【イリオス・オルフィディ・アステリア】アステリア王国第三王子:プラチナ加工を施したウン○チ

腐令嬢、籠城す


 いよいよ、私の人生において大きな分岐点となるその日がやってきた。


 朝も早よからドレスの着付けにメイク、合間にマナーの再確認と指先から脳内まで綿密に余念なく準備。


 もう出かける前に疲れ果てたんですけどー。



「美しいわ、クラティラス」

「美しいぞ、クラティラス」



 可愛らしいミニ丈のプリンセスラインながら、パープルカラーでシックなムードをも醸し出すネフェロ・セレクトのドレスを纏った私に、お母様もお父様もお兄様もキラキラと目を輝かせていた。


 が、歓喜で表情までキラキラさせる両親と違い、お兄様のキラキラ成分は涙だった。



 妹の艶姿に感涙した――のではなく、悲し涙である。



「クラティラス……こんなに綺麗になってどうするつもりだ? 本気で第三王子殿下の元に嫁ぐ気か? 違うよな? 将来はお兄様と結婚するって言ってたもんな? 約束は破らないよな? どうにもならなくなったら、一緒にお嫁に行くんだよな? 私と仲良く暮らすのが、お前の一番の幸せだもんな? お前が一番好きなのは、お兄様だもんな?」


「うぜーな、黙ってろ。マナー忘れるだろが」



 親にはまだ猫被っているけれど、このところ私はお兄様に対してだけは素で接する。


 だってこのシスコン、いちいち丁寧にあしらうの面倒臭いんだもん。


 いっそ引いてくれれば……と思ってたのに、『雄々しいクラティラスも可愛いぞ、むしろ可愛い外見とのギャップで可愛いが可愛いの相乗効果で可愛い可愛いだぞ』などと宣って更にシスコンに磨きがかかる始末。ウザすぎるにもほどがある。


 ダークネイビーの燕尾服に黒髪を片方だけ上げたヘアスタイル、超カッコイイのに……絶対褒めてやんない。黒のシンプルなタキシード着たイケイケネフェロに、スパンキングでビリビリにされる妄想して乗り切ろう。そうしよう。



 支度を済ませたらお車に乗って、いざお城へ。この時点で、既にお昼過ぎである。


 けれど締め上げ倒されたコルセットのおかげで、空腹感はちっとも感じなかった。誠に有り難くない。



 王のお膝元となる第一都に暮らしてたとはいえ、実際に行くとかなりの距離がある。


 おまけに遠目では御伽噺みたいにロマンチックな建物に見える城は、近付くと防御柵やら防御壁やらでガチガチに固められていて実に殺伐とした雰囲気だったりするんだな。



 車一台通るのがやっとの広さの道に長い渋滞の列ができているのは、城門で提示した身分証明書を照合し、危険物を持参していないかチェックするためだ。それを超えたらまたのろのろと曲がりくねった坂道に連なる行列に耐え忍び、お次は深くて広い堀に架けられた跳ね橋を車二台ずつ通る。もちろんここでも、警備の者達による入念なチェックあり。



 あーあ、どこぞの灰かぶり姫みたいにカボチャ馬車でひとっ飛びできりゃこんな苦労しねーんだけどなぁ。


 車の中から、何メートルあんの? ってくらい高い城壁を見上げ、私は溜息をついた。


 今日の祭典ではお城をライトアップするそうだけど、リゲルも見るかな?


 こっちは修羅場だよー、その光は地獄の業火だよーって、狼煙で伝えてやりたい。



 やっとの思いでお城の内部に入っても、行動はきっちり制限されている。黒の軍服を着たアステリア王国軍達の誘導で、我々は大層豪奢な大広間に通された。


 ここが、パーティーの舞台である。


 パーティー開始前にお父様は挨拶回りに勤しみ、お母様もそれに付き合って得意の会話術で社交の輪を広げる。

 残された私とお兄様は、会場にいる友達を探して暇を潰すのが常なのだが――今年の私は、これまでと違う行動を取った。



 そう、出入りが許される数少ない場所に隠れたのだ。



 で、どこに隠れたのかというと……。



 バタバタという慌ただしい足音と共に、隣の個室のドアが大きな音を立てて閉められた。続いて、聞くに耐えない放出音の連続。緊急事態だったようだが、何とか間に合ったらしい。


 良かったね、パーティーで恥かかずに済んで。くっさいけど、誰にも言わないでおいてあげるよ。

 大丈夫、私、パーティー行かないから。安心して排出して。超くっさいけど、我慢してあげ……って、本当にくっせえな!? 何食ってきたんだ、こいつ!



 私、クラティラス・レヴァンタは現在、こっそりトイレに籠城している。


 昨夜、天才的な閃きで、ここに隠れてパーティーをやり過ごすという名案を思い付いたのだ! アイアム・クレバークラティラス、略してクレバラス!!



