第31話イケナイ薬を吸った俺だが2
ガタン、と椅子から転げるようにして床に手を付き、俺は呻いた。
「うう」
「リト、大丈夫?」
心配そうに近付いて来たメディアレナが、俺の肩に手を伸ばしかけたところを捕まえる。
「きゃ」
「ハアハア、暑い」
彼女の手を掴んだまま半袖のシャツを脱ぎ、インナーも脱いで、自ら上半身裸になった。
「…………リト」
「ハア……メディアレナ様っ」
頭に靄が掛かり、思考が上手く回らない。ただ目の前の標的の、ぷるっとした唇や白い首筋やまろやかな胸や細いくびれや形の良いお尻にばかり目がいって、美味しそうで仕方ない。
「助けて下さい、ハアハア」
「お、落ち着いて、一時的なものだし、匂いを嗅いだぐらいなら飲んだ場合よりも効果は薄いはずよ!」
「これで?」
脱いだ服を掴んだ手に引っ掛け、とろんとした目で見ていたら、テーブルの上にあったペーパーナイフを片手で引き寄せたメディアレナが険しい顔をして呟く。
「直ぐに効果を消すには、傷を作って、そこから血管へと水魔法を送り込んで体内の薬を血と共に流し出せば」
「嫌です、他の方法がいいです、ペーパーナイフは切れ味悪いんでムダに痛いです」
「あ」
ペーパーナイフを彼女の手から難なくもぎ取ると、ずるずると這い距離を詰める。
「た、多分二時間ほどで効果は治まると思うの、それまで耐えられる?」
「ハアハア…………ムリです。取り敢えず脱がせますね」
「ま、待って、気をしっかり」
ガシッと足を掴むと、動揺して下がろうとしたメディアレナが尻餅を付いた。
「し、縛ろっか?」
「…………今はそんな気分じゃありません、このムラムラを発散させて下さい。ご協力お願い申し上げます」
「リト、丁寧過ぎて怖いわ」
ずりずりと尻餅を付いた状態で彼女が後ろへと下がると、俺も同じだけ詰める。
「発散………運動とか?」
「僕が子供だと思って分からないとでも?発散の仕方ぐらい知ってるんですが」
舐めるな元淫魔だぞ、スペシャリストな俺がお前に教えてやる。
「メディアレナ様、どうかお情けを…………」
「わわ」
彼女のふくらはぎに顔を擦り寄せて、たくし上げたスカートから覗いた膝にキスをする。
「リト、おち、落ちつい、あわわ」
「落ち着くのはあなたです、ハアハア…………抱いて下さい」
「おかしい、おかしいから」
しがみついて、ちゅううと足にキスを降らせる俺に、さすがに焦ってきた彼女が何度も首を振る。
「だ、ダメ、私は魔女だけれど、未成年に手を出すような非道はしないわ」
「非道?気持ちいいことするだけです。それに僕から頼んでるんです、同意の上ですから、いいから黙ってさっさと抱いて」
「それでも…………ごめんリト、感覚魔法!」
わたわたと詠唱が紡がれ魔方陣が展開し、ビリビリと最大級の痺れが手足を襲った。
「う、くうう」
のたうつ俺から這って逃げたメディアレナがリビングを突っ切り玄関の方へと向かうのを見たら、切なくて悲しくなってきた。
「メディアレナ様っ」
痺れる足に力を入れて立ち上がり、よたよたと危なげな足取りで追い掛ける。
「行かないで!」
悲痛な叫びに動きを止めた彼女の前に、崩れるように座り込む。
「僕では相手になりませんか?嫌いですか?」
口づけを求めるように、彼女の唇に顔を寄せて問う。
「僕を好きだと言うのなら、ちゃんと……」
「リト」
もういいとばかりにメディアレナが俺を抱き締める。堪らず抱き返して、目の前にあった首筋を舐め上げる。
「あ?!」
「ハア、同情してるんですか、哀れみですか?」
ペロペロと夢中で舐めて、頬に唇を付けてから耳を舌で辿る。
「あなたはヒドイ人だ」
耳たぶに軽く歯を立てると、ふるりと彼女が身を震わせた。
「あ、リト…………ごめんなさい、辛いよね」
胸元のボタンを外しに掛かった俺に抵抗せず、メディアレナは力を抜いて横に目を向けて俯いている。
何も考えられなくて、彼女の足を撫でて太腿まで触れたところで熱い息を吐き出した。
「メディアレナ様、やはり、縛って下さい」
想いも通じあっていないのに、薬でおかしくなって快楽に走ってどうする!
