【リゲル・トゥリアン】ヒロイン:総愛され爆撃機

腐令嬢、動く


「素敵な詩ですわねぇ……」


「ええ、本当に。詞の一つ一つが胸に響くわ」


「単語の選び方も味わい深くてよ。読む度に印象が変わる気がするのよね」



 リゲルのポエムを入手した私は、九月に入って新学期が始まると、早速『萌えBL愛好会(仮)』のメンバー達にそれを披露した。


 確かにリゲルの詩は、小学五年生の子があの短時間で書いたとは思えないほど素晴らしい。



 だがそうじゃない、そうじゃないんだよ!



 すると突然、イェラノが緩くウェーブがかかった桃色の髪を波打たせ、椅子に座ったまま蹌踉めいた。



「こ……これは、まさか」



 おお! メンバーの中で最も口数は少ないけれど最も感受性が鋭いだけあるな。真っ先に気付いたようだ。


 私はイェラノに進み寄り、彼女の手を握った。



「そうよ、イェラノ。あなたの推しカプは、私が描いた架空の殿方オレ・サーマとオッソ・イウケだったわね?」


「ああ……あああああ!」



 イェラノが激しく咆哮する。



「あ……そういうこ、と……いやあああ! 無理ぃぃぃぃ!!」



 続いて奇声を放ったのは、デルフィンだ。



「デルフィン、いいのよ。怖がらずに受け入れるの。あなたの家の庭師ジャンと伯父様のルーセント卿が……」



「ダメです無理です! 無理……無理じゃない、もっと、もっとぉぉぉぉ!!」



 他の三人は、突然始まった二人の狂態に凍り付いている。



「あ、あの、クラティラスさん? これは一体……」



 蒼白したアンドリアが、恐る恐る尋ねてくる。



「この詩のテーマは、恋よ。恋にも様々あるわよね? 幸せな恋、儚い恋、実らぬ恋、報われずとも愛さずにはいられない……切ない恋」


「はうっ!?」

「むぐっ!?」



 アンドリアの両隣にいたドラスとミアが、雷に打たれたように身を震わせる。私の言葉で、こいつらも察したようだ。



 さあ、残るはアンドリアのみ。



「まだわからないの、アンドリア。あなたの推しカプはどなたでしたっけ?」


「ええと……クラティラスさんの兄上であらせられるヴァリティタ様と、お世話役をなされているネフェロ様です」



 か細い声で答えると、アンドリアは頬を染めて俯いてしまった。


 この子、潜在能力は高いのに、羞恥心が邪魔して己を解放できないんだよな。恐らく生まれてからずっと、二爵令嬢という肩書きに縛られてきたせいだろう。勿体ない。



 私はアンドリアの耳元に口を寄せ、そっと囁いた。



「この詩をもう一度読んでご覧なさい。二人の、道ならぬ恋の行方を、鮮明なまでに想像しながら」


「…………ひい!?」



 アンドリアが大きく仰け反る。それでも詩が書かれた用紙は手放さず、それに向けて大きく見開いた目からビームが出そうなほど強い視線を注いでいた。


 よっしゃ、漸く開眼したようだな!



「皆、理解できたわね。この詩は、我々の妄想を最大限に掻き立てるの。どんなカプ、どんなシチュエーションにもマッチする、最高に『萌える』詩なのよ」


「こ、これが……萌え……!」



 息も絶え絶えに、アンドリアが漏らす。



「そうよ、これが萌えよ。素晴らしいでしょう? そして凄まじいでしょう?」



 初めての萌えの威力に死にそうになりながらも全員が頷いたのを確認して、私は告げた。



「この才能は、私達の動力になるわ。ということで私は彼女、リゲル・トゥリアンを我々の仲間に勧誘します!」


「も、萌えぇぇぇ……」

「もっと、萌えをぉぉぉ……」

「萌えが、萌えがほしいぃぃぃ……」



 ゾンビのような状態にはなっていたけれど、誰からも異論はなかった。



 しかしこの後――イェラノとデルフィンが過呼吸に陥り、ドラスとミアは失神し、アンドリアは虚ろな目で笑いながら萌えという単語しか口にできなくなったため、急遽保険医を呼ぶ羽目となってしまった。


 教師から連絡を受けて飛んできたネフェロにしこたま怒られたのは、言うまでもない。




『生まれ変わるなら? それはもう、絶対に美少女ですよ。美少女は大正義ですからねぇ』



 聞いてるだけでイライラする間延びした口調で、そいつは平然と宣った。



 適当に一つに結んだ髪は、手入れもしていないようでボサボサ。しかも自分で切っているのか、毛先はバラバラだ。なのに眼鏡には拘りがあるらしく、ハーフリムタイプのシルバーフレームをいつも愛用していた。


 はっきり言って、眼鏡だけ浮いているという顔面大惨状。モサいダサいオタ臭いの三重苦だ。



 お前が美少女だぁ? 鏡見て物言えよ、ドブス。



『で、大神おおかみさんは何になりたいんですか?』



 んなもん決まっとる、BLワールドのモブ一択じゃい。



『本当に気持ち悪いですねぇ。BLも気持ち悪いけど、何もかもBLでカップリングする大神さんのBL脳が最高に気持ち悪いです。ああ、勘違いしないでくださいよ? 最高といっても褒めてませんからねぇ?』



