第32話下剋上を狙う俺だが

「今日も暑くなりそうね」




 家の裏手のやや離れた所にある家庭菜園では夏野菜が育ち、太陽を浴びて瑞々しい光沢を放っている。




 メディアレナが水やりをする傍ら、茎を1つ1つ鋏で切り取って重たげに実った野菜を地面に置いた籠に収穫する。




「美味しそう」




 籠の中を覗いた彼女が、タモという赤い野菜を取り出し、盥たらいに張った水の中で軽く洗ってかじりついた。


 水気の多いタモは煮込み料理に使ってもいいが、皮が薄くて甘味があり、そのまま食べても美味い。




 袖の無いワンピースに日除けのショールと帽子を被ったメディアレナが、溢れた汁が顎を伝うのを指で拭き取り、赤い舌で唇を舐める。


 なんかエロいぞ。




「……………………」




 鋏を持つ手を止め、彼女の扇情的な仕草に見入っていた俺だったが、視線に気付いた彼女がもう1つタモを手にした。




「リトも食べる?」


「はい」




 手渡されたタモにかぶりつくと、ジュワッと汁が溢れた。




「………………メディアレナ様」


「ん?」




 手首を滴る汁を舐めながら、彼女が目だけをこちらに向けた。俺はその姿を視界に入れただけで、体の奥底からゾクゾクと震えて堪らなくなる。


 だが、目を奪われているわけにはいかない。




「き、今日、僕と勝負してくれませんか?」


「そういえば最近修行してなかったわね」


「いえ、修行ではなく勝負をして欲しいんです」




 歩み寄り彼女の前に立つと、俺は真っ直ぐに青い瞳を見つめた。あの夜、精霊達に囲まれるメディアレナを見て、俺は自分の気持ちに整理がついた。


 だから、実行に移す。




「僕は魔法石を使用しません。剣だけで、あなたの魔法と勝負がしたい」


「………………リト?」




 真剣な俺の表情にメディアレナは驚いたようだったが、やがて唇の端を上げて、俺を同じだけ真摯に見返した。




「もしリトが勝ったら、望むものでもあるの?」


「はい」


「真剣勝負を挑むぐらいの望みなんて余程のことね。それは何?」




 面白そうに問う彼女から目を逸らさないように、己を奮い立たせる。




「今は言えません。ですが僕が勝ったら、どんなことでも必ず願いを聞くと約束して下さい」


「いいわよ。でも勝負と言うからには私は本気を出す。あなたが怪我をするかもしれない。それでもいいの?」




 睨むように彼女を見据えて頷いた。




「望むところです」




 **************************




 手入れした刃は、銀というよりは薄い黒をして、角度によっては青にも見える。


 在学中、自分の体格や力に合わせて注文して作らせた愛用の剣。これからの身体的成長を見越して長く使用する為にと作らせた為、最初手にした時は重く感じたものだった。


 それが、今とてもしっくりと馴染んでいる。




 美しい刃紋が浮かぶ刀身に、唇を引き結んだ少年が映っている。前世の容姿とは似ても似つかぬ姿で、際立って整っているわけではない自分。


 少しだけ剣が使えて、家事もできる平凡な人間だ。




 だがそんな俺にも譲れないものがある。


 俺は、唯一つの魂をずっと愛している。アリシアを想う深さで、メディアレナを想う。その想いの強さだけは負けない。


 彼女を知って傍らで見続けて、その気持ちは益々深くなっていく、見守るだけでは辛いほどに。




 だから、魔女と弟子の関係に区切りを付けようと思う。




「リト、準備はいい?」




 日の沈むのか遅くなった。


 昼間のうだるような暑さが抜けた夕暮れの野で、魔女は普段と変わらないワンピース姿で、散歩にでもやって来たかのような気軽さだ。


 対して俺は、愛用の剣の切っ先をメディアレナへと向けて構える。




 彼女を傷付けることを恐れて手を抜けば、こちらが痛い目をみるのは修行の過程で身に染みて理解している。


 それに彼女は、本気を出すと俺にはっきりと警告した。警告は、勝負と俺の真剣さに対する誠意の表れだろう。


 だから、いや元より俺は、願いを叶えるために死ぬ気で戦う。




「メディアレナ様、覚悟はいいですか?」




 俺は深呼吸を1つして、地を蹴った。

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