腐令嬢、第一段階を突破す
学校の放課後に開催していた『萌えBL愛好会(仮)』は、燃料投下用のイラストだけ寄稿して、暫くアンドリアに司会進行をお任せしている。
そのアンドリアであるが、最近とても性格がまろやかになった。
これまでは鼻持ちならないお嬢様全開で、少しでも格下だと見做した相手にはマウント取りに行く面倒な奴だった。しかしリゲルの詩で萌えを知ってからというもの、愛好会のメンバーのみならず、他の生徒にも優しく接するようになり、更に外見の美しさにも磨きがかかった……と評判だ。
恋をしているのでは? とも噂されてるけど、まーあながち間違いじゃないか。ヴァリ✕ネフェへの想いが一層強くなったせいだもんね。
それなら一度実物を拝ませてやるか、とお家に呼ぼうとしたんだけど、
『御本尊様と同じ空気を吸い、御姿をこの目に映すなんて畏れ多いですわっ!』
と、思いっ切りフラれてしまった。彼女曰く、同じ屋根の下で生活してる私にすら畏怖の念を感じるそうなので。
てなわけで、心強い仲間に留守を守ってもらいながら、私はひたすらリゲル勧誘のために動いていた。
「いい、リゲル。この人の前に立って」
「は、はい……」
サイドチェスト、体をやや捻り横向きに胸筋を強調したポーズのマッチョの前に、リゲルはおずおずと進み出た。
「この人にはね、二人の子どもがいるの。三歳と五歳の、とっても可愛い女の子よ」
私はリゲルに、彼ら親子三人で撮影した写真を手渡した。
「え……お父さん、なのですか?」
「はい、娘達の幸せのためなら何でもできますっ!」
リゲルは写真とマッチョを見比べながら、大きな目をぱちくりと瞬かせた。
「さあ、次よ。隣に進んで」
今度のマッチョはフロント・ダブル・バイセップス、両腕を肩まで上げて上腕二頭筋を誇示する定番のポーズ。
「この人は、来年の春に結婚するの。お相手は学生の時からずっと付き合ってきた女性で、リゲルに書いてもらった詩を読んでプロポーズしたんですって」
「その節は、大変お世話になりましたっ! リゲルさんの詩に、勇気をいただいたおかげっす!」
私は彼女さんの了承を得てお借りしてきた、結婚祝いの寄せ書きメッセージボードを掲げて見せた。真ん中には、リゲル直筆の詩が貼り付けられている。
リゲルは瞬きも忘れて、それに見入った。
「本当だ……あたしの詩だ」
「リゲル、隣に」
私の言葉に従い、リゲルはバック・ラット・スプレッド、後ろ向きになって背中の広さと筋肉を披露するマッチョの元に移動した。
「この人はこんなことしてるけど、実は作家さんなの。有名な方だから、リゲルも知ってるんじゃないかな?」
私は含みのある笑顔で、その名前を口にした。
「ウソ……! 知ってるなんてもんじゃないですよぅ! 大ファンですっ! 図書館にあるあなたの作品は、全部読みました! お金を貯めて初めて購入したのも、あなたの恋愛小説です! 情景描写と心情描写が美しくて、何度読んでも泣けます!」
んふふ〜、でしょうね。その作家さんの影響を受けて、詩を書くようになったって言ってましたもんねえ。
「サインを書いてもらうのは後にして、次の二人よ」
私はリゲルの手を引き、左右対称にサイドリラックスのポーズで向き合うダブルマッチョの前に立たせた。
「この二人は、リゲルの大切なものを扱うお仕事をしているの。何かわかるかしら?」
「あたしの、大切なもの……?」
リゲルが首を傾げる。まー、見た目だけじゃわかんないよねえ。
私は目線を送り、二人に回答を促した。
「自分、製紙工場を経営しておりまっす!」
「自分は、頑丈で長く愛用いただける格安文房具の開発を担当してまっす!」
「あっ、もしやあたしがずっと使ってる……」
「そうよ、あなたがいつも手にしている『ニジマーヌ・ノート』と『ヨックカケル・ペン』を市場にお送りしてくださっているの」
リゲルはわなわなと震えかと思ったら、突然床にひれ伏した。
「いつもありがとうございますっ! ノートは水に濡れても滲まないから雨の日にお客様が持ち帰る時も便利ですし、ペンはインクが無限なんじゃないかってくらい長持ちで重宝してるんです! こんな素晴らしい文房具に出会えて、あたし、本当に幸せです! 心から感謝しておりますっ!!」
「こちらこそ、ご愛顧いただきありがとうございまっす!」
「これからもより良い商品をお届けできるよう、頑張るっす!」
マッチョ二人が白い歯を見せて笑顔で答えたところで、私はリゲルを抱き起こした。
「もうわかったんじゃないかしら? この人達は、あなたと同じ『人間』なの。誰かを愛し、誰かに愛され、誰かを勇気付け、誰かを助けて、毎日精一杯生きているのよ。どう? それでもまだ怖い?」
リゲルはマッチョ全員をゆっくり見渡してから、小さなくちびるを開いた。
「き、気持ち悪いことには、変わりないです。でも…………怖くは、なくなりました」
「いやったぁぁぁ!」
拳を突き上げ、私はスポーンと高く飛び上がった。
「よっしゃ、お前ら、記念の胴上げだ! 皆で私とリゲルを頭の上に持ち上げて、上に向かって飛ばせ! 赤ちゃんに高い高いするみたいにな!」
「えっ……ええええ!?」
戸惑うリゲルを無視して、マッチョファイブによる胴上げが開始した。
「クラティラス様、万歳!」
「リゲルちゃん、よくやった!」
「おめでとうおめでとう!」
「おめでとうおめでとう!」
「おめでとうおめでとう!」
「ヒャッハー! たっのしーー! 最っ高ーー!!」
「いやああああ! やめろ、キモ野郎共ーー! キモい腕とキモい手であたしに触るんじゃねーー!」
胴上げされるなんて、中学最後のハンドボール部の引退試合以来だ。
私は大興奮だったけれど、リゲルにはまだ刺激が強すぎたようで……この後ギャンギャン泣き喚かれて宥めるのに大変苦労した。
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