第16話やっぱり実験体の俺だが

 俺は白く塗り固められた天井を虚ろに見ていた。




「………………師匠、今度の実験はどんなことをするのですか?」




 不安げに問うが、傍に立ってノートに何か書き出しているメディアレナは「うーん、少し気になることがあって」と、はっきり教えてくれない。




 実験体になるのは一ヶ月ぶり。




 メディアレナは、地下の実験室を日中はあまり使わない。いつ使用しているのかと思ったら、どうも俺が眠っている深夜に使用しているらしい。夜中に水を飲みに一階に下りた時に、地下から漏れる灯りで知ったのだ。


 邪魔されたくないようなので、勝手に実験室に入ることはしない。




 感覚魔法の実験では壁に立たされていた俺だが、今回はより快適に行えるようにとの配慮により、俺は新しく用意された簡易寝台に寝かされている。


 彼女の配慮も何のその。壁に立たされていた時よりも、なぜか緊張感が強い。身体が時の魔法により、またもや首から下が動かなくなっていた。




 今回は眼鏡は付けていない彼女が、真剣な表情で俺を見下ろしている。このまま身体を切り開かれたりしそうな雰囲気に、身を強張らす。




「怖がることはないわ」




 メディアレナが、そんな俺に微笑む。


 先日の修行により焦げてしまった髪を彼女に切ってもらい、俺は耳に掛からない程度の短髪になっていた。彼女はその髪の感触が気に入ったのか、俺の髪をまたしても撫でたがる。


 嫌いじゃないし気持ちが良いが、子ども扱いされているようで悲しい。




 ナデナデと髪を撫でくりまわしていた彼女が、手を放すとノートにまた何かを書き込む。そして次に俺の額を撫で、頬や鼻筋も撫でる。




「師匠、何を………」




 つううっと唇をなぞられて、言葉を飲み込む。指先が何度も往復し、時にツンツンとそれを押し当てる。


 やがて満足したのか、その指が顎を撫でて首を辿る。




「あ…………」




 ぞわりと身震いすれば、彼女の指が上着のボタンを外しにかかる。




「はいはーい、またごめんねえ」


「し、師匠…………あの」




 子どもにしてもいい行為なのか?




 前をはだけさせられて、まな板の鯉の気持ちで唇を噛み締める。




「触るだけだから………ね?」




 薄手のシャツ越しに肩を撫でられて、胸を手が滑り、思わず声が漏れた。




「ああっ、ん!」


「ごめん、ちょっと我慢してね」




 い、今の喘ぎ声は俺じゃない。あんな快楽に溺れた女のような声を俺が出すわけがないだろう。




 撫でさすられるのは、擽られるのとは微妙に違う感覚で、俺は息を上げた。やべっ、興奮しそう……




「し、ししょ、あふ、ん!」




 彼女の両手が、俺の腹に下りて、噛み締めようとした歯の間から悩ましげな声が出てしまう。




 どうやら肌や筋肉なんかの感触を知りたいようで、息を荒げる俺をよそに彼女は冷静な研究者の面持ちだ。




「しっかり引き締まってるのね。あと二、三年もしたら、きっと逞しい身体になるんでしょうね」


「あ、あ、やめ…………」




 ハアハアと涙目で彼女の手を追って、唾を呑み込む。




「そ、そこは!」




 待って!腹の下は、下は……………!




 凝視する俺の視界に、触っちゃいけない不可侵領域を飛び越えた手が腿を撫でるのが映った。




「ふうん、腿も筋肉が付いて固いわ。男の子って改めて触ってみると固い部分が多いのね」


「何を、あなたは何をしたいのですか…………」




 がっかりしたわけじゃないぞ。メディアレナは善良な魔女だ。子どもにイタズラする変態じゃないものな。




「男って、こういう感触なのね」


「…………………………」




 膝を撫でながら、彼女は興味深げに呟く。


 もしや実験と言いつつ、やはり性的な好奇心なのか?


 そうか淋しいんだな。そうだよな、お前はお年頃の女だものな。




「メディアレナ様……………手を自由にして下さい」


「ええ、いいわよ」




 彼女が言った途端に体が動けるようになり、俺は跳ね起きた。仕方ないな。未熟な体だが、俺が頑張って慰めてやるか。




「メディ」


「はい終了。お疲れ様」




 ノートに何かを書き込みながら後ろを向いた彼女が、抱き締めようと広げた俺の腕の囲いを軽やかに抜けていった。




 本当に無意識なの?もしかしてわざとなの?




 寝台の上で半身を起こして、黙々と書き記す彼女の背中を睨んだ。


 俺だって、たまにはお前をギャフンと言わせたいぞ!




「酷いです、メディアレナ様」


「え?」




 恨みを込めた俺の声に、彼女が驚いて振り返った。




「僕が子どもだからって、イタズラするなんて酷いです」


「イタズラ………?」




 反芻する彼女だが、表情に微かに後ろめたさが浮かんでいるのを見るや、俺は内心ほくそ笑んだ。




 そうだ、罪悪感を覚えるがいい!




「そうです、僕の体を弄んだんですよ。これじゃあ僕もうお婿に行けないです!」


「え、ええ?」




 戸惑う彼女に、渾身の演技で目をうるうるして哀れっぽく見上げた。


 冗談で返されても良い。約束を取り付けられたら……




「だからメディアレナ様が責任取って、僕と結婚して下さい!」


「……………………………………………………………………………………………………」




 目を丸くして固まる彼女から、答えを引き出そうと沈黙したまま待った。


 沈黙が長く俺達の間に流れた。




「……………いいえ」




 やがて緩く首を振った彼女は、俺に「ごめんね」と呟いた。


 それから悲しそうに微笑むと、床に視線を落とした。




「私は一生誰とも結婚しない」


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