第19話失恋した俺だが3
日の傾き始めた野に、俺は立っていた。
「夕飯までには帰ってくるのよ」
「あ、はい」
メディアレナがお母さんみたいな台詞を言い、家の中へと戻っていくのを見届けて、俺はセレーヌと対峙した。
「さっさと始めましょう」
鞘に納めたままで剣の柄を握り、押し殺した声で促す。
目の前にいる凛々しい女が、いちいち俺の反応を面白そうに観察しているのが気に食わない。
「レナは、リトを信用してるんだな。リトが戦うっていうのに夕食の仕度とは」
セレーヌは感心したように呟くと、俺に肩を竦めてから片膝を付き、片手を草原に置いた。
「言っておくけれど、私はレナとは違い樹木魔法しか使えないからね」
言ったそばから詠唱を唱えるや、彼女の置いた手を中心とした魔方陣が展開する。
『伸びよ栄えよ、その生命を広げて力を与えん!』
ぶわっ、と草花が伸び巨大化して、その茎が俺を巻き取ろうと向かってきた。
剣を鞘から抜きざまに、それらを切断しながら横に走る。
「攻撃魔法なんて滅多に見ることはないはずだが、驚かないんだね」
数多の手のように背後から忍び寄る草木を、振り向きざまに切り刻む。
「師匠に修行をさせてもらいましたから」
切っても切ってもキリがないのに舌打ちしていたら、足首に草が絡み動きを封じられる。
「このっ」
地面から一気に伸びた花の茎が、左手首にくるりと巻き付いた。
「…………レナは強いけれど、だいぶ抜けてるところがあって心配なんだ」
セレーヌが、ゆっくりと俺に近付いてくる。
「学生時代は水魔法で学内をビショビショにするし、竜巻を起こして屋根を飛ばしたこともあったな。危なっかしい子で、魔法を調節できなかった時は、いつも傍にいて目が放せなかったものだよ」
「それは、今もあまり変わらないかと」
手に巻き付いた茎を切り落としながら答えると、セレーヌは腕を組んで頷いた。
「そうだろう。だから君が傍でレナを見守ってくれるのはありがたいが、足手まといはいらないんだ。弟子を名乗るなら、せめてあの子の盾になってもらわねば」
セレーヌが人差し指を俺に向けたと思ったら、彼女の背後から木の枝が飛び出して来て、俺の肩を枝先が貫こうとする動きに急いで体を捻ってかわす。
「う!」
二の腕を掠めたと思ったら、鋭い痛みを感じた。一瞬気を取られて、続いて這ってきた枝で頬と手の甲に切り傷を作った。
「君がレナを好きだと言うなら、その気持ちに責任を持て。最後までその想いを貫いてごらんよ!」
セレーヌの言葉に、ハッとした。
そうだ、俺は何のために転生した?俺が本当に望んだことは、彼女に愛してもらうことではないだろう。
異様に伸びた草が首を絞め上げる。
呼吸ができなくなり、乾いた呻きが漏れるだけ。
「が、かは」
冷静にこちらを見つめるセレーヌを、ギッと睨み付ける。
こちらを失神させて負かす気か。
握ったままの剣の柄を指で辿ると、メディアレナが埋め込んでくれた魔法石に触れた。装飾のように縦に並んだ色とりどりの石の中から、赤い物を選び強く押し込んだ。
「これは!」
押し込んだ途端に、石を中心に炎が出現した。
驚くセレーヌの目の前で、渦巻いたそれが膨張するように広がり、器用に俺を避けながら植物だけを燃やし尽くす。
自由になった手で剣を両手に持ち直すと、息を整えるよりも先に足を踏み込んだ。
「な?!」
セレーヌが後退するより早く身を屈めて懐に入ると、喉元に剣を突き付けた。
「俺の………僕の勝ちです」
「ああ、リト降参だ」
両手を肩の高さに上げて苦い笑みを浮かべる彼女から、剣を下ろす。
「それはレナが細工したんだね?」
柄を指して問うのに頷き、石を撫でた。
「……………魔力の無い僕では一度しか使えない代物ですが、全ての属性がここに備わってます」
「なるほど」
「反則でしたか?」
「いいや、どんな方法でも勝てたらいい」
炭化した木を踏んで、俺はセレーヌを見据えた。
「約束です。メディアレナ様が誰も受け入れない理由は何ですか?」
「………………聞けば、リトは傷付くと思うよ」
哀れみを含んだ声音に「いいんです」と返す。あんなに刺々しい気持ちだったのに、今は凪いでいる。
わかっていたはずなのに、セレーヌに言われるまで忘れていた。
「僕は、あの人を愛していたいだけなんです。できれば寄り添って守って支えて、死ぬまで見守っていたい…………それだけ」
前世で息絶える彼女を目の当たりにした俺が、心から望んだのは自分の欲ではなかった。
「愛されようなんて望まない。ただ傍にいたい。あの人に少しでも幸せを与えたい」
「……………リト」
「だから僕は、あの人をもっと知りたいんです」
セレーヌが、俺を見つめたまま顔を歪ませた。
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「リト!」
家に戻ると、メディアレナが駆け寄って心配そうに俺の傷に目をやった。
「怪我してる」
腕の傷に、彼女の指先が触れるかどうかの近さで治癒の魔方陣を描く。
「……………平気です」
少し屈んだ彼女の髪越しに、夕食の準備が全くできていない台所が見えた。
「レナ、君の弟子は強いな。私は負けてしまった」
「そうでしょう」
セレーヌも同じように台所の様子に気付くと腕を捲った。
「私が作るとしよう」
ふふ、と含み笑いをしながら台所へと消えていくセレーヌを気にも止めず、メディアレナが俺の頬に手を添えた。
「よく頑張ったのね」
「はい」
「……………心配しちゃった」
ポツリと漏らした言葉に、頬に添えられた手に自分の手を重ねてみた。
「…………………メディアレナ様」
セレーヌの言葉が、俺の心に重くのし掛かる。それでも、この想いを大切にしなければ、俺の生きる意味がないんだ。
『レナはね、深く愛した恋人を亡くしたんだよ。そして今も彼を愛したままなんだ。誰のものにもならないのは、レナの心が彼に奪われたままだからだよ』
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