第15話修行させられる俺だが
「修行?」
箒で床を掃いていた俺は、手を止めると彼女の方を向いた。
「そうよ。あなたは魔女の弟子でしょう?弟子らしく修行をしましょう」
デートから数日。日々の生活にも慣れてきた俺が、いつものようにリビングを掃除をしていたら、メディアレナにそう告げられた。
「ありがたいのですが、俺には魔法の素質は無いんですよ」
「だからよ」
俺の空いている方の手に、彼女が魔法石を数個握らせる。
「何です?」
「火に水、風、雷、木、それに闇と時。それぞれの力を込めている魔法石よ。一度きりしか使えないけれど、練習すればリトにも扱える」
親指大の石が手のひらでチャキチャキと石同士ぶつかり合って軽い音を出す。
「今度リトの剣を細工させてもらえたら、面白いこともできるんだけれど」
口元に拳を持っていって考え出す彼女を眺めていたら、彼女なりの気遣いだと思い至った。
街に行った時に、名ばかりの弟子であることを軽んじられた。修行をつけることで、俺が堂々と弟子を名乗れるようにとの配慮だろう。
「僕の為にありがとうございます、師匠」
「否定はしないけれど、これは私の為でもあるのよ」
メディアレナの括っていない長い髪が、するりと肩を流れる。
「リト、私を守るには魔法に対処できなくてはダメよ」
「あ……そうでした」
のんびり生活に浸っていた為に失念していた。相手が普通の人間ではなく、もしも魔法を扱える者だった場合、剣術だけでは防ぎきれないかもしれないのだ。魔女である彼女だからこそ、余計に注意しなければならないことだ。
これは自分から願い出なければならなかったことだ。
迂闊さに歯噛みしながら、箒を床に置くと彼女の前で膝を付いた。
「師匠、どうか僕に修行をつけて下さい」
「………ええ」
見上げる俺に戸惑ったようで、彼女もちょこんと座りこむと苦笑した。
「そんな畏まらなくてもいいのに。私の攻撃魔法の練習も兼ねるからよろしくね」
「あ、はい。それはもちろ………」
……………待て、何か背筋を冷たいものが流れたぞ。
「師匠、攻撃魔法は苦手だと以前言いましたよね?」
「うん、だからね。死ぬ気で向かってきて」
薄く笑っているが、目が本気だ。今、冗談に聞こえなかったぞ。
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それから毎朝、俺はメディアレナに剣を向けた。
剣の代わりに木の棒にしようとしたら、燃えるから使えないと言われたので仕方なくだ。
無防備に佇む彼女に切っ先を向けるのは、堪らなく悪いことをしているようで苦しかった………そう感じたのは最初だけだった。
俺に修行をさせるということは、ずっといていいと言われたようで嬉しかったのだが、それにしても……
「あっつ!!アチチチチ!」
髪の毛の先から煙を出す俺に、あたふたしながらメディアレナが水魔法をぶっかけた。慌てるお前、可愛いなと思う余裕があったのはそこまで。
ジュッと音を立てて火は消えたが、代わりにまとわりつく水に気道を塞がれ呼吸ができなくなった。
感覚魔法が目的の身体の箇所に魔方陣を描いて発動させるのとは違い、攻撃魔法は目標物の全体に大まかに発動させるので触れなくてもいいらしい。
だが、何度も魔法をくらって理解したことは、メディアレナの攻撃魔法は力が大きすぎて加減が難しく、魔法を強中弱で表すなら強しか使えないということだった。
まあそもそも魔法を攻撃として扱えるほどに魔力量が大きい魔女は、彼女ぐらいしか俺は知らないが……………他にいたとしても知らずに逝くかもしれない。
うん、今日は殊更ヤバい。
「リト!」
「…………………ぐ」
呼吸がままならず、喉を押さえて地面に蹲る。
山の頂上辺りの野原で、片想い中の魔女にやられて溺死とか冗談だろ。しかも髪焦げてるんだぞ。
彼女が悲鳴のような声音で俺を呼ぶが応えることもできずにいると、ザバアと水音を立てて、今度は身体中にまとわりついていた水と気道を塞いでいたものが風に一瞬で飛ばされていった。
窒息しかけて意識が遠のいていた俺は、目を瞑って倒れたままで酸素を取り込もうと口を大きく開けた。
「は、んっ、ふう?!!」
吸い込む前に、息を吸い込まされた。
口を塞がれる感触に驚いて、カッと目を開けば、懸命に口移しで酸素を与えようとするメディアレナの泣きそうな顔が間近にあった。
「ふうううっ」
「ん、んん」
心配してくれているのだろう。震える吐息が注ぎ込まれて、俺は投げ出した手をさ迷わせた先で、焦げた花を握り締めた。
何これ!もう苦しいんだか嬉しいんだか、いや絶対嬉しい!
肺の中まで彼女の息吹に満たされて、言い知れない幸福感で目頭が熱くなる。
ああ、お前生きているんだな。唇が柔らかいぞ。
「リト、しっかりして!」
「…………息、してますから」
唇を放し俺を見下ろす彼女に息も絶え絶えに応え、俺は火照った顔を片手で隠した。
例え彼女には救命の為の口づけだったとしても、心の準備も無かった俺には強烈な刺激だった。
安心したのか、微かに目を潤ませた彼女が俺の髪を撫でた。初めて見る彼女の頼りない表情を、指の間から眺めて堪能する。
「ごめんなさい」
「…………大丈夫、です」
死にかけたところまでは最悪だったが、その後は天にも昇る心地だった。いや心地だけだ、昇ったらダメだ。
「少しずつ、慣らしていきましょう………ね?」
気負わないように明るく言えば、メディアレナが申し訳なさそうに頷いた。
「ありがとう、今度は気を付けるわ。でもまず、取り敢えず髪………切ろうか?」
「え」
「焦げて、縮れてるわ」
忘れてた!
「うう………」
俺は両手で顔を完全に隠して呻いた。
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