 うるさい。お前なんぞにBLの素晴らしさが理解できるものか。黙って死んどけ、クソが。




『はいはい、死にますよ。ただし……大神さんも道連れですから、覚悟してくださいねぇ?』




 伸びてきた手に肩を掴まれた瞬間、私はびくりと大きく身を揺らがせた。



「クラティラス、大丈夫か? ひどくうなされていたぞ」



 私の両肩を抱いて覗き込むのは、宿敵モサヘッドメガネブスではなく――長い睫毛の先にまで気品に満ちた正統派の美少年。ヴァリティタお兄様だ。



「え、ええ……嫌な夢を見ていたの」



 そう答えながら、私は車に揺られている内につい眠ってしまったのだと気付いた。昨夜も遅くまで萌絵を描いてたからなぁ。



「大丈夫か? どれ、私が手を握っていてやろう。こうすれば安心だろう?」



 座席の隣から、お兄様がギュッと私の両手を掴む。


 えー……そんなん要らんから、反対側に座ってるネフェロの手を握ってよー。できたら恋人繋ぎでー。周りを気にしつつシートの後ろに隠すようにする感じでー。俯き加減に頬染めて、チラチラ見つめ合いながらー。


 不満は多々あるが、顔に出してお兄様の機嫌を損ねてはマズイ。こうしてもう一度リゲルに会いに行けることになったのは、お兄様のおかげなんだもんね。



 庶民であるリゲルを、どうやって我々『萌えBL愛好会(仮)』に引き入れるか。私達はあれから必死に考えた。



 グループ内で最も自由が利く五爵令嬢のイェラノに勧誘を任せようという意見もあったが、イェラノはとんでもない口下手。


 手っ取り早く呼び出せば良いのでは? と私が言うと『いきなり貴族に呼ばれるなんて胡散臭すぎるから来ない可能性の方が高い』と至極真っ当な答えを返された。このところ貴族を名乗ってお金を騙し取る、しゃくしゃく詐欺が流行ってるそうなので。



 一向に進まない道を切り拓いたのは、学年一の才女ドラスの閃きだった。



『そうよ……私達は難しく考えすぎていたのだわ』



 綺麗に結い上げたオレンジの髪を掻き毟ってワサワサにすると、ドラスはカッと目を開いた。ドラスと幼馴染のミア曰く、彼女が深い思考の沼から這い出る時のクセなんだって。



『彼女に会いに行くことを、皆に認めさせれば良いのです! ミア、あなたの出番よっ!』



 慣れた手付きで櫛を取り出し、ドラスの髪を整えていたミアは、紫のおさげごと飛び上がった。



『ええ、私!?』


『あなた、朗読がお得意でしょう? その手練手管を、我々に伝授するのよ!』



 つまり、ドラスのアイディアはこう。


 この素晴らしい詩を、素晴らしい技巧で素晴らしく語って聞かせ、家族にも素晴らしさを伝え、素晴らしい才能を持つ彼女に会いに行くための賛同を得る、というものだ。


 こんなんうまくいくんかよ……と気乗りしなかったものの、結果は見事成功。


 口下手大魔王のイェラノと棒読み大魔神のアンドリアは失敗したそうだが、言い出しっぺの私が行けることになったんだから問題ない。


 いやぁ、それにしてもミアの特訓、厳しかったなぁ。朗読のこととなると鬼になるんだもん。あんな一面を秘めてるとは思わなかったよ……BL方面での開花にも期待できるな。



 でも、お兄様の後押しがなければ、こんなにすんなりとはいかなかったと思う。



 詩の朗読を家族の皆に披露したのは、ミアにやっと合格をいただいたその夜。


 お夕食の後の団欒時に『目を閉じて、愛する人のことを思い浮かべて聞いてください』と前置きをして、私はリゲルの詩を読み上げた。


 とても短い詩だったけれど、言葉の一つ一つに持ちうる限りの感情を込めたつもりだ。



 さて反応は如何に? とドキドキしながら皆を見渡してみると――何と、お兄様が涙を流していた。



 これにはお父様もお母様も大層驚かれたようで、二人してあわあわした。お父様は変顔して笑かそうとするし、お母様はどこから持ってきたのか赤ちゃん用のガラガラ振り出すし。


 カオスと化した三人に、どさくさに紛れて了承いただこうと思い、この詩を作った人にもう一度会いたいのだと伝えると、お兄様は涙目のまま言った。



『私も、この方に詩を書いてほしい』



 ヤンチャなことばかりやらかして女の子と縁遠かった息子がやっとロマンスに目覚めた! とお父様とお母様は大喜び。


 また自己中ロードまっしぐらだった娘にも『王子の目に留まるために外見だけでなく感性をも磨こうというのだな、感心感心』とお褒めの言葉をかけてくださり、めでたくリゲルの元へ行くことが許されたのだ。

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