 お腹の調子が悪くて出られなかったと言えば、お父様とお母様も仕方なく納得してくれるだろう。隣のウンコ娘に訪れたかもしれない悲しき未来みたいに、王子の前で無様な姿を晒すよりはマシだもんね。


 恐らく、王子はまだ私のことを認識していないはずだ。五歳からパーティーに出席しているけれど目も合ったことがないし、何なら十メートル以内に近付いたこともないし、朧げに記憶にあったとしても数多いる貴族の娘の一人ってレベルだと思う。



 つまり、今夜顔さえ合わせなければ、王子との婚約を回避できる可能性がぐっと上がるに違いないのだ。



 にしても、お城ってやっぱすごいわ。ウチのトイレもなかなかのものだけど、客用の便所の照明にシャンデリアて。優雅な音楽も流れてるし、個室も広々として実に快適である。床は天然石かな?


 その割には仕切り、薄いよねぇ……容赦なくブリブリ聞こえるし。見た目は木目調でイケてるんだけどな。



「え? あれ、うわ……」



 そんなことを考えながらぼけーっとしていたら、お隣のウン個室から軽く狼狽えた声が上がった。おいおい、出しすぎて溢れたんじゃねーだろうな?


 私は慌てず騒がず静かに落ち着いて、便座の上に腰掛けた状態でドレスの裾と足を上げ、速やかに避難した。



 すると、こちら側の仕切りがノックされたではないか。



「あの、すみません……紙、ありませんかぁ……?」


「紙?」


「慌ててたので確かめずに入ったら、トイレットペーパーが空で……」



 辺りを見渡してみると、幸いにもこちらの個室にはホルダーに含め、三つのトイレットロールがあった。



「仕方ねーな、投げてやるから受け止めろよ」



 ポイっと、私は無造作に未開封のロールを放り投げた。


 円柱型のそれは高い仕切りを超え、天井にぶつかることもなく無事隣の個室にインしたのだが。



「受け止め損ねました……ついでに転がってあっち側に行ってしまいました。もう一つ、お願いできませんかねぇ?」


「鈍臭えなー、何やってんだよ。下手くそ!」



 言い終えると共に、私はもう一発、苛立ちを込めて今度は強めに投下した。



「いてっ! ちょ、何するんですか……ああ、また転がっていったじゃないですかぁ。あなたのせいですよ?」



 む、カッチーンときちゃったぞ。


 こんのクソアマぁぁぁ……どこの貴族の娘だか知らねーが、人が親切にしてやってんのに、ウンコ臭に加えて責任まで擦り付けようってか? 無礼な奴め!



「あー、そーですか。じゃー人に頼らず、自分で何とかしてくださーい。ウンコこびりつかせたまんまパーティーに出て、皆に嫌われてしまえばいいと思いまーす」


「そ、それは困ります! すみませんでした……早く戻らねばと焦るあまり、気が急いてしまって。心より深くお詫びいたします。大変失礼しました」



 わかりゃいいんだよ、わかりゃあ。



「こっちのトイレットペーパーもラスワンだから、今度こそしっかり受け止めてよ?」


「できたら、掛け声をかけていただけませんかねぇ? 取り損ねたのは、いつ飛んでくるかわからないせいもあったので」


「そうか、それに関してはこっちにも非があるな。悪かった。じゃ、ソ・イヤーで投げるよ?」


「え、ソ・イヤー……ですか? はあ、わかりました」



 薄い仕切り板越しに、見えない相手の緊張を感じる。


 私は目を閉じ、中学時代に部活でやっていたハンドボールのループシュートをイメージした。



「ソッ、イヤー!」



 カッと目を開き、繰り出したシュートは、イメージした通りの綺麗な放物線を描いて隣の個室に落ちた。



「な、何とか取れましたよ……ありがとうございます」


「いえいえ」



 と、私は閉じた便座に再び腰を下ろして気が付いた。


 やたら高機能な温水洗浄機能装備されとるやん。これでシュバーっと洗ってブオーって乾かせば良かったんじゃねーの?


 やれやれ、こんなこともわかんないくらいバカ……いや、焦ってたんでしょうね。



 さて、お隣の救助のために投げ尽くしたせいで、こっちの個室には紙がなくなってしまった。温水洗浄機能があるとはいえ、やはり補充しておかねばなるまい。


 フフン、これもレディとしてのマナーよ。


 なので私は代わりの紙を取りに行くために、扉を開けた。そこへお隣もちょうど出てきて、鉢合わせた。



「あ」



 間抜けな声が被る。



 暫く見つめ合った私達は、同時に凄まじい勢いで飛び退いた。



 個室のドアに盛大に後頭部をぶつけた相手は、襟元に見事な刺繍を施されたシルバーのタキシードを着用していた。


 明らかに男である。


 身長は私と大差ないし、体格も華奢だし、声変わりもしていないけれど、間違いなく男である。男装した女性ではなく、何が何でも男である。




 そう断言できるのは、私はこいつが誰だか知ってるから!




「ク、クラティラス・レヴァンタ……!?」



 銀髪の髪の隙間から切れ上がった紅の瞳を大きく見開き、そいつは意外にも私の名を口にした。



 てっきり存在すら認識されていないと思っていたのに……なんて、のんびり感心している場合じゃない。



 洗面台に腰を強かに叩き付け、苦痛に蹲りながらも、私は懸命に声を発した。




「…………イリオス、様? まさか……イリオス・オルフィディ・アステリア第三王子殿下…………!?」




 それからまた私達は互いに見つめ合った――――が、今度こそ耐え切れず、揃って絶叫した。




「ぎゃあああああああ!!」

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