腐令嬢、予感す
彼女の存在を知ったのは、大勢の取り巻きから生え抜きのBL素質ありエリートを選別し終えた頃だった。
前世の記憶が蘇ってから、早くも三ヶ月の時が過ぎていた。新緑の春は眩い陽射しが降り注ぐ初夏へと移り変わり、学校も長い夏休みに突入しようとしている。
アステリア王国は季節も学校のシステムも日本と同じなんで、わかりやすくて良い。日本の夏の風物詩代表、蝉もギャンギャン鳴き喚いてるし。
最近では、放課後になると空いた教室を借り、萌えトークと呼ぶにはまだ拙い会話を楽しむのが常となっていた。
私を中心に半円を描くように椅子を並べて、一時間ほど語るだけだけど、ちょっとした部活みたいで楽しい。命名するなら『萌えBL愛好会(仮)』ってとこかな。
今日も仲良く集まってお話していたのだが、取り巻きの一人である栗毛の巻き髪娘、カンヴィリア四爵令嬢のデルフィン――最近になってやっと覚えました――が、とある情報を仕入れてきたと発言した。
彼女が聞いた噂によると、北側の一般居住区画にとても詩を書くのが上手い子がいるらしい。
「私達と同じ年の女の子だそうですけど、父親はおらず母親は病気がちで、小さい頃から詩を売って生活しているんだとか。その詩が素晴らしいと、この頃街で評判なんですって」
「まあ、大変な暮らしをなさっている子もいるのねえ。それでデルフィン、何故そんなお話を聞かせるの? あなたまさか、その子を私達の仲間に加えようなんてバカなことは考えてないわよね?」
デルフィンに冷ややかな口調と視線を投げかけたのは、ブルーアッシュの縦ロール、マリリーダ二爵令嬢アンドリアだ。
おいおい、これが小学五年生の女児がする会話かよ。ったく、ガキでも階級差別があるんだから陰湿で嫌になるわー。
「アンドリア、デルフィンを責めないであげて。私、むしろデルフィンに感謝しているの。ねえデルフィン、その子のことをもっと聞かせてくださる? とても興味があるわ」
私が助け舟を出すと、アンドリアは呆気に取られて固まった。代わりにアンドリアに睨まれて固まっていたデルフィンが解凍され、意気揚々と詳細を語ってくれた。
しかし彼女の話を聞くまでもなく、私には確信があった。
きっと……いや、間違いなく彼女だ。
逸る心をおさえ、私は懸命に優雅な微笑みを作った。
「面白そうな子ね。そうだわ、今度その子の詩を買いに行ってみましょう」
「いけませんわ、クラティラスさん! 庶民なんかを相手にするなんて!」
「アンドリアさんの仰る通りですわ! 相手は卑しい片親の貧乏人ですのよ!?」
「そんな者にお近付きになっては、何をされるかわかったものではありませんわ!」
アンドリアに賛成したのは、リナール三爵令嬢ドラスとイヴィスコ三爵令嬢ミア。
もう一人、メリスモーニ五爵令嬢イェラノはデルフィンと共に俯いて黙っている。
反対三人、黙秘二人、やる気満々が私のみ。こうなるだろうとは思ってたけどね。
「皆様は、私が訴える萌えという言葉をまだ理解していないようね」
私は盛大に溜息をつき、ゆらりと椅子から立ち上がった。
「萌えとは、素晴らしいものに心を衝き動かされ、言葉にならない感情が熱く激しく燃え盛る……そういう想いを指すのだと説明したわね? そこに貴賎などあるはずがない。何故なら、そんなものに囚われている内はまだ想いが足りないからよ。つまりあなた方は、まだめくるめく萌えの領域に達していないのだわ!」
ビシィっと人差し指を突き出せば、皆がビクゥっと慄く。しかし、萌え着火ファイヤーした私は止まらない。
「貴族? 庶民? そんな区別が何の役に立つっていうの、くだらない。萌えという尊い想いの前では、誰もが平等。同じ萌えを感じる同士であれば、相手が庶民であろうが浮浪者であろうが、手を取り合い抱き合ってひたすら叫ぶしかなくなるの!」
「私はそんな素晴らしき萌えに、できるだけたくさん出会いたいの! それがないってんなら、どんな手を使っても作り生み出し拡散して、萌え仲間を増やして萌えを深めてやるわ! 私の萌え道を阻むものがあれば、何が相手でも容赦しねえ…………それが、階級なんていうクソみてーな制度でもだ! わかったか、アホ共!!」
「は、はいぃぃぃ……」
五人が揃って涙目で返事をする。
いっけなーい、クラティラスったらまた素が出ちゃった。テヘペロ〜。
でもこれで、萌えをナメてたこいつらにも少しは理解していただけただろう。
そして本物の萌えを目の当たりにし、萌えられる喜びを感じ合えたなら、更に絆は深まるはず。
こうして『クラティラス様のご乱心』に怯えるあまり、爵位もへったくれもなく抱き合って震えてる今みたいにね。
