聖アリス女学院初等部

【クラティラス・レヴァンタ】悪役令嬢:中の人は腐女子

腐令嬢、決意す


 おかしいとは思っていたんだよねぇ。


 溜息をつくと、教室全体に緊張が走るのを感じた。『聖アリス女学院』初等部五年三組のクラスメイト達は皆、私の一挙手一投足に怯えているのだ。



「あの……クラティラスさん、どこか具合が悪いのですか? 無理せず休んだ方が……」



 冷や汗を浮かべながら、栗毛の巻き髪の……名前何だったかな、覚えてないけどクラスメイトの女の子が恐る恐る進言する。



「大丈夫よ。気にしないで」



 私はそれだけ答え、適当に愛想笑いを返した。このやり取りすんの、もう何回目だよ。面倒臭えな、そろそろ空気読んで黙っとけ。


 普段の私なら、このイライラに任せてどでかい癇癪玉ぶっ放した挙句に、誰かをいたぶるんだろう。でも私は、これまでの私じゃない。


 ずっと自分の行動に違和感があった。


 本当は皆と仲良くしたいのに、攻撃的にならずにはいられなかった。何でも自分が一番じゃなきゃダメ、そのためには他人を蹴落とさねばならないという強迫観念みたいなものに支配されていた。



 そっかぁ……それもこれも、嫌われ者の悪役令嬢っていう土台を作るためだったんだねぇ。つーか、いい感じにその土台はもう仕上がってるみたいけど、どうしたもんかねぇ。



 授業開始のチャイムが鳴り、教室に先生が現れると、私の周りに控えていた取り巻き達も蜘蛛の子散らすように席に戻っていった。


 女学院なので生徒も教師も全員女だ。せめてイケメン教師が一人、いや二人いれば腐妄想も捗るのに。



 そんなわけで退屈な授業時間を打破すべく、私は思い出せる限り、ゲームの内容を軽く整理してみることにした。



 まず私、クラティラス・レヴァンタの現在の地位。トゥロヒア・レヴァンタ一爵の第二子、レヴァンタ一爵令嬢である。


 この世界のお貴族事情をさらっとおさらいすると、何かすげーことをした時なんかに授けられる称号なんてのはなくて、単純に名字プラス爵位で呼ばれる。で、偉い順に上から一爵、二爵、三爵と爵位も大変わかりやすい構造となっているのだ。


 その貴族らは何してるかというと、大体が官僚的なお仕事に就いている。中には庶民達の暮らす一般居住区を治める者もいるけど、この国では彼ら専属の領地というものは存在しない。貴族に限らず、国民が持てる土地はお家と別荘と農場くらいだ。


 一爵っつったら公爵くらいの地位になるのかな? 要するに、レヴァンタ家はお貴族様の中のお貴族様。それもあって、普通ならハブられて当然のワガママなクソガキに、お取り巻きのお皆様は媚び媚びしてくるってわけさ。


 また舞台となるのは、アステリア王国っていう君主制の国。外務卿とかいう多分、外交官……外交官もよく知らないんだけど、多分の多分、国同士仲良くしよーぜ的な仕事をやってるお父様が、議会の連中は揃って頭固くてチョーツマンネとか零してるの聞いたから、恐らく立憲君主制ってやつじゃないかな。社会の時間は殆ど寝てたんで、こっちも自信ないけど。


 ファンタジーらしい国名ではあるものの、生活スタイルとか文化なんかはほぼ現代日本と同じ。


 建物は中世ヨーロッパ風だったり、服装が無駄にドレッシーだったりするけど、基本は私が暮らしてた日本とほとんど変わりない。エアコンあるし冷蔵庫あるし、トイレにゃ温水洗浄機能まであるしな。


 何と、庶民の家にはコタツもあるんだぞ!


