腐令嬢、踏み出す
にしても、お兄様がロマンスなぁ……ネフェロ相手なら嬉しいけど、たまに家に連れてくる一爵家のお友達の誰かだったらちょっと嫌かも。
だってあいつら、お高くとまってるくせに、カブトムシけしかけただけでチビる軟弱者揃いなんだもん。そんなヘナチョコ共に、この麗しきお兄様が惑わされるなんて許せない。それに何より、どいつもこいつもお兄様の隣に並ぶと存在が透明化必至のモブ顔もいいとこなんだよね。
ヘタレ攻めもしくは素朴受けってのも悪くないけど、それならもっとコンプを前面に押し出してほしいところだな。モブ顔でプライド高い俺様系は、ちょっと無理が……って、相手は女の子かもしれないのか。
いや、そっちの可能性の方が高いよな。
そうかぁ、女かぁ…………チッ。
「ヴァリティタ様、クラティラス様、到着しましたよ」
ネフェロの優しい声に私は我に返り、忌々しさに歪みかけた表情を整えた。
車を降りて見れば、前と同じ場所に相変わらずの人集りができている。彼女を初めて会った瞬間のことを思い出すと、キクンと心臓が鳴った。
落ち着け、
彼女があいつだと決まったわけじゃない。それどころか、あいつがこの世界にいるかどうかもわからないんだ。むしろ、いない確率の方が高い。
そう言い聞かせても、胸の高鳴りは押さえられない。
だってこれは、チャンスだから。
私はずっと、あいつと――。
「ええと……この長い列に並ぶのか?」
護衛を伴って列の最後尾につくと、お兄様はあからさまに不満そうな顔をしてみせた。ったく、これだから金持ちのボンボンは。
「お兄様、欲しいものを得るためには、苦労を厭うてはダメよ。苦労してこそ、手に入れた時の喜びはこの上ないものになるのですから」
まだ薄い胸を張り、私は強い口調でお兄様を戒めた。
「苦労してこそ、か。うん……そう、なのかもしれないな」
お兄様がしっかりと頷く。こちらに向けられたアイスブルーの瞳にはもう不満の色はなく、キラキラとした期待の光に満ち溢れていた。
「お久しぶりね、リゲル。また会えると言ったあなたの言葉、現実になったわ」
「あ……レヴァンタ、様」
彼女は木箱から慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「こ、この前は、す、すみませんでした。ま、周りの人に教えていただいて……まさか貴族の方があたしの詩を買ってくださるなんて、思ってもみなくて。あたし、その、礼儀というものを全く知らないので、どうか失礼をお許しください」
「いいのよ、そんなに畏まらないで。私のことも、クラティラスと気軽に呼んでちょうだい」
「あ、あり、ありがとう、ございます……クラティラス、様」
口調こそたどたどしいものの、纏う空気感は前と変わらず、何人たりとも立ち入らせないといった壁を感じた。
「あ、あのね、この前に書いていただいた詩、とっても良かったわ。それで今日は、私と兄の分をお願いしたいの」
そこでリゲルは漸く顔を上げ、眼鏡越しに金の瞳で私達を見つめた。
しかし、すぐにまた俯く。
「わかりました……何を」
「私は、片想いの詩を頼む。幸せと切なさの両方を取り入れた甘酸っぱい雰囲気にしてくれ」
リゲルの言葉が終わらない内に、お兄様はちゃちゃっとオーダーした。
てんめえ、えらい具体的じゃねーかよ。やっぱりもうそんな相手がいるってか? マセガキが、大人しくネフェロに抱かれとけ! 否、抱いとけ!
お前が女とくっつこうが、私とアンドリアだけは断固としてヴァリ✕ネフェ推進し続けるからな!!
「はい……」
と、ここで――私はリゲルの様子が、僅かにおかしいことに気付いた。
この子、もしかして……?
お兄様に詩を書き上げた紙を渡すと、リゲルは私に目を向けた。
「クラティラス様は、どうなされますか?」
「あっ……ああ、それじゃあ私は、両想いとなって結ばれたばかりの恋人同士の詩にしていただこうかしら?」
リゲルの繊細な手が、さらさらと文字を紡ぐ。それを注視しながら、私はぐっと奥歯を噛み締めた。
私の予想が正しければ、これは非常にまずい事態だ。
だが、引き下がるわけにはいかない。やっと萌えを覚えたばかりの『萌えBL愛好会(仮)』の連中を失望させてなるものか!