「僕を突き放して、このままじゃあ止まらない」
これでは後悔する。薬のせいだとしても、俺が彼女と築いてきた信頼や絆が霧散する。今の俺の状態では、想いの丈をぶちまかしても、きっと彼女は疑うだろう。
それに、元淫魔の誇りにかけて、媚薬の力を借りるなど屈辱だ。
「自分ではどうすることもできない。だから魔法でも俺に放って下さい」
「…………リトを傷付けることはできない」
俺を抱き締める手に力を込める彼女に、心とは裏腹に、俺の手や唇が求めてしまう。
「メディアレナ様、メディアレナ様、う、ハアハア」
体が火照って苦しい。本能が体を支配していて、押し倒そうと彼女の肩を掴んだ。
「ゆっくり帰っておいで」
「は?」
場違いな言葉が投げ掛けられたと思ったら、メディアレナがいきなり俺を突き飛ばして立ち上がった。
彼女の足が、人間用転送魔方陣の魔法石を踏んでいるのを目にした時には、白い光に包まれていた。
「えええ?」
「夕御飯作って待ってるからね」
襟を合わせて、ホッとした表情の彼女が手を振った。
「あ、ああ…………」
気付いたら麓だった。
俺の先には鬱蒼とした草に覆われた山がそびえていた。初めて来た時には、まだ目視できた山道は誰も通らなかったらしく草木で隠れてしまっていた。
情欲をもて余した体は熱くてうずうずとするのに、標的は遥か彼方だった。
「辛いぞ…………」
そして上は裸だ。茫然自失の俺をヤブ蚊が見つけて、無防備でやたら汗を掻いている体を刺しまくった。
「う、うう」
止めて欲しいとは言ったが………こんなの酷い。
「うおおおおおおーーー!!」
辛いんだか苦しいんだか切ないんだか悲しいんだかヤりたいんだか、もう頭が沸いて俺は叫んだ。叫びながら山道を一心不乱に駆け上がった。
「アアアアアアアア、痒いいいヒドイイイイ」
半泣き、いや泣いていた。
「メディアレナあああああ、覚えてろおおおおおヤってやるううううう」
途中何度か転び、土まみれや汗まみれになりながら、最後は獣の如く四つん這いになって駆け上がった。
「ぜぇぜぇ…………」
頂上に着いたら、家の中からいい匂いが漂ってきた。今夜はシチューだな。
バンッと乱暴に玄関を開けると、メディアレナが台所から顔を出した。
「お帰り、早かったわね」
「……………メディアレナ…………さ、ま?」
恨みが募って、戻ったら遠慮なく頂こうと思ったのに、彼女のいつもと変わらない笑顔にホッコリしてしまった。
「…………媚薬は切れたようね、良かった」
……………山を上ってくる時に運動して叫んで発散して、二時間経ったからな。
俺の落ち着いた様子を見て、彼女が脱いでしまっていたシャツを手渡す。
「結構蚊に刺されてるわね」
上半身と顔を中心に赤くなっているのに気付いた彼女が、また引き出しを探って緑の瓶を手に取った。
「こういう時は痒み止めの軟膏ね。擦り傷は直ぐに治癒できるけれど、蚊に刺された所は痒みを止めてから治癒魔法を掛けた方がいいから」
「そうなんですか」
仕組みがよくわからないが、椅子に座らされた俺は差し出された軟膏を眺めて言った。
「……………塗ってもらっていいですか?」
「ええ、いいわよ」
さっきのことなど忘れてしまったように微笑み、メディアレナは俺の背中に軟膏を塗りつけた。
刺された痕の熱を軟膏が吸い取って、体が次第に冷えて、汗も乾いてしまった。
「……………さっきは…………すみませんでした」
「私の方こそ」
背中を伝う指を感じながら、俺は息をついた。
残念なような安心したような、そしてなんだか苦いような感じだ。
「…………リトは、私が思うよりも子供じゃないのね」
ボソリと背後で呟かれて、それを聞いた俺は少しだけ溜飲が下がる思いで薄く笑った。
「そうですよ、師匠」
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