第13話デートに行く俺だが2

「メディアレナさん、久し振りだね」


「こんにちは、新しいの入荷してる?」




 自身が作った化粧品を卸している薬問屋に顔を出した彼女に、髭を蓄えた店主らしき男が歩み寄る。




「コムの実なんかどうだい?肌に潤いを与える成分があるから、リヴィンの実よりも水魔法と合わせたら良い化粧水が作れないかね?」


「うーん、コムは水魔法と溶け込みにくくて扱いにくいわね。薬草以外に貝殻や真珠などが相性がいいみたいだから試してみたいの、用意できるかしら?」


「へえ、そんなものがね。新商品ができるなら、こちらとしてもありがたい。揃えられるか聞いてみよう」


「詳しい材料と個数の注文書は、また転送魔方陣で送るわ」




 デートは?




 俺はメディアレナと店主のやり取りを、店先に佇み聞いていた。


 ああ分かっている、デートは冗談みたいなものなんだな。


 別に、キャッキャッウフフなデートなんて期待してはいない。メディアレナと並んで歩いても恋人同士には見えないものな。




「リト、待たせちゃってごめんなさい」


「いえ、平気ですよ」




 街といっても、山の麓の田舎だ。行き交う人は、ひしめくほどでもなく皆のんびりとした感じで歩いている。


 メディアレナは、グレーのブラウスに紫のスカートに着替えていて片方の肩に鞄を横掛けしている。く、可愛いぞ。




 そうだよな、魔女だからってローブやフード被っているわけないよな。そんな格好してたら目立つものな。


 だが、それでも出くわす男達の視線が彼女に集中している。


 魔女とか関係なく、メディアレナは美人で結局目立つのだ。




 俺は、その視線から庇うように彼女の一歩前を歩いていた。むやみにジロジロと見やがって。俺がいない間、彼女は一体どうやって一人で街を歩いていたんだ?




「次の用事はどこですか?」


「そうね………仕事の用事は済んだわ」




 魔法石を納品したり、魔方陣のメンテナンス、魔法の実験器具を注文したり、薬問屋には材料の相談と何軒も回った。


 手伝いをする程度の俺には、彼女の仕事は、よく分からないことが多い。




「メディアレナさん?」




 向かいから歩いてきた若い男が、彼女を見て親しげに声を掛けてきた。誰だ?


 腰にベルトで帯びた剣の柄に、さりげなく手を掛けようとしたら、その手を制止するようにメディアレナの手が握った。




「ししょ……」




 ドキドキしながら彼女を見るが、メディアレナは男を見たまま考えるように小首を傾げている。




「あなたは確か、本屋の魔法書籍担当の……」


「そうです、覚えていてくれたのですね!あなたと直接会うのは久し振りです。よく贔屓にしてもらってありがとうございます。ああ、ここで会えて良かった」




 メディアレナは、名前は知らないようだぞ?


 嬉しそうな顔をして彼女を見つめていた男だったが、手を握り合っている俺に視線を移すと、訝しげに眉をひそめた。




「君は誰だい?」


「…………メディアレナ様の弟子です」




 ムスッとして答えると、男が驚いた顔をする。




「弟子……男の弟子?君に魔法が扱えるのかい?」


「いいえ、弟子を名乗らせてもらっている………だけです」




 つい言葉尻を濁す。『弟子』は彼女の計らいで名乗らせてもらっているに過ぎない。




「もしかして一緒に住んでいるのかい?魔法を使える資質は無いようだが?」




 男の咎めるような口調に嫉妬らしきものを感じ、目に力を込めて睨み上げる。こんなことでたじろいでいるほど弱い意思ではない。




「そうです。それでも」


「リトは私の大事な弟子よ。侮辱することは私が許さないわ」




 握った手を引いたメディアレナが、ふいに俺の頭を抱き寄せた。




「用がないなら、失礼します。今日は私の大事な弟子と、これからデートなので」


「あ、師匠、う」




 そう言ってくれて嬉しいが、それよりも俺の頬に胸が当たっているぞ。このナリで良かった。




「弟子なんですね、分かりました。メディアレナさん、面白い魔法書籍があるので良かったら家に来ませんか?お手間は取らせませんよ」


「そうなの?」




 こいつ、なかなかしぶといな!


