腐令嬢、呪う
「リゲルさんったら、これまた何と素敵な詩を……!」
「燃料が少ないと嘆いてらしたミア様のために、オーク♂とエルフ♂の悲恋をイメージして書いてみたんです。気に入っていただけましたか?」
「ええ、ええ! 萌え萌えキュンキュンが止まりませんわっ!」
人外萌えという特殊性癖に目覚めてしまったがゆえ、不毛の畑を一人孤独に耕し続けていたミアが涙して喜ぶ。
私もオークやらエルフやらはうまく描けないからなぁ……実物なんて見たことないし。
「リゲルさぁん、私もお願いしたいわ。年齢差カップルを題材にした萌えに飢えてて。私、年上受けが好きで好きで堪らないの!」
「あ、わかりますー。オジサマ受けって可愛いですよねっ!」
「きゃー! わかってくれるー!? 甘えるオジサマ、最高よねー!」
デルフィンはオジ受けにドハマり中。
自分の伯父上だけでは飽き足らず、たまに学校にやって来る教育機関のオッサン達を舐めるように睨め回しては妄想の餌食にしている。
「年上受け、いいわよね……。といってもリゲルさんに暗黒ネフェロ様の存在を知らされてからは、攻めも悪くないかも? って思い始めてるの。やだわ、私ってば浮気性なのかしら?」
ヴァリ✕ネフェ一択だったアンドリアだが、リゲルのせいで少し揺れ始めたようだ。
そんな彼女の耳元に、無類のリバ好きのドラスがそっと囁く。
「アンドリアさーん……こちらへいらっしゃーい……。リバは良いですわよー……。二倍、いえ何百倍も楽しめますわよー……」
皆の者、見事に腐って……いや、育ってくれたものだ。
自分の部屋に集った同志達を眺め、私は溜息をついた。
学校が冬休みに入ったので、今日は我が家で『萌えBL愛好会(仮)』を開催したのである。
リゲルが参加するのはまだ三度目だが、持ち前の天真爛漫な性格と圧倒的なBLセンスであっという間に溶け込み、早くも輪の中心となっていた。
「クラティラスさん、ど、どうでしょう?」
テーブルの隣からイェラノに声をかけられ、私はちくちく進めていた針を置いた。
イェラノは三次より二次専、なので自分でも萌えを補給できるよう絵を学びたいと申し出てきたのだ。
「うん、さっきより全然良くなったわ。もう少し骨格を意識して、バランスを調整してみて。人間の頭部の真ん中にあるのは鼻じゃなくて目なの、鏡で自分の顔を見るとわかりやすいわよ」
「あ、ありがとうございます……な、なかなか難しいものですね」
さらさらと修正箇所を書き込んで紙を返すと、イェラノはそう言って俯いた。
しかし、すぐにペンを取って指摘された部分とにらめっこする。絵に向ける目はとても真剣だったけれど、その口元には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
「絵っていうのは、技術を身に付けるより楽しんで描くことが一番大切なのよ。イェラノはきっと、素晴らしい萌絵を描けるようになるわ」
「は、はい、頑張ります! クラティラスさんのご結婚祝いに萌絵をプレゼントするのが、今の私の夢ですから!」
オィィ……それ言うなし。
「あーあ、羨ましいわ。イリオス殿下に見初められるなんて。私もあの類稀なる美貌で、愛を囁かれてみたい……」
「アンドリアさん、面食いですもんね。第二王子のクロノ殿下はまだお相手が決まっていないそうですよ? そちらを狙ってみては?」
アンドリアを気遣ってドラスが提案する。だが、ミアが即座に異を唱えた。
「クロノ殿下はダメでしょう。海外留学されてから、ほとんどこちらに戻ってきていらっしゃらないもの。出会う機会がないのでは、頑張りようがないわ」
「式典にもご出席なさらなくなりましたよね……。もしかしたら、もうあちらに良い方がいらっしゃるのかもしれませんわ。弟君であるイリオス殿下がクラティラスさんと電撃婚約なされたから、そちらが落ち着くのを待って発表なされるおつもり、なのでは?」
イェラノがペンを走らせながら、己の見解を述べる。
すると噂好きのデルフィンも、イェラノの意見に頷いた。
「私も、そういったようなお話を耳にしましたわ。王家の者は、大体が十歳前後でご婚約なされるのが通例であるのに、クロノ殿下はそれを頑なに拒否されていると。他国の方とのご婚姻は色々と問題があるため、なかなか順調に進められないのではないかと囁かれているようですわ」
ここですかさず、リゲルがぼそりと小さな声で告げた。
「…………相手が、男という可能性もありますね」
皆の動きが止まる。
しかし次の瞬間、全員が歓声を上げ、我が部屋は忽ちに腐女子達が悶え転がる萌えの阿鼻叫喚図となった。
「ところでクラティラスさん、何を縫っているんですか? 見た感じ、刺繍ではなさそうですけど」
皆と一緒に盛り上がってから、再び針を取ってちくちく始めた私の手元を見て、リゲルが不思議そうに尋ねてきた。
「あ、これ? ぬいぐるみよ。ブチ壊す予定の。もう三体目になるかな」
「え、作ったのに壊すの? 何でまたそんなこと……」
アンドリアも驚いて、私が作る掌サイズの人形に目を向ける。
「おまじないの一種よ。こいつに、全ての怒りを叩き込むの。死ね、死ね、死にさらせ、ってねぇぇぇ……」
片頬だけ上げて笑ってみせたものの、誰も笑い返してくれる者はなかった。
私だって暗いことしてるな〜って思ってるよ。でも正面切って殴れる相手じゃねーんだから、仕方ないじゃん!
銀髪を模した毛糸を貼り付け、赤い目を書き込んだら完成するそれに怨嗟の眼差しを向け、私は心の中で叫んだ。
来週、この国は新年を迎える。
そしてその日、盛大な婚約披露パーティーがまたあの城で開催されるのだ。
それまでに、あのクソ野郎の気持ちが変わってくれたらいいのに。
今なら婚約破棄されたって、死にたくなる要素なんざひとっかけらもない。むしろ喜びのあまり、嬉死しそうだ。
なので私は、藁にも縋る……というか藁人形の代わりに、こうしてイリオス人形を作ってはボコり、早期婚約破棄の成就を願っているのである。
好きでもない男の元に嫁ぐのは嫌だけど、貴族の家に生まれた以上は仕方ないことだとまだ納得できる。
けれど、その好きでもない男のために死ぬとなれば話は別だ。
あんなくっさいウンコする奴に殺されるのなんて、絶対に嫌です。無理です。耐えられません。
今ならまだ引き返せる。
今すぐに婚約を取り止めてもらえれば、大事には至らないはず。
そう信じて、懸命に呪いに勤しんだものの――私の努力が実ることはなかった。
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