第18話失恋した俺だが2

「どういうことですか?それは誰が?!」


「セレーヌ、余計なことを言わないで」




 つい声を大きくしたら、台所から茶器の盆を手に彼女が戻ってきた。




「余計なことだと?弟子が知らなくてどうするのだ」


「別に今に始まったことではないでしょう。わざわざそれを伝えに来たの?」




 カップに注がれた橙色の茶を眺めつつ、セレーヌは頷いた。




「警告しにきた。第二王子が国王崩御に伴い王位に就いた」


「へえ、そうなの。やはり気の弱い兄王子様は位を譲られたのね」


「世捨て魔女は、やはり知らなかったか。新聞ぐらい読みなよ」




 第二王子?


 メディアレナが話してくれたシェルマージ国のイサルと言う王子のことか。




「世間のことには興味が無いの。でもそれとどう繋がるの?」




 うんざりと言った感じで一口チョコをかじる彼女に、セレーヌも茶を飲んで億劫そうに息を吐いた。




「………その王子が国王になった権力で、メディアレナ様を本気で捕えようとしているということですか?」




 俺が問うと、聞いていたメディアレナが「まさか、まだ諦めてないの」と顔をしかめた。




「そんなところかな。第二王子は学園を三年前に卒業した元生徒で、私はシェルマージの魔法学園の教師をしているからな。彼と懇意にしている学長を通して聞いた話だから確かだと思う。それにイサル陛下はレナの所在を調べている。私も問われたが口は割らなかったぞ」




「そう、迷惑をかけたわね」


「尾行は撒いた」


「ありがとう。でもきっともう知られているわね」




 チョコをかじるセレーヌに、彼女は苦笑した。




 俺もメディアレナを探し出すのは大変苦労した。


 騎士学園に在籍していた頃から時間を見つけては噂を頼りに調べ、数年かけて麓の街に行き着いて、街の人の話からこの家を知ったのだ。




「一旦ここを離れるか?匿う場所ぐらい用意するぞ?」


「いいの。セレーヌに迷惑は掛けられないし、ここが安全でないなら、どこへ行っても変わらないわ」


「そうか」




 落ち着いた様子でお茶を飲む彼女は、俺が見ていることに気付くと笑顔を向けた。




「リトは大丈夫よ。私が手出しさせないわ」


「あなたが心配なんです」




 俺のことなど………なぜ自分の身を案じない?!




「平気よ。万一捕まっても殺すつもりはないでしょう。まあ最悪、私の魔法や研究が他国侵略の道具に使用されたり、金儲けに悪用されたりするだけでしょう」




 のんびりした態度の彼女に、セレーヌが「他人事みたいだな」と呆れた顔をする。




「レナは昔から他人の好意に疎いな。本当にイサル陛下がそれだけの為にレナを欲しがるか?最後に会ってから3年も経っているのに、彼が執念深くレナを探す理由が何だと思う?」




 嫌な話に胸焼けがしていたら、メディアレナはコテンと首を傾げた。そうだな、お前は俺の気持ちにも気付かないんだ。分かるわけがない。




「イサル陛下は学生時代からレナに気があった。もし捕まった場合の最悪は、彼の王妃にさせられて体を弄ばれて孕まさせるコースを考えねばな」


「ええ?」


「そんなのダメだ!!」




 頭に血が上って椅子を蹴って立ち上がった俺を、セレーヌは予想通りと言わんばかりに唇を上げて見上げた。




「魔女と魔法を使う王との間の子なら、魔法の素質が期待できるかもな」


「やめろ、やめろ!」




「リト、落ち着いて」




 我を忘れる俺を前にしても、メディアレナは静かに茶を飲んでいる。




「そんなことにはならないわ。私は誰のものにもならないのだから」


「…………っ、メディアレナ、さま」




 また一つ心に微細な傷を与えられ、俺は彼女を睨み、背中を向けて外へと出て行った。




 春の終わりに咲く、白くて丸っこい花弁の花達の野を歩き、以前ピクニックをした辺りに膝を立てて座る。




 片手の手のひらを見つめて、拳にするや地を叩いた。




「なぜだ?!」




 人間になることを望んだのに、今はこの体が恨めしい。


 前世の俺を愛してくれた彼女なら、姿形が違っても、記憶が無くても再び愛してくれると信じていたのに。




 俺ではダメなのか?


 闇の精霊が人を愛するなど、やはり何かの誤りだったのか。




「俺はどうしたら…………」




 この世に生まれた存在意義を失ったら、どうしたらいいのか。




 後ろから近付く気配に、膝を抱えて俯く。こんな顔、誰にも見せられない。




「リト、さっきの質問に答えてないな」


「……………一人にしてもらえませんか」




 セレーヌが構わず俺の隣に座るのに、苛立って唇を噛み締める。




「メディアレナが好きなのか、リトはまだ答えていないぞ」


「………………ええ、そうですが」




 ふっ、と笑う気配がした。




「レナの髪に可愛い髪飾りが付いてた。彼女はそんな物に頓着しないから、君が贈ったものなんだろう?」


「はい」




 デートの時に、メディアレナの仕事の用事を待っている間にこっそり買った物だ。


 次の日の朝、彼女の長い髪を編んだ時に付けてあげたら、気付いた彼女が少し恥ずかしそうに微笑んで「嬉しい」と言ってくれた。


 あの笑顔が、とても可愛くて………ああ、胸が苦しい。




「好きというより、愛してるんだね?」


「愛して…………いますよ」




 ぐっと目を瞑って、半ば投げ遣りに返したら、背中をポンポンと叩かれた。




「君は本気なんだね」


「…………………………………」


「そうか」




 同情されているのを声音で感じ、膝を抱える手で片方の袖を握り締めた。




「………………なぜメディアレナ様は、誰とも結婚したくないのでしょうか?」


「理由、知っているよ」




 呆気なく返された言葉に、思わずセレーヌに顔を向けたら目が合った。




「知りたい?」


「はい、知りたいです」




 食いつき気味に応えれば、立ち上がった彼女が俺を見下ろした。




「知りたいなら、私と戦って勝ってからだ。君の本気を見せてみなさい」










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