 メディアレナが、興味をそそられたのか迷っているぞ。




「ね、弟子の君。メディアレナさんと少し話がしたいから、君はここらでお菓子でも買ったりして遊んでいてくれないか?」




 男が、にこやかに小銭を渡そうとするものだから腹が立つより呆れてしまった。


 バカめ、菓子と小遣いで釣られるガキじゃないぞ。


 ふっ、と鼻で嗤ってやると、男が目を丸くする。




「師匠」


「あら?」




 ガシッと彼女の腕を引っ張り、男を無視して早足で脇をすり抜ける。一度男を振り返ったメディアレナだったが、それからは俺に引っ張られるがままに付いてきた。




 諦めたのか男はそれ以上追っては来なくて、姿が見えなくなってかなり経ってから、俺は彼女を建物の壁に押しやった。




「メディアレナ様」


「なあに?」


「警戒心って知ってます?」




 彼女の顔の横に両手をつき厳しく見つめると、意外にもシュンと身を縮こまらせた……可愛いな!




「気を付けてたけれど……ダメだった?」


「隙が有りすぎです」


「そっか………この前はスリに合っちゃったし、その前は知らない人にお酒をご馳走されて怪しい宿に連れ込まれちゃうし、その前の前は刃物をちらつかされて、これまでの開発した化粧品の収入権利を渡せとか脅されたり」




 宿に連れ込まれた、だと!




「ちょ、宿に連れ込まれてどうなったんですか!?そこんとこ詳しく!」


「ふふ、私は魔女よ。裸にひんむいて外へ転がしてやったわ。あとの人は………想像に任すわ」




 予想以上に物騒な目に合って来ているようだな。そういえば家に悪意のある奴を来させないようにトラップを仕掛けていると言っていた。


 メディアレナが真実、美魔女なばかりに。




「………いいですか、さっきの魔法書籍とかお酒とか、あなたにとって美味しい話を持ち出す奴に簡単に靡いちゃいけません」


「はい」




 ところで素直に項垂れる彼女の顔が、凄く近いのだが。俺に叱られて微かに歪めた唇のぷるんとした質感に、俺はつい目がいってしまう。俺の腕の間に閉じ込めているんだ、このまま好きにしてもいいだろうか。いや、さっきの彼女の話を聞いていないのか俺!裸にひんむかれるのは此処では嫌だ!




「…………う、はっきり目的も分からず好意を振り撒いて近付く奴には気を付けて下さいよ。気を許した途端に酷い目に合うかもしれないんですから」




 ぱちくりと瞬きした彼女が、クスクスと笑いだした。




「まるでリトのことみたい」


「あ……」




 唇を狙っていたのを見透かされたみたいで、動揺して視線を逸らしてしまった。




「…………メディアレナ様………僕は」


「冗談よ、リトは信じてるから」




 イタズラっぽく笑う顔が俺を覗きこむ。




「ねえ、さっきみたいなことがあったら、また私を守ってくれる?」


「勿論です」




 それだけは彼女の瞳を見て言えば、壁についていた手に触れてくるので、今度は俺から彼女の手を繋いだ。




「これからはリトがいるから心強いわ。さあ仕事は終わったから本当にデートしましょう」




 本当に?


 子供の姿の俺に、そんなことを言うものだから切なくなってきた。メディアレナは優しすぎる。


「まるでリトみたい」と彼女は言ったが、あながち嘘ではない。俺は彼女の優しさにつけこみ傍にいるのだから。




 そして傍にいるだけでは満足せず、いつか彼女の大切なものを奪う気だ。


 必ず、そう……彼女の心を。




 繋いだ手に少しだけ力を込める。メディアレナは、気にする様子もなく前を見据えていた。








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