腐令嬢、告白す
やっとリゲルをBL沼に引きずり込んだものの、残念ながら今は皆に紹介する暇がない。
何故なら、女子達は例のパーティーの準備にてんてこ舞いだからだ。
ダンスやマナーのおさらいに勤しむ者、ドレスの不具合に急遽奔走せねばならなくなった者、今になって合わせる小物に悩む者、体調管理を気にするあまり逆に体調が悪くなってしまった者……などなど。
我らが通う聖アリス女学院は、アステリア王国では有名なお嬢様学校。ゆえに、殆どの生徒がお城にお呼ばれしている。そのため、この時期は校内の雰囲気が荒れに荒れるのだ。
家に帰れば帰ったで、お父様もお母様も私の一挙手一投足にピリピリしている。
中でも、特にひどいのがお兄様だ。
「クラティラス、王子殿下に求婚されたらどうするのだ? まさか、応じたりはしないよな? 私を置いて、嫁ぐなんて恐ろしい真似はしないよな?」
応じる応じないが自分で決められるなら、苦労しねーっつーの。
高レベルのシスコンなんだか、妹に先越されるのを恐れてるんだか、その両方なんだか知らねーが、私だってあんなクソ王子と結婚なんざしたくねーんだよ。どうせ婚約破棄されるのに。
「嫌だ、クラティラス! お前が嫁ぐなら私も一緒に嫁ぐ! 二人で仲良く王子殿下の嫁になろう、な!?」
抱き締めて泣きながら懇願する兄に、私はうんざり成分満載の溜息で返答した。
何だよ、その謎思考。普通なら、行くなとか行かせないとか言うところだろ。何が悲しくて、兄とウェディングドレスをオソロせにゃならんの?
私はいいから、一人で嫁いでくれ。ついでにネフェロも連れてけ。今大流行してる昼ドラ系舞台芝居『実録! 侍女は見た!』みたいな、権力と陰謀と愛憎渦巻くドロドロ三角関係をリアルでやってくれ。
そんなわけで家にいても居たたまれず、私は引き留める皆を振り切り、パーティーの前日もリゲルに会いに行った。今の私には、彼女だけが心の拠り所だ。
「あら、クラティラスさん。今日も来てくれたんですか? でも明日は……」
詩広場を終えたリゲルは、最後まで残っていた私を見て大きな目を丸くした。
様呼びからさん呼びに変えたのは、お友達になったあの日に改めて私からお願いしたからである。
「言わないで……死ぬほど行きたくないんだ。今だけは忘れたい」
「変なの。お城でパーティーなんて、とっても楽しそうじゃないですか。華やかな装いをした殿方をたくさん見られるんでしょう? 羨ましいくらいですよぅ。正装して気取った紳士の裏の顔、かぁ……ウヒッ、イヒヒヒヒヒヒ」
そう言いながら、リゲルはまた妄想の世界へと沈んでいった。
おーおー、悪い顔しとるなあ。ここまで堕とした私が言うのも何だけど、純真な子にイケナイこと教えちゃった感で軽く罪悪感に苛まれるわ。だが、反省はしていない。
今日は特に冷えるので、噴水公園から足を伸ばして商業施設のカフェに入った。リゲルはちょっと躊躇っていたけど、私が奢ると言って半ば無理矢理に付き合わせた。
だって、外で長々と話し込んでいたら『風邪を引いてしまったらどうするんですか』と護衛に首根っこ掴まれて無理矢理帰されるに決まってるもん。
考えたくもないけれど、明日には大切なイベントを控えた身なのだから。
安さが売りのお店だけあって、店内には学校帰りと思われる学生さんが多い。中には、私達くらいの年頃の女の子グループもいた。
何だか、昔を思い出して懐かしい。私もよく友達とハンバーガーショップだとかカフェだとかファミレスだとかショッピングモールの中のイートインスペースだとかに寄って、食べたり飲んだりしながらいつまでもダベってたっけ。
「リゲルはさ……前世って、信じる?」
庶民偽装用の伊達眼鏡越しに映る少女達の姿に自分の過去を重ねていると、ついそんな言葉が口をついてしまった。
「前世って何ですか?」
しまったと己の失言を悔やむも、時既に遅し。リゲルは聞き逃してくれず、ホットミルクをテーブルに置いて好奇心に燃える目をこちらに向けた。
こうなれば、今更忘れてほしいなんて言えない。彼女は知りたいと思ったことはどこまでも追求する、筋金入りの頑固者なのだ。
それをよく知っている私は、諦めて話す他なかった。
「こうして自分が生まれる前、別の世界で別の人間として生きていた……って、そういうの、どう思う?」
リゲルの顔から、一切の表情が消える。
それは初めて会った時に見た、頑ななまでに虚ろで透明な――あいつを思い起こさせる顔だった。
「クラティラスさんには、その記憶があるのですね?」
音量こそ小さかったけれども、有無を言わせぬ力のある声だった。
私は項垂れるように頷き、それから覚悟を決めて打ち明けた。
「私の前世の名前は、
リゲルは何も言わない。無言で先を促され、私は躊躇いつつも続きを話した。
「でも、心残りもたくさんあったんだ。新しい学校に入ったばかりだったし、やりたいことが本当にたくさんあった。その中の一つがね、一緒に死んだ奴と……友達になること、だったみたい」
「一緒に死んだ、ってどういうことです?」
ここでリゲルが、疑問の言葉を挟んできた。
「前の学校の卒業式以来会ってなかったんだけど、休みで家に帰った時に偶然遭遇したの。それで立ち話っつーか立ち喧嘩してたところに車が突っ込んできて、二人揃って死んじゃったんだよね」
あいつが先に逝ったと知ったあの瞬間、胸に広がったのは深い絶望だった。
己の身に迫る死より、自分でも気付かない間に抱いていた願いを絶たれた――その事実を突き付けられたことの方が辛くて、でも認めたくなくて、最期まで目を背けたまま大神那央は命を終えた。
「私、エミ……えっと、そいつとずっと密かに仲良くなりたかったんだ。なのに死ぬまで、そんな簡単なことにも気付けなかった。生きてる時は喧嘩ばっかしていがみ合ってたのに、死ななきゃわかんないってバカでしょ?」
自嘲的に笑ってみせても、リゲルの温度も色もない無表情は変わらなかった。
そう、この顔だ。
あいつはこんなふうに、誰も何も見ていなかった。隣にいた、私すらも。
「あいつ、一人で完璧な世界を築いてて、誰も寄せ付けようとしなくて、何も必要としてないみたいで……近付いたら跳ね除けられるの繰り返しでさ。結局、友達にはなれなかったんだ。それが、初めて会った時のリゲルにちょっと重なったの」
そこで言葉を区切り、私はリゲルを見つめた。
「ごめんね。リゲルに声をかけたのは、あいつかもしれないって感じたからなんだ。でも今は、リゲルがあいつでもあいつじゃなくても仲良くなれて良かったと思ってる。これだけは、信じてほしい」
そこまで言うと私はまた俯いて、リゲルの真っ直ぐな目から逃げた。
リゲルは私のことを、頭がおかしい奴だと思って引いているだろう。前の人生の記憶があるなんてバカげた話、普通は信じられないもん。
仮に信じてくれたとして、軽蔑されても仕方ないことをした。勝手に他人の面影を重ねて、リゲル・トゥリアンという個人を無視して強引に近付き、自分勝手に想いを遂げようとしたんだ。許されることじゃない。
それでも、友達だからこそ打ち明けなくてはならないと思った。怒られても嫌われても、友達ならここで嘘をついちゃいけない。
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