第12話デートに行く俺だが

 小さな鉢に乾燥させた薬草の葉を入れたものを、すりこぎで潰して粉末にする作業を終え、それらを小袋に少量ずつ分けて詰める。


 手を動かしながら、向かいに座るメディアレナを窺い見る。




 一昨日、転送魔方陣から魔法石の製造を担う小売業からの依頼と共に大量の石が届き、彼女はそれに魔法を込める作業をひたすらしている。




「いくらなんでも納期短すぎやしませんか、師匠には他にも仕事があるのに」


「いいのよ、この程度たいしたことはないし、ここの業者は、かなり高額で買い取りしてくれるの。それに納期が長いと私よく忘れちゃうしね」




 魔法石に指を置き、火や水、風などの魔法を次々に入れていく。手元を見ながら話す彼女は短期集中型なのか、それを楽しんでいるフシがある。


 相手も、それを把握しているのだろう。




「…………………………」




 彼女が集中しているのをいいことに、立ち上がった俺は素早い動作で彼女の背後に忍び寄った。




「メディアレナ様」




 上体を屈めて両手で彼女の肩をそろそろと抱く。編み込んで片側で纏めた髪に鼻先を寄せると、それだけで多幸感でうっとりする。うなじを唇で辿ろうと寄せたら、急に顔を傾けて避けられる。




「リト、石が見えにくいわ」


「…………はい」


「肩は凝ってないから、ありがとう」


「………はい、ごめんなさい」




 俺がマッサージすると思ったのか?肩凝ってますね、師匠って?クソ、外見と違って色気の無い頭してるな!




 肩を落として、定位置に戻り作業を再開する。




 一週間前コルネが去った時、メディアレナは嫉妬したと自ら告白して俺を抱き締めた。驚きと喜びに呆然としていた俺は、ろくに返事も行動も返せなかったのだ。




 だが彼女が嫉妬するほどには俺に気があるのを知り、純粋な少年の化けの皮を少々外して、こうして隙あるごとにアタックを試みるようになった。




 しかし全くメディアレナが動じない。攻めているのに、まるで空気を掴もうとするかのように手応えがない。


 昔の俺が見たら、さぞかし嘆くことだろう。いやお前は昔からそういう女だったな。




 どうやら嫉妬は嫉妬でも、彼女は『弟分の俺を取られそうになった嫉妬』を感じたのだと……うん、分かってしまったさ。




 俺が、彼女と同じくらいの年齢のイケメンだったら違ったのだろうか。それとも彼女に抱き締められた時に、秒速で反応して押し倒して唇の一つでも奪っておけば、男として見てくれただろうか。




 涼しい顔で仕事をこなす彼女が憎らしい。俺のこの気持ちを彼女に埋め込んで、同じように欲しがって苦しんだらいいのに。まあこういう思いは、昔から彼女に感じていたことだがな。




「ねえリト、これがもうすぐ終わるから、そうしたら納品ついでに街に買い物しに行かない?」




 視線に気付いて顔を上げたメディアレナが、頬杖をついて微笑んだ。




「お店に設置した転送魔方陣のメンテナンスもしたいし、リトも服とか買い足したいでしょう?そういうのは、直接見ないと分からないし試着もしないとね」


「……………まあそうですね。助かりますが」




 不機嫌を隠すことができずにツンツンして応えても、彼女は微笑んだままだ。




「リトと初めてのデートね。ディナーはオススメの所に案内するわ、奮発するから楽しみにしててね」


「デ……」




 デートだと?




「それからこれ」




 スマートに差し出された封筒の中には、札束と硬貨がそれなりの厚さと重さを主張していた。




「これは?」


「少し早いけれどお給料よ。買いたい物があれば、これを使って」




 さらりと言われて、唖然とする。


 給料、だと?




「ぼ、僕何もしていません。こんなにもらうわけには」




 俺は金など要求する気は更々ない。要求するなら物ではなく、目の前にいる綺麗なお姉さんを所望するぞ。あ、でもそれなら魔女の弟子は職業ではないということか、無職はいかんな。




 封筒を抱えて頭をブンブン振れば、彼女は可笑しそうに首を傾げた。




「なぜ?魔法の実験体になってもらっているし、薬草の採取や精製もしてくれて、得意先への取引も転送魔方陣でやり取りしてもらっているし、何より家事をしてくれているわ。当然給料が発生することよ」


「仕事の手伝いはともかく、家事なんてどこの家でもやっていることじゃないですか」




「おかしいと思わない?家事だって立派な仕事よ?」


「え」




 身を乗りだしたメディアレナの目は笑っていない。真剣そのものだ。




「いい?家事に金銭が発生しないほうがおかしいのよ。まだまだ専業主婦として女性が家事をする家庭は多いけれど、それを当たり前だと思わないで欲しいわ。掃除洗濯に三度の食事作り、その上育児なんてしてごらんなさい、1日なんてあっという間でヘトヘト。それなのに家にいるんだからできて当たり前みたいなこと言われて、今夜の夕飯旨くないとかダメ出しされてみなさいな。しかもただ働き!全世界の専業主婦の皆様の苦労に、国は賃金を払うべきだわ」




「メディアレナ様、ぼ、僕は夕飯に文句は言いませんよ?賃金は、国の財源のどこから捻出すれば……」




 なにか……嫌な思いをしたのか、主に家事で?




「だから、我が家では家事をする人には給料を出します!」


「メディアレナ様…………す、好き」




 男前だな!


 くびれた腰に手を当て、口角を上げる彼女に惚れそう………惚れてるけど。


 お婿に行きたいぞ。




 さっきまで恨みがましい気分だったのに、すっかり毒気が抜けてしまった。


 さすがは真の魔女メディアレナ。




「ありがとうございます、じゃあ遠慮なく頂いておきます」




 お前に髪飾りを贈ろうか。




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