第3話 忘れ物。

ピコンッと、パソコンが鳴ってメッセージが届く。相変わらずいつも通りだ。少しのうんざりと、楽しみのワクワクを抱えてパソコンデスクに座る。クルクルクル、椅子を回して12時のシンデレラとカメラ電話を繋ぐ。


彼女はこの関係をどう思っているのだろうか。少なくとも嫌ではないはずだ。毎晩毎晩僕はシンデレラに嘘をつく。

雑談を交わしたあと必ず言う。

「お前さ、こっちに来いよ」

本心で言ってる訳じゃない。だけど彼女は本気にする。悩み、悩み、悩み。

「もう帰ってくるから」

そう言ってカメラ電話を切る。

ピコンッ。

その音と共に画面は黒く染まる。


そういえばいつか彼女が言った。「そのワイングラス、素敵ね」と。

僕はいつ買ったっけ?なんて思ったあとに返せなかった忘れ物だ、とチクリと胸を痛める。

特別な何かがあったわけじゃない。ワイングラスはもう必要なくなったのだろうと。


夜中の傍観者となってから日々はただ流れた。出会う人、離れた人、すれ違った人。結局は夜中だろうと昼間だろうと変わらない。生きていれば。


今日も僕は12時のシンデレラと雑談を交わす。

「お前さ、こっち来いよ」

切る前のお決まりともなった台詞をはく。

「だめだよ」

苦笑いして悲しそうにきゅっ、とシンデレラは下を向く。長い沈黙のあと「もう帰ってくるから」と言ってシンデレラはパソコンを黒く染めた。


シンデレラは今日もDVを受けているのだろう。もともとそとに出るのが嫌いなシンデレラは旦那からのDVなど関係ない。身体は、心は、傷を増やしていく。

「逃げ出したいとは思わないのか」いつか問うた。

シンデレラは首をふって安堵したように笑った。


ある日雑談を交わしていたら「おい、帰ったぞ」と、男の声がした。シンデレラの顔が青ざめる。固まったままで硬直している。

男がパソコンの僕を見ると、ふんっ、と見下すように笑って「こんな夜中まで仕事してる俺にたいして他の男となにいちゃついてるんだよ!」と、酒に酔った顔で叫んだ。そしてシンデレラのパソコンを、多分、ぶん投げた。

カメラ通話は途切れた。


それ以来、2度とカメラ電話が繋がることはなかった。


僕は今日も煙草をコンビニに買いに行く。



拝啓、あなたへ。

その傷が