 スマホとかパソコンとかテレビとかゲーム機とか、そういうのはないみたいけどね。



 でも、これはしゃーない。


 このゲーム、『乙女にこどももおとなも関係ない! 誰でもキュンキュンできる乙女ゲーム♡』ってコンセプトなんだもん。そのキャッチ通り、小学生の妹達もキャッキャウフフとプレイしてたわけですし。



 つまり、貴族階級やら諸国関係やら政治やら文化やら、そんな小難しいことを理解していなくても気軽に遊べるのが売りってわけ。


 この取っ付きやすさでファンも多かったみたいけど、アンチも多かったらしい。わかるわー、中世ヨーロッパ風の舞台にコタツ置くなんていくら何でも破天荒すぎるっての。



 そんな支離滅裂で滅茶苦茶な世界だが、おかげで生活するにはとても快適だ。


 でも私にとっては、非常に辛い現実も待ち受けていた。



 信じられるか? BLが、ないんだよ……!



 まず、漫画というものが存在しない。物語小説はあるけれど展開されているジャンルが少なく、BLは確立していないのだ。


 一爵令嬢の貴族パワーを駆使して大人向けの書籍も探ってみたものの、男同士の恋愛を取り扱っているものはほんの僅か。

 それも文学的なブロマンスか、アッハンウッフンなエロオンリーかといった両極端な作品ばかりで、私が読んでいたような腐萌えドゥルルルルな作品は発掘できなかった。


 一応、同性愛は禁じられてはないようだけど、大手振ってオープンにカミングアウトできるほどじゃないといった感覚みたい。奇異の目で見る人もいれば寛容な人もいるって感じかな。



 ブロマンスもエロも好きだけどさぁ、もっとこう何か……ねえ?


 ライトだけどヘビーで、苦いけれど甘い、萌えに特化し萌えを追求し萌えが萌え萌えな萌えるBLがほしいんだよ!



 はぁ……楽しいBLゲーがしたいよぅ。切ないBL漫画を読みたいよぅ。尊み溢れるBL小説で滾りたいよぅ。BLエネルギーが枯渇して、萌え餓死しそう……。



 だがこの世界には、そんなもの存在しない。


 となれば、道はただ一つ!



「まあ、クラティラスさん! 何て素敵な絵!」


「この美しい殿方、クラティラスさんが描かれたんですの? お上手ですわ!」


「ああ、何でしょう……燃え上がるような感覚! これがクラティラスさんの仰っていた『萌え』というものなのでございますね!?」



 取り巻きの女子達が、きゃあきゃあと黄色い歓声を上げる。中には演技で仕方なく持ち上げてる奴もいるかもしれないが、そういう奴はいずれ離れていくだろう。


 でも、それでいい。皆にヨイショされるために描いたんじゃないんだから。


 まず私が皆に披露したのは、授業中にこっそり描き上げたイケメンの単体イラスト。

 ここから続けて二人組のイケメンコンビを描き、更には二人の距離を縮め、どんどん密着したものにしていく。


 そして最後までキラキラの眼差しで付いて来れた奴を合格者と認定し、沼に引きずり落とす。


 名付けて『大神おおかみクラティラス式BLふるいがけ大作戦』だ。



 パンがないなら食らえブリオッシュ、BL文化が存在しないなら生み出せばいいのよ!



 画力にはそこそこ自信がある。同人誌も何冊か出したし、これでも一応美大通ってたし。まあ、在学期間一ヶ月足らずで死んじゃいましたけどね。



 この滾るBL熱を消化し昇華し消火するには、自萌自産しかない。でも、それだけじゃ寂しい。


 てなわけで、私は『同志』を募ることにしたのだ。


 やっぱ萌えトークしたいやん? 叶うなら、他の人にも描いてほしいやん? 萌え燃料投下してほしいやん?


 飢え渇いた心を満たすため、私は行動することにしたのだ。たとえ茨の道であっても、だ。



 だって、私は早くに死ぬ。ならばせめて、かりそめの一時でも幸せを感じたい。



 できる限り足掻こうとは思う。けれど、それが潰えた時に絶望を感じずに済むように……なーんてカッコつけた言葉は私に似合わねーな。


 大神おおかみ那央なおと同じく、クラティラス・レヴァンタとしても私は腐リーダムに生きたい、願いはそれだけだ。


 それに、今世で死んだら今度こそBLワールドに生まれ変われるかもしれないし?



 今世が駄目なら来世に期待するのみ。以上!

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