BL街道の開拓は、決して楽じゃないと理解している。
けれど私には、家柄云々でいがみ合ったり階級差別なんかで回り道してる暇などないのだ。
さて、件の彼女に会いにいざ出陣……と即座に行動できないのがお貴族のお面倒臭いところ。
学校が終われば毎日必ず何かしらの習い事が待っているし、休日も余程のことがない限り外に出る許可が下りない。
一爵令嬢っつったらお嬢様オブお嬢様だからさ、外出するには護衛も必要になるもんで準備も大変なのですよ。
ところが、行きたくても行けずに悶々とすること一ヶ月――夏休みも終わりに差し掛かった頃、ついにチャンスが巡ってきた。
「新しいドレス、ですか?」
「ええ。去年も余裕を持って準備にかからせたのだけれど、それでも素材が足りなくて大変だったでしょう? 今年こそは、完璧なあなたを披露するのよ。数多いる娘の中でも最も美しく、第三王子殿下の隣に相応しいのは、レヴァンタ一爵令嬢であるクラティラス・レヴァンタ――あなたであると、皆に知らしめなくては」
ソファに腰掛け、ゴージャスなロングワンピのお膝の上にデブ猫を乗せたお母様がホホホと笑う。
お母様や……プルやん、明らかに嫌がってますよ。逃げようとしてんのに、ナデナデに見せかけた押さえ付け攻撃するのはやめたって。ストレス食いで更に太りますがな。
俺様気質なのに母上にだけは逆らえない哀れな飼い猫、プルトナに現実逃避したのは、文字通り、迫り来る現実から逃げたかったからだ。
今から作るドレスを着ることになるのは、十二月初旬。
その日、アステリア王国第三王子殿下の十一歳になる誕生日を祝う大きなパーティーが城で開催される。
アステリア王国第三王子とは、あのクソ王子――イリオス・オルフィディ・アステリア。そう、私と婚約しやがるくせに後でポイと破棄しくさり死なせけつかりよる、クソクソクソ野郎じゃ!
ハイクラス貴族の一爵家の令嬢とはいえ、私みたいな子どもが王家の者と接する機会は殆どない。だからお母様は、数少ないチャンスを活かそうと張り切っているのだ。
しかし、今回ばかりは本当に勘弁してほしい。
だって公式ガイドブックによると、悪役令嬢クラティラスが第三王子イリオスが婚約するのは『十歳』の時。
クラティラスの誕生日は三月だけど、そのパーティー以降、十一歳になるまで彼と会う予定はない。となると、奴の生誕パーティーが婚約のきっかけになるに可能性が高いのだ。
まさに、死への一歩を踏み出すドレス。
それを選べと言われてるんだから、そりゃ軽く憂鬱にもなるよ。
だが、だからって諦めるにゃまだ早い。これは、最後に残された大チャンスでもあるのだ。
考えてもみてよ、奴と婚約するから死ぬんだよね? 逆を言えばそのパーティーさえうまく回避すりゃ、死亡フラグをへし折れるってことだ。
例えば、とんでもなく奇抜なドレスを作らせてみるなんてどうだろう?
センス皆無のクソダセェ配色とデザインで、一目見ただけでこいつヤベェってなるような……あ、着ぐるみなんていいかもしんない。
ゴブリンとかオークとか、何なら特殊メイクもバッチリ決めちゃって、ネフェロあたりにビリビリに破れた騎士の仮装させて、くっころごっこするの!
クッソ楽しそ……いや、これは確実ドン引き案件ですぞ〜!!
「ク、クラティラス……? あなた、どうしたの? 深刻な顔をしたかと思えば嬉しそうに笑い出したりして」
お母様の声に、私ははっと我に返った。どんな腕力してるのか、暴れ藻掻くプルやんを片手で難なく押さえ込んだまま、お母様が怪訝な表情を浮かべている。
「ウヒッ、ご、ごめんなさい。どんなドレスにしようか、いろいろと想像してしまったの。今からパーティーが楽しみで」
ウソです。パーティーなんざどうでもいいんです。
ゴブリンとオークに嫌らしいことされるネフェロたんが、美しいお顔を羞恥と屈辱に染める妄想で腰が砕けそうになっただけなのです。
「クラティラスったら、困った子ね。浮かれるのも無理はないけれど、くれぐれもパーティーでは気を付けるのよ」
「はい、お母様。では明日、仕立て屋に行って参ります。今夜は早めに休みますので、私はこれで失礼しますわ」
ごめんね、お母様。あなたの願望を木っ端微塵に粉砕しようと目論む親不孝な娘を許して……。
私が母の控えていたリビング的な部屋を出る時までも、プルトナは諦めずにジタバタしていた。
プルやんもごめんな。今だけでいいから、これから大きなショックを受けるであろうお母様をそのモフみで癒してあげておくれ。
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