴ばかりらしい。



 しかし、この皆の喜びよう……ちょっと異様だよね? 軽く話しかけただけでこの騒ぎだよ?

 もう堅物のコミュ障ってレベル振り切って、デンジャーゾーン突入してるんじゃない?


 だってお兄様も女に興味ない点は同じだけど、アレはやんちゃ坊主とシスコン拗らせてるだけだから、誰もここまでの危機感は持ってないもん。



 も、もしかして…………男?


 男が好きなのか? そうなのか、そうなのだな!?



 イヤッハー! だったらクラティラス、イリオス様に素敵な彼氏ができるように精一杯応援しちゃうーー!!



 お話イコール男色カミングアウトであることを期待しつつ、私は畏れ多くもイリオス様お部屋にお邪魔させていただいた。



 内部は何というのか……良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景だった。


 だだっ広い室内に置かれているのは、ガラステーブルに白い革張りのソファ、それにぎっしり専門書らしき書籍が詰まった本棚のみ。寝室は奥にあるようだが、この分じゃそちらも空間の無駄遣いみたいなことになっていそうだ。


 王子様のお部屋って、お城の大広間や謁見の間みたいにゴテゴテのキンキラキンみたいなのを想像してたから、ちょっと意外だった。調度品はいちいち高価そうだけど、これなら私の部屋の方がゴージャスかもしれん。



 家具も壁も床も白で統一されているせいもあって、ただ広いだけの室内は舞い落ちる雪が華やかに景色を彩る窓の外よりも寒々しく感じた。



「……あなたに、謝らなくてはなりません。僕のせいで、ご迷惑をおかけしてしまった。本当に申し訳ありませんでした」


「はあ」



 柔らかすぎて座り心地が良いんだか悪いんだかわからないソファにケツをどっぷり埋め、運ばれてきた飲み物を口にしながら、私は気の抜けた返事をした。


 こうして改めてお顔を拝見すると、やはりイケメンである。実に、顔がいい。


 シャギーショートに整えられた銀の髪は鋭利なラインを描きながらも柔らかな艶があり、凛と切れ上がる目尻に輝く真紅の瞳は魔性の宝石のように美しい。通った鼻筋にくちびるの形や位置、輪郭のバランスに至るまで、キャラクターデザイナーの美意識の粋が凝らされている。


 うーむ、さすがはメイン攻略対象だけあるな。


 でも銀髪赤目なら、黒髪青目が似合いそうよね? 茶髪金目リゲルだと全体のバランスが暖色に傾いちゃうし……ああ、でもラストに平和的なムードを醸し出すならそっちの方が見栄えするか。


 しかしここは、黒髪青目の我が兄、ヴァリティタ・レヴァンタを隣に並ばせて、対照的な色合いで、愛し合っても決して混じり合わない個性を演出したいなあ。


 待てよ、金髪碧目のネフェロ!


 ああ、いいわあ……銀髪✕金髪のお耽美コンビ、美味しいがデリシャスだよぉう。


 ネフェロめ、あいつ本当に万能キャラだな! あんなにパーフェクトな外見してるのに、何で攻略対象にならなかったんだろ?


 もったいねーよな、BLゲーで新たに作り直してくんねーかなー。



「クラティラス……さん、聞いてます?」


「え? はいはい、聞いてる聞いてる……いえ、聞いてます」



 いけないいけない、うっかり妄想の世界に入り込んでしまったせいで、イリオス様のお話そっちのけになっちゃってた。



「……ですので、父上の言葉は聞き流してくださって結構です」

「は、何で?」



 脊髄反射で問い返すと、イリオス様は肩を落とした。



「やはり聞いていなかったのですねぇ……では、もう一度言いますよ? 僕は父上が仰ったような女に見向きもしない堅物ではなく、男女含めて人間全般に興味が持てない質なのです」




 え、ええええええ!?




「ととと、ということは……人外や無生物などに興味がある、と?」


「どうしてそうなるんですか……そうではなく、単に『恋愛ができない』というだけです」



 イリオス様は先程よりもがっくりとしながら答えてくださったが……がっくりしたいのはこっちの方だ。



 うっわ、何それ。つっまんねー男だな。麗しいのは外側だけ、中身はNPCと変わんねーってことじゃん。


 こんな奴にBL萌えして損した。お前なんかにゃ、お兄様もネフェロもやらねーよ。一人便所に籠もって、永遠にクソしてろ。



「あー、そーなんですかー。なら婚約もなかったことにしていただけませんかー。お互いまだ若いですしー、焦ることないと思いますしー。私も面と向かって興味ないと言われては、心砕けますしー。では、これで失礼しまーす」


「ダメです!」



 立ち上がろうとしたその時、イリオス様は初めて大きな声を放った。そして真剣な目で私を見つめ、言葉を続けた。




「僕だって、あなたを不幸にしたくありません。しかし、こうなってしまったからには、もうどうしようもないんです。この婚約には……あなたの命がかかっているのですから」




 …………え?




 指先が、震えた。


 指だけじゃない、震えは膝にも肩にも伝播して止まらなくなった。それを悟られぬよう、私は必死に平静を装って尋ねた。



「わ、私の……命? それは、どういう……」


「僕が婚約を破棄したら、あなたは死ぬんですよ」




 頭を殴られたような衝撃が走った。




 待って……この人、まさか!?

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