第33話下剋上を狙う俺だが2

 メディアレナが、パチンと指を鳴らした。


 いつの間に仕込まれていたのか、地面に浮かび上がった魔方陣から大量の地下水が噴出し、俺に襲い掛かる。




「ぐ」




 濁流のように激しい水流に足を取られまいと、剣を地面に突き立て両手で柄を掴んで耐える。


 彼女の魔法は威力は強いが持続性はない。最初だけ持ちこたえたらいい。


 押し流されない俺を見て、彼女が指を動かした。


 次第に引いてきていた水流から、水が意思あるもののように飛び上がり俺の顔面を目指す。


 鼻と口を塞ぐつもりなのだと察し、剣を抜くや横手に走る。濡れて重くなった服を気に留める暇はない。追いかけて来る水を振り切りメディアレナを目指す。




「い、っ!」




 突如、足首に鋭い痛みが走るが、止まりかけた体を叱咤して走る。


 続けざまに足を中心に痛みが繰り返し襲うのを無視して前だけを目にする。痛むが足を引きずるほどではない。


 魔法により水が鋭利な刃のように形を変えて、俺の足に傷を作っているのだと理解しているので、ここで立ち止まれば更に痛手を被ることは目に見えていた。




 そうしている間にも、次の魔法を展開させた彼女が俺に放ったのは闇だった。まだ太陽は沈んではいないというのに、俺を覆うように暗闇が囲み、彼女の姿が見えなくなった。




「攻撃魔法の扱いに慣れましたね」




 じんじんと痛む足を感じながら、仕方なく一度立ち止まる。




 以前よりもメディアレナは魔法の調節ができるようになったらしく、次の魔法への切り替えも早くなっている。




「リトも、私の魔法をよく分かっている」




 闇の中から声のした方向へと素早く踏み込むと、後退する足音が聞こえた。音を頼りに追い掛けると、前方から拳大の火が次々と向かってきた。


 こちらからは見えなくても、向こうからは見えている。火が降りかかるのを避けていくと、それの発生する瞬間の明るさで、微かにメディアレナが闇に浮かぶのが見えた。




「…………メディアレナ様、僕を男として見てくれませんか?」




 目を凝らしたまま告げれば、飛んでくる火が途切れた。


 ドクン、と胸の奥が跳ねた。


 言ってしまった、もう後には退けない。




 歯を食い縛り、彼女が見えていた闇の先へと駆け抜けた。闇と夕暮れの境界にメディアレナが立っているのが、ふいに目視できた。




 驚きで目を見開き、俺を凝視していた彼女が、近くまで距離を詰めた俺へと手の指をかざす。


 俺の告げたことに危機感を感じたのか、焦りを滲ませた顔で詠唱を紡ぐ。


 空中に描かれた魔方陣から風が吹き荒れ、俺を吹き飛ばそうとする。咄嗟に地面に伏せて治まるのを待っていたら、彼女の周りを巨大な樹木が守るように立ちはだかる。




「メディアレナ!!」




 やや弱くなった風圧に立ち上がり、再び彼女の元へと走る。


 剣を振りかざして力を込めて樹木を寸断しながら進んだ。


 何度も生えていく木々はキリがない。それを諦めずに切り捨てていくと、木の隙間から僅かに彼女の姿が見えた。




 俺を怯えたように見て、また指を動かして魔方陣を描き出すのを隙間から手を差し込むと彼女の手首を強く掴んだ。




「あ!」




 振りほどこうともがきながら、彼女が空いている方の手で傍の木の幹に魔方陣を描くと、うねうねと枝が生えて葉を付けて伸び、俺の体に巻き付いて動きを封じようとする。




「逃げないで、ちゃんと僕を……俺を見るんだ!」




 木の隙間越しに叫ぶと、メディアレナがびくりとして詠唱を止めた。


 俺には、その止まった間が彼女の本音だと感じた。


 だから迷わずに剣を放すと、彼女のもう片方の手首も捕まえた。




「リ、ト」




 樹木魔法の効力が衰えていく。木々が細くなり、地面へと消えて、俺とメディアレナを隔てていたものが無くなる。


 木々の支えを失い、バランスを崩した彼女が後ろへと倒れかかり、両手首を掴んだままの俺も追うように共に地へ臥した。




「あなたを捕まえた、俺の勝ちだ!」




 言葉に少々ボロが出ても構いやしなかった、もう魔女の弟子では無くなるのだから。




 俺を映す青が細かく揺れている。


 両手首を地面に押し付けて、被さるようにして俺は魔女を見下ろした。




「俺は、あなたの全てが欲しい。それが願いなんだ。その為なら、俺の全てをあなたにあげる」




 だから俺を見て。




 戸惑いと困惑と怯えがメディアレナの瞳に在って、俺はそれを消し去りたくて、手首を掴んでいた手を彼女の頬に移した。




「あなたを、女として見ている…………ずっと愛していたんです」




 唇を震わせたメディアレナが、何かを言葉にしようとするが声にならない。手に触れる頬が、仄かに赤く染まり熱を持つ。




 それを感じただけで、俺の胸は震えた。


 ようやく彼女に俺の言葉が伝わった。




「約束です。直ぐじゃなくてもいい、ゆっくりでいい。だけど必ずいつか俺のものになって」


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