第30話イケナイ薬を吸った俺だが

 テーブルに溢れた手紙を1つ1つ開封して取り出す。




「面倒だわ」




 俺が封筒から取り出した手紙を、うんざりした表情のメディアレナが順番に目を通す。


 放っておいたら手紙の封を開けずに忘れてしまうので、たまに俺が開封して読まざるをえない環境に導く。


 同じくらいの頻度で小包が届くが、その殆どが彼女への依頼の報酬のお金だったりするので、さすがに彼女もそちらはこまめに開封している。




「これはいつもの美容薬の依頼、こっちもそれも」




 無造作に紙が積み重なる。




「これは水魔法専門魔女達による病院の立ち上げに参加されたし……………丁重に断りの返信をするわ」




 受け取って、返信用の小箱に俺が分けて入れる。




「これは…………ふうん」




 人差し指と中指の間に手紙を挟みピラピラさせながら、メディアレナが不敵な笑みを浮かべた。




「どうしたんですか?」


「これは却下、着火」


「うわ」




 断罪された手紙が、ボッと燃え上がり瞬く間に灰になって消えた。




「何の手紙だったんですか?」




 魔法にもだいぶ慣れた俺は、彼女のいきなりの行動にも驚きからの立ち直りが早くなり、取り敢えず聞いた。




「封筒には業者や得意先の名で誤魔化して送ってきたようだけれど、さっきの手紙はシェルマージ国からのものよ」


「ああ、あの」




 メディアレナやセレーヌの話に何度か出て来た魔法学園のある国の名か。




「もしかして、それは」


「『最強と名高い魔女であるメディアレナに、魔法の発展の為に力を貸して欲しい』…………とのお誘い。こんな怪しい手紙、承諾するはずがないでしょうに。これで6通目、あちらも粘るわね」


「放っておいて大丈夫なのでしょうか、返事ぐらいは書いたほうが良いのでは?」




 他の差出人を偽ったのは、そうしないと彼女の元へ届かないのを知っているからだ。姑息だが、一国の要請を無視して後で面倒なことにならないだろうか。




「ここには届かなかった、だから手紙なんて読んでもいない………そういうことでいいんじゃないかしら」




 ケロリとして、メディアレナがもう一通を冒頭だけ読んで直ぐに消し炭にした。封筒を確かめると、差出人は彼女の実家からのようだった。




「いいんですか?」


「…………………いいの」




 転生して分かったが、人間は精神的に肉親との繋がりは深く離れがたいものだ。例えいがみ合っていたとしても、頭の片隅からどうしても追い払えない、それが肉親だ。


 複雑な肉親への情は、他人が入り込むことはできないものだ。仲直りができたらいいですね、なんて簡単に言ってはいけない。




「メディアレナ様、僕が家族じゃダメですか?」




 そっと彼女の肩に手を置けば、メディアレナは美しい顔を微かに歪めてから、俺の肩に頭を凭れさせた。




「何言ってるの、もうリトは私と家族でしょう」


「はい、そうでした」




 嬉しいのだが、その場合家族位置は弟だったら嫌なので、そこは聞かない。




 彼女の頭の方へ首を傾けてコツンとこめかみを合わせると、恥ずかしそうに小さく笑って、メディアレナは俺に凭れたまま次の手紙を読み始めた。




「…………うーん、死んだ母親を生き返らせて欲しい…………今はまだ難しいわ。もう少し魔法の研究が進めば………」




 メディアレナが甘えてる。可愛い!


 髪から甘くて優しい香りがするぞ。


 髪に赤い花から抽出したエキスを付けると艶が出るとお前は言ってたから、その香りだろうな。




「過去に帰りたい?もしかしたら私なら可能かも………ううん、世界の理を曲げすぎる。サディーン様が許さないわね」




 彼女の髪に顔を埋めたら、香りに包まれてなんか落ち着いてきた。ところでさっきからメディアレナは、遠回しに凄いこと言ってないか?




「次は…………なんだか新しい依頼が多いわ。惚れ薬はありますかですって……………どこだったかな?」


「え?!」




 惚れ薬、だと?!




 凭れていた頭を離して立ち上がったメディアレナが、近くの食器棚の真ん中に備わっている細い引き出しを開けた。




「手順が面倒なので、少しだけしか作ってないのよね」




 桜色の手のひらサイズの硝子瓶を1つ手にして、再び彼女は俺の傍に戻ってきた。




「メディアレナ、様…………惚れ薬なんて物がこの世にあったのですか?」


「一時的な物で持続性は無いの」


「…………なんだ」




 一瞬、これメディアレナに飲ませたら俺の苦労が終わる!と思ったのは気の迷いだ。




 瓶を軽く振って、水音を立てる液体を見ながら、彼女は淡々と説明する。




「それにこれは惚れ薬ではなく、媚薬なの」


「……………………な、んだと?」




 媚薬、び、や、く、だと?!




 驚いて、軽く素で聞き返した俺に「あー、子供のリトに話しても良かったかしら」と前置きした彼女が、テーブルにそれを置いた。




「これを摂取すると、最初に視界に入った異性に発情するの。男女どちらでも摂取してもいい媚薬だけれど、希少な物の割りに需要があって高額で取引されるの。うーん、他に余りはあったっけ?」




 食器棚に歩いて行き、他の引き出しをごそごそと探す彼女の後ろ姿を見てから、テーブルに置いてある瓶を見つめる。




 メディアレナに試したいぞ!!




 一時的でも一線を越えたら、さすがに彼女も俺を異性として見るだろう。うん、俺の体は未熟だが控えめに言って二次性徴期は来ているぞ。ああ、しどけない姿で俺に迫ってきたりしたら、もうマジで俺は……


 いや落ち着け!薬に頼ったりして何の意味がある!俺はそんなことの為に転生して人間になったんじゃない!そもそも媚薬なんていらなくても、その気にさせてこそ男だろう!手紙の奴もおかしいだろ、手紙書いて寄越す暇があるなら、意中の相手を口説いてみろっての!




「…………媚薬なんて」




 言いつつ、興味津々で瓶の蓋を開けてみる。


 それに気付いたメディアレナが、のんびりと注意を促した。




「リト、それは大人のおもちゃのようなものだから、リトは飲んではダメよ」


「大丈夫ですよ」




 大人のおもちゃって。ふん、飲むわけがない。飲むぐらいならお前に飲ませる…………やっぱり飲ませて反応を見たい。




 中を覗くと、液体は蜜色をしてトロッとしていた。


 鼻を瓶口に近付けると、濃厚で酔いそうなぐらい甘ったるい匂いがして、何度か吸い込んだら不思議と落ち着かない気分になってきた。




 背中を向けたまま、メディアレナがまた俺に声を掛けた。




「蓋をそろそろ閉めてくれる?結構匂いもするから危険よ。その媚薬は少量を飲んでも良く効くけれど、匂いを思いっきり吸い込むだけでも効果があるの」


「…………………え」


「体が熱くなって呼吸や脈拍が速くなったら媚薬が効いてきた証拠だから気を付けないと」


「ハアハア…………え?」




「もう瓶はないみたい、やっぱりそれだけみたいね」




 引き出しを確かめたメディアレナが、こちらを向いてビクリと固まった。




「リ、ト?」


「ハアハア、あなたは、僕にこれ以上、ハアハア、どうしろと?」




 もうなんかわざとじゃなかろうか?




 ガッチリと視界にメディアレナを映し、俺は涙目で標的を睨んだ。





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