第14話デートに行く俺だが3
街のメインストリートといったところだろうか。彼女に連れられて、そこに立ち並ぶ服屋を回り、俺は数着服を購入した。
俺は中肉中背。剣を扱う身なので、肩や腕、背中は一般の子供よりは引き締まってはいると思う。半袖のシャツ一枚になって試着していたら、メディアレナが後ろから観察するかのように俺を見ていたのだが、視線を熱く感じたのは………まあ気のせいか。分かっている、俺は子供の体だ。自惚れることはない。
その後夕食に立ち寄った所は、川沿いに立つ二階建てのレストランだった。二階の個室に案内されると、大きな窓から川岸に小さなランプが配置されて夕闇を美しく彩っているのが見えた。
個室の中自体も数ヶ所蝋燭が灯されて、向かいに座るメディアレナの顔と手元は見えているが辺りは薄暗く、外の灯りに揺れる川面が逆に視認できた。
「いい雰囲気のお店でしょう?」
「はい………デート、みたいです」
外見が子供だと内面も子供化するのか初々しく照れる俺に、デートを否定も肯定もせずに、彼女は窓の外へと視線を送る。
根菜のスープを飲み終えメインを待つ間、俺達は外を見ていた。心地よい沈黙に、今だけでも彼女と気持ちが近くなったように思えてしまう。
闇の深青に灯火の淡い光が浮かぶメディアレナの瞳に、何もかもさらけ出してしまいたくなる。
「…………メディアレナ様は、いつからあそこで暮らしているんですか?」
大体の経歴は把握しているが、今なら踏み込んだ質問も許される雰囲気を感じ問うてみた。
すると彼女は、顔を窓へと向けたままで目線だけを僅かに俺へと移した。
「魔法学園を卒業してから直ぐよ。学園のあるシェルマージ王国から王宮魔法師としての打診があったのだけれど、私は自由に研究したかったし、誰かの下に付くつもりは更々無かったの。でも断ったら雲行きが悪くなって、逃げて来ちゃった」
「雲行きが悪くなってとは?」
確かその頃には彼女は既に有名で、論文を元に開発した化粧品で収入もあったはずだ。国に仕えなくても、一人でやっていける余裕は十分にあったのだ。
「王宮魔法師が嫌なら、シェルマージ王国の第二王子の妃になれと言われたの」
「な…………え?!」
妃、だと?!
初めて聞いたことに愕然となる俺を気に止めず、メディアレナは淡々と語った。
「抑えて上手く隠していたつもりだったのだけれど、第二王子は私の魔法の力が大きいことを知っていた。だから私を様々な目的に利用しようとしたらしいの」
「…………妃にしようとしたのは、そういった名分で手元に置いていれば利用しやすいから、ですか?」
「恐らくは」
本当にそれだけなのか?
「第二王子であるイサル殿下は、男性ながら火の精霊に愛され魔法が使えたので、魔法学園に在籍していたの。確か私より二つほど年下だったと記憶しているけれど、学園内で何度か見かけて挨拶程度は交わしたはずよ。物静かで、でも冷たい印象の方だったわ」
「………………………」
「窮屈な王宮生活も殿下も御免だったから、包囲される前に逃げ出して、あんな辺鄙な場所に住んでいる」
メインディッシュの肉料理が運ばれ、彼女が美味しそうに頬張るのを複雑な思いで見つめた。
「……………メディアレナ様、御両親はこのことをどう思われて?」
「さあ」
穏やかな表情を崩すことなく、彼女は目蓋を伏せた。
「母は3歳の時に亡くなったから、私が魔法を使えることさえ知らなかったはずよ。父は私が魔法学園に入る10歳まで一緒に暮らしていたけれど、あまり私に関心を寄せる人ではなかった」
彼女は赤ワインを一口飲み、「私は伯爵家の庶子だったから」と付け加えた。
それは知っていたが、庶子でも貴族。第二王子の妃でも不都合は無かったのだろう。だが妃とは、危なかった。彼女が道を誤っていれば、俺の手の届かないところにいたかもしれない。
「…………ではきっと、お父様はメディアレナ様が凄い魔女になって今頃驚いていらっしゃるでしょうね」
「そうね」
慰めを含めた言葉に、彼女が愉快そうに笑った。
「何度か父から手紙は届いたけれど、最初の手紙がお金の話だったから、後は読まずに焼いちゃったから知らないけれど」
「メディアレナ様………」
彼女の指が、悪戯に俺の頬をつついた。
「そんな顔しないで。血の繋がりが何だと言うの、私はそれよりも大切なことを知っているわ」
「大切なこと?」
「人を大事に思う気持ちに血は関係ないわ。もし今、父とリトが同時に崖から落ちかけたとしたら、私は迷わずリトの手を取る」
思わず、頬をつついている指を捕まえた。
「嬉しい、です」
両手で指を包んで、自分の額を擦り付けるようにするのが精一杯。どうしてこれ以上求められる?
「リトのご両親はどう?」
「とても………優しくて良い両親です。僕があなたの元へ行く時も、僕の意思を大切にしてくれて快く送ってくれました」
「そう、それは良かった。また挨拶したいわ」
淡い灯りの中に浮かぶ微笑みは、どこか幻想的で儚い。
俺の手のひらから離れた指が、赤いベリーを唇に運ぶのを見つめて、慎重に問うた。
「メディアレナ様、淋しくはないですか?」
仄かな暗闇は、前世の俺には居心地の良いものだ。魂の記憶を引き継ぐ今の俺にも落ち着ける闇は、彼女にはどう映るのだろう。
「夜景を見ながら、美味しいものを食べて、仕事も楽しく、明日の生活にも困らない。何より私には可愛い弟子がいる。そんな私が淋しいと思う?」
深い青が闇を吸い込むように煌めいている。ただただ潔く美しい宝石に、言葉を失い見とれた。
「……………足りないものは一つだけで」
「え?」
思い出したかのように、窓の外に目を向けたメディアレナは「何でもないわ」と呟いた。
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