腐令嬢、第二段階に移行す


 季節は早くも晩秋。


 あれがしたいこれがしたいと無謀なワガママで散々周囲を振り回してきた私だったが、ここで一つ、家族に喜びをプレゼントすることができた。


 私が描いたマッチョファイブをモデルにした油絵、『逞しきかな生命』が芸術絵画展で佳作に入賞したのである。


 この絵画展が始まって以来、最年少入賞とのことでお父様もお母様も大層喜んでくださった。



「私も誇らしいわ、クラティラス。あなたはやはり私によく似て、素晴らしい才能があるのよ。さすが私の娘だわ!」


「よくやったな、クラティラス。いやいや、この子の造詣の深さは私に似たのだろう。さすがこの私、トゥロヒア・レヴァンタの血を引く娘だ!」


「はあ? 絵心なんて欠片もないあなたが何を仰るの。あなたが描いた私の肖像画、あれは人どころか未知の生物でしたわよね? 私のどこをどう見れば、禿頭で一つ目で全身に鱗を生やして四足歩行する、緑色のモンスターになるっていうのかしら!?」


「そう言うお前だって、この前のパーティーで披露した変なシルエットのドレスは相当ひどかったぞ! あれで機敏に踊るものだから『風船音頭』って私まで笑われたのだから!」



 何それ、ウケる。お父様の絵もお母様のドレスも超見たいんですけど。



 しかし何だか雲行きが怪しくなってきたな……ここは逃げるが勝ちだ。



「お父様、お母様、ありがとうございます。このように誉れ高い賞をいただけたのは、お二人のおかげですわ。では私、これからリゲルにも伝えて参りますわね。彼女にずっと側で応援してもらったことが、やはり大きな力になりましたもの」



 私が笑顔で告げると、お母様はやれやれといった具合に溜息をついた。



「それなら良かったけれど……あなたのお部屋から絶え間なく悲鳴が聞こえると知らせを受けた時は、何事かと心配したのよ? これからは前もってちゃんと説明してちょうだいね?」



 リゲルの特訓初日、ネフェロが護衛達を連れて部屋になだれ込んできた時を思い出し、私の笑みが苦いものに変わった。まるでアクション映画のFBI突入シーンみたいだったよね。



「しかし『己を解き放つ』、か……それが芸術には大切なのだな。確かに無心で大声を放てば、心が晴れやかになりそうだ。私もそれを踏まえて、もう一度絵画に挑戦してみるかな?」


「では私の肖像画を、お願いしてもよろしい?」


「もちろんだとも。私からもお願いする。愛しい君の姿を、描かせてくれ」



 娘そっちのけで二人は熱く見つめ合い、手を取り合う。今度は私が溜息をつく番だった。



 何だかんだでラブラブじゃねーかよ。はいはい、ごちそうさまでした!




「えー! 最年少入賞ってすごいじゃないですかあ!」


「でっしょ〜? 私だって、やる時ゃやるのよ。絵を描くの、大好きだし」


「あたしもいつか、クラティラス様に絵を描いていただきたいなぁ……」


「いいわよ。あなたがちゃあんと、『お友達』になれたらね?」



 ニヤリとくちびるを釣り上げてみせてから、私は自分が非常に悪い顔をしていることに気付いた。


 これってイジメっ子の『友達になりたいんならエロ本パクって来いよ、もちろんBLな』的な雰囲気じゃね?



 やだー! そんなつもり全然ないのに、どんどん悪役令嬢らしくなってる気がするーー!



「ところでクラティラス様……今日も、やるんですか?」



 力無くリゲルが問う。ちょちょちょ、そんなションボリした顔しないで! 本当にイジメてるみたいじゃないの!



「や、やるわよ。だってこれはあなたのため、友達になるために必要なことですからね!」



 と、宣言したものの……もうイジメっ子の言い訳にしか聞こえない。



 私はリゲルと一緒に、彼女が詩を書いていた北大通りを歩いた。護衛達には、やや離れたところから見守ってもらっている。


 ちなみに現在、フリフリのお洋服から簡素なワンピースに着替え、ついでに伊達眼鏡も装備して庶民ガールに擬態中。

 髪の毛がツヤツヤすぎて下ろしておくとバランス悪かったから、ぐっちゃぐちゃの三つ編みにしておいた。敢えてぐっちゃぐちゃにしようとしたんじゃなくて、自分で結ったらこんなことになったんだよ。


 前世ではずっとショートだったから、ヘアアレンジなんてできないの!



