腐令嬢、むせび泣く
その後、私とイリオス王子殿下は、悲鳴を聞いて飛んできた人達によって保護された。
衝撃で頭が真っ白になっていた私は、何を聞かれてもまともに答えられず、とてもパーティーに出られる状態ではないとの判断を受け、そのまま城内の客室で休むよう申し渡された。
言っとくけど、私は何も悪いことしてないからね?
だってあそこ、女子トイレだったもん! 奴の前にも何人か女性が来てたし、出る時にも確認したけど間違いなく女性用だった!
間違えたのは、押し寄せるウンコの波に押し流されて我を失ってウンコの赴くままに突撃してきたウンコ王子の方なんだってば!
でも、どうしよう……王家のグレイトフル・ロイヤル・パワーで事実を捻じ曲げられたら。
白いものも王子が黒と言うなら黒なのだということになったら。
私が王子に恋慕するあまり、しつこく彼を追いかけた結果あんな状況に……なんて方向に捏造されて、無実の罪を着せられたら。
どうしようどうしようどうしよう?
婚約どころか、不敬罪でいきなり死亡ルートにダイブしちゃったかもしれない!
現に今、『部屋から一歩も出るな』って言われて軟禁されてるし!
部屋の外には、ガッチリ見張りが付けられてるし!
室内にも王家に仕える古参の侍女五人プラス、女性とはいえ明らか強そうな雰囲気ムンムンのメスゴリラが軍服着たみたいな奴までいるし!
やだやだ、こんな状態のまま死にたくない。私だけならまだしも、このままじゃお父様やお母様、お兄様にネフェロ、レヴァンタ家に関わる者全員にまで迷惑をかけることになる。
固く閉じた瞼の裏に、皆の顔が浮かんでは消えていく――――嫌だ、私の巻き添えで皆が苦しむなんて嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
広々としたベッドの上で、私は膝を抱えてひたすらメソメソ泣いた。
十歳の女の子に、他に何ができるというのか?
食事が運ばれてきたものの手を付ける気にもなれず、その夜は結局一睡もできず、ひたすら泣き明かした。
「クラティラス……おお、可哀想に」
「さぞ心細かったでしょう。もう大丈夫よ」
大きな窓から差し込む朝陽の中、優しく微笑むお父様とお母様の姿が見える。
何これ、幻覚?
そっか……私、きっとあのまま処刑されたんだ。お父様とお母様も、殺されちゃったんだ。無実の娘の罪を背負わされて。
「お父様! お母様!」
私はベッドを飛び降り、二人の元に駆け寄った。そして、泣きながら謝った。ごめんなさい、巻き込んでしまってごめんなさい、と。
「クラティラス、何を謝っているの?」
「だって……だって、私のせいでお父様とお母様まで死なせてしまった……!」
「はあ? クラティラス、あなたまだ寝ぼけてるの? 私はこの通り、ピンピンしてるわよ。コルセットの締め過ぎで窒息しかけたけど」
確かに、しがみついたお母様の腰回りはいつもに増して細かった。けれど、その下のハミ肉がえげつないことになってる。
むにむにと腰下尻上の溜まったお肉を揉んで、私はようやくこれが本物の生お母様だと理解した。
良かった、このハミ肉を掴めるってことは私も生きてるんだ。
「怖い夢でも見たんだろう。一人でこんな広い部屋に寝かされるなんて、初めてだったからな」
そう言ったお父様の口から香るは、焼魚の風味豊かなフレーバー。朝飯をたらふく食ってきたんだろう、歯には海苔まで付いている。
こっちも元気一杯に生存しているようで何よりだ。娘の私は心配で何も食べられなかったってのにさ。
いや、それより二人に伝えなきゃならないことがある。
「お父様、お母様、私は何も悪いことをしてないの。イリオス様とは、たまたま出会っただけなのよ。どうかそれだけは信じて!」
必死に訴える私を見て、二人は顔を見合わせてケラケラと笑った。
「ええ、わかってるわよ。あなたは悪いことなどしていないわ。悪いのは、私に似たその輝かんばかりの美しさよ」
と、お母様がドヤ顔を決める。何言ってんだ、この人?
「たまたま、ねえ。イリオス殿下は、それを狙ったんだろう。私もよくわかるよ、男としては『運命の出会い』を華々しく演出したいものだから」
と、お父様がニヤけ顔で宣う。いや、この人も何言ってんの?
「あ、あの……では誤解だと、皆理解してくださったのですね? それなら何故、私はここに拘束されたのですか?」
やけに上機嫌な両親に、私は改めて尋ねた。
そうだよ、何もなかったってわかってるなら、何で私がこんなとこに閉じ込められなきゃなんなかったのさ!?
「拘束? 物騒なことを言わないでちょうだい。一人で寂しかったのはわかるけれど、大切な『花嫁候補』の身を守るためには仕方なかったのよ」
「そうとも、やっと現れた『花嫁候補』に何かあっては困るからな。いや……もう候補ではない。クラティラス、お前は『未来の花嫁』に決まったのだよ」
ちょ……ちょちょちょちょちょっと待って!
ま……まさか!?
声を出すこともままならず口をパカパカする私に向け、二人は最高にハイな笑顔を見せた。
「おめでとう、クラティラス。お前とイリオス殿下との婚約が、今朝正式に決まったのだ!」
お父様が、高らかに宣告する。私は、パカパカすらやめて口を開いたまま固まった。
ウソでしょ……何で?
あのトンデモミーツの! どこに! 婚約したくなる要素があったっての!?
「発表はもう少し後になるそうだけど、もうすっかり噂になっているわよ。王子が一目惚れした令嬢を情熱的な愛で口説き、束の間の逢瀬をひっそり楽しんでいたって」
お母様が我が事のように嬉しそうに語る。
いやいやいや!
どうしてそんなロマンチックな話になってんだ!? 意味わかんねーよ!!
ふざけんなよ、あんの野郎…………便所でトイレットペーパー投げてやった恩を、クソだけにクソみてえな仇で返しやがってーーーー!!
そのまま帰宅を許された私は、両親と共に城を出た。
内々とはいえ婚約が決まったというのに、クソ王子は見送りにも出て来なかった。
が、会わなくて正解だったと思う。今あのツラ拝まされたら、間違いなく顔面にパンチ入れてたに違いないので。
翌週、第三王子殿下の婚約が大々的に発表された。
アステリア国民のほとんどが祝福ムードに湧いていたけれど、お相手である私をやっかみ、陰口を叩く奴も少なからずいた。その全てを笑顔で受け流しながら、私は心の中で羨望の眼差しを向ける者にも嫉妬でグギギとなっている者にもガブガブ噛み付き、『羨ましいなら代わってくれや!』と激しく吠え立てた。
だからといって、もうどうしようもない。
こうしてクラティラス・レヴァンタは、晴れて死亡ルートへの道に突入したのである。
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