「お兄様達は、先に帰って。私はリゲルと話さなくてはならないことがあるの。護衛は一人だけ置いておけば大丈夫でしょう。後で迎えに来てちょうだい」
通行の邪魔にならないよう道路の隅に停めてあった車に戻ると、お兄様が護衛と共に後部座席に乗り込んだのを見計らい、私はそう告げた。
「バカなことを言うな、クラティラス!」
お兄様が慌てて手を伸ばし、私の腕を掴む。
「そ、そうですよ! あなた一人、残すなど……」
ワンテンポ遅れてネフェロも身を乗り出し、私を捕まえようとしてきた。が、私がブチ切れる方が早かった。
「うるっせえええええ! 邪魔したらお前ら二人が魔物の巣に迷い込んで、モンスターやら触手やらに✕✕を✕✕されて✕✕になって✕✕状態なエロエロ絵描いて撒き散らすぞ! 嫌なら黙って言うこと聞けえええええ!!」
彼らの前で『素顔』を晒すのは、これが初めてだった。
私の剣幕に圧され、お兄様が凍り付く。
ネフェロが蒼白して固まる。
その隙に私はお兄様の手を解き、扉を蹴り閉めた。
「じゃ、そういうことで。ほら、とっとと行きなさい」
にっこり微笑んで運転手に命じると、車は蹌踉めくように走り出していった。
リゲルの詩広場――勝手に命名させていただいた――は、もう使われていない空き店舗の前で開催されている。詩を購入するために並んでいる人以上に野次馬の方が多いので、潜り込むのは容易い。
私は護衛に身を包まれるようにして野次馬の波に紛れ、リゲルの様子をずっと観察していた。
その内に、予想は確信にまで至った。
やっぱり、彼女は――。
「今日はここまでです。皆様、ありがとうございました」
購入希望者全員を捌き終えたところで、リゲルが頭を下げる。すると雑に扱った筆先のような一つ結びの髪が、ぴょこんと跳ねた。
最後まで残っていた野次馬達から、盛大な拍手が送られる。私も心から彼女を称え、精一杯手を叩いて感謝の思いを伝えた。
次々に労いの言葉をかけ、ゆっくりと波が引くように人々が減っていく。最後の一人になる前に、私は護衛に懇願した。
「少しの間、二人だけにしてくれない?」
「しかし……」
「断れば、あなたも魔物の巣で……」
「わ、わかりましたっ!」
護衛達の中でも屈指の腕っ節を誇る彼も、私の妄想の餌食になることは避けたいらしい。聞き分け良く返事をするや、護衛はささっと私から離れた。
目で彼の動きを追うと、どうやら今いる店舗の脇に身を潜めることにしたようだ。うむ、そこならあんまり遠くないし安心だな。
一応、安全面もしっかり考慮しておかねばならない。私に何かあったら、お兄様にもネフェロにも迷惑をかけてしまうもんね。
護衛の位置を確認し、軽く頷いて了解の旨を伝えると、私はリゲルに近付いた。
「リゲル、お疲れ様。ちょっとだけ、時間もらえる?」
「クラティラス様……はい、あの?」
「安心して、私一人よ」
するとリゲルは脱力したように、すとんと木箱に腰を落とした。
「……わ、わかっちゃいましたか?」
「うん、わかっちゃった」
その前に屈み込み、私は彼女に今一度確認した。
「あなた、『男の人が苦手』なのね?」
リゲルは俯いたまま、ふるふると震え――そして、頷いた。
「あたし、父親がいないんです……。学校に通うためにここに来るまでは、お母さんとずっと二人で北の森に住んでいて……そのせいで、男の人と接する機会がずっとなかったんです」
北の森とはその名の通り、アステリア王国の北部から国境にまで及ぶ広大な森林地帯だ。
しかしそこに生える樹木は、何やよう知らんけど魔法のバリアーみたいなのを放つマギックツリーやらマジカルプラントとかいう種類の厄介なやつばかりで、殆ど開拓が行われていない。そのためこちらも向こうの国も持て余しているのだが、強力な防御壁にもなるってんで、別名『北境界の魔森』とも呼ばれている。
そうだ、リゲル・トゥリアンはあの謎めいた森の出身なんだっけ。
私が黙っているのをいいことに、リゲルの口調はどんどん白熱していった。
「初めて男の人を見た時は、新種のモンスターかと思いましたよ。無駄に大きいし、ゴツゴツして毛深くてキモいし、声も低くて獣の唸り声みたいだし、体臭も濃くて控えめに言ってくっさいし、乱暴だし荒っぽいしキレッ早いし。奴らが自分と同じ種族だなんて、信じられませんでした。今だって、信じたくもないです。そんなわけで生理的嫌悪が勝って、どうしても受け入れられないんですよぅ……」
うっわぁ……想像以上やった。
ちょっと苦手程度かと思ってたのに、生理的に無理ときたかー……。
「病気がちなお母さんのために詩を売ろうと考えたんですけど、お仕事するなら男の人だけを差別するわけにいかないでしょう? だから、皆に平等に接するよう頑張ってたんです。元々愛想がない子なんだな、と思ってもらえれば都合良いし。あ、この眼鏡もつい顰めてしまう顔を少しでも隠せたらと思ってかけてるだけで、目はとても良いんです」
何と、あの人を寄せ付けないオーラは演技だったってかい。
しかも眼鏡も伊達かよ……私のファースト・インプレッションは何だったの。
「でも、出会って間もないクラティラス様に見抜かれてしまったようでは、やっぱりダメですね。うぅ、どうしよう? もう人前に出て詩を書くなんて無理ぃ……男に向けて営業用の顔を作る自信ないよぉ……」
ついにリゲルは顔を覆い、情けない泣き声を上げた。
「だ、大丈夫よ、リゲル。私に任せて」
面食らったものの、私は彼女の両肩に手を置いて力強く宣言した。
「要は、男の人が苦手でなくなればいいのよね? 私があなたの苦手意識を、綺麗サッパリ取り払ってあげる」
「そ、そんな方法があるのですか……?」
リゲルが恐る恐る私を見上げる。
笑顔で頷いてみせると、度の入っていないレンズの向こうで薄っすら涙に潤んだ黄金の瞳が一等星のように輝いた。
「あ……ありがとうございます、クラティラス様。どうか、よろしくお願いしますっ!」
こうして私は、リゲル・トゥリアンを沼に引きずり落とすための一歩を踏み出した。
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