 いつものように居住区と商業区画の境目にある噴水公園に辿り着くと、私とリゲルは空いているベンチに座った。



「あれ、あのグレーのコートの男でいきましょう」



 向かい側にいた待ち合わせと思われる若い男を指し、私はそっとリゲルの耳に囁いた。



「え、えっと……こ、恋人を待っている、みたいです」


「うんうん」


「この後デートをして……そう、美味しいご飯を食べに行きます」


「それからそれから?」


「そ、それから? また明日ねって、門限の前に彼女をお家に送って……」


「シャーラッ!!」



 リゲルに向かって、私は咆哮して牙を剥いた。



「デートして食事、ここまではいい。だがそれじゃ、友達と遊んでんのと変わんねーだろ! 何度言ったらわかるんだ? ロマンチック要素を盛り込めやあ!」


「あ、あの……じゃ、お別れ前にキスを追加で」


「オッケェェェイ、と言いたいところだがまだ違う! 想像する相手は男に限るっつったろーが! 彼女じゃなくて彼氏! わかったらやり直しっ!」


「ふぇぇ……はいぃぃぃ」



 リゲルは半泣きになりながらもグレーコートの男性を見つめ、暫し思案した後に口を開いた。



「で、では、あれだけオープンに待ち合わせているということは、まず前提として、二人は公認の仲なんじゃないでしょうか?」


「イヤッハー! そうそう!」


「長いこと待ってるのに、全然苦じゃなさそうなのは……久々に会えるのが楽しみだからかな? お食事も、ちょっと良いお店を予約してるかもしれません」


「オゥイエッス! 更にー!?」


「ええと……彼氏が到着したら、お友達みたいな感じで『遅えよバーカ』なんて軽く悪態ついて『行こうぜ』ってさり気なく手を繋ぎそう?」


「アハァァァン! いいねいいね!」


「ちょっと薄暗いお店の中、テーブルに灯された蝋燭の炎を頼り、互いを見つめ合うんです。揺らめく灯りが、見慣れた顔に陰影を作り、様々な表情を見せてその度にドキッとする……」


「ウリャソリャ、ワッショイワッショイ!」


「けれど別れの時は、必ずやってくるんですよね。門限の厳しい彼氏を家まで送り届けた彼は、名残を惜しんで精一杯の愛を言葉の代わりに口づけで伝えて……」


「イヤッサーイヤッサー、ソレソレソレソレ!」


「そのくちびるの感触を忘れぬ内にまた会えるようにと願い、この季節の寒さ以上に心震わす切なさを噛み締めながら立ち去るんです」


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 睫毛の先に涙化粧の輝きを灯しながら、その後ろ姿をそっと見守る彼氏の姿も美味しーーいっ!!」



 私は眼鏡を振り落とさんばかりに頭を振りたくって吠えた。


 アカン、流石は名ポエマーや。めちゃくちゃ良い想像をしてくれよる。



 でも……これじゃ、まだダメだ。確かに、リゲルの技巧は優れている。人からテーマだけを告げられて詩を書くなんてことをずっとしてきたんだもん、想像力は私なんかより豊かだ。


 けれど違う、そうじゃない。


 想像力も必要だけど、何より大切なのは創造力と妄想力。己の生み出す世界に、萌えという喜びを感じることなのだ。いや、むしろ萌えが世界を生み出すといった方が正しいかもしれない。



 せっかく門限の厳しい彼氏って設定を作ったんだから、そこからもっと膨らませてほしい。


 実は家がとても厳格で子ができない愛を儚んだあのグレーコートの君が身を引く……とか、駆け落ちするも行くあてがなくて固く抱き合ったまま深い海の底に身を投げる……とか、何なら二人の恋を知ったお家の人が別れさせるために暴漢を雇って、グレーコートの君をメチャメチャにして心に深い傷を負わせ男娼にまで身を落としたものの、家を捨てた彼氏が迎えに来る……とか。



『俺はもう汚れている、君に触れられる資格などない』


『君は汚れてなどいない、それでも汚れているというのならその汚れごと君を愛すると誓う』



 なんつって? なんつって!? もう何これ、尊いーー! ……ってくらいの域には、最低でも達してもらいたい。



 だからといって、無理強いしすぎてはならないのも理解している。


 リゲルにここで否定されたら、望みがなくなる。彼女を仲間に引き入れるという夢が根元から絶たれる。



 男性への苦手意識を克服しても尚、BLを受け付けてくれなかったら?



 そうなってしまっては、もう終わりだ。だって私は前世で、あいつにBLを認めさせることができなかった。その点さえ噛み合えば、あいつとはきっとすごく気が合う仲間になれたと思う。



 けれど、それは叶わなかった。



 あいつかもしれない、と思ったリゲル。


 彼女と、今度こそ仲良くなりたい。前世で仲良くできなかった分も含めて、たくさんたくさん……。



「クラティラス様? どうしたのですか? 泣きそうな顔をしてますよ?」


「えっ……ううん、大丈夫。ご、ごめんね、苦手意識克服のためとはいえ、変なことさせてしまって。少し休みましょうか」



 リゲルにノーを突き付けられる前に、私は逃げの姿勢に入った。攻めすぎて引かれた過去を思い出して、胸が痛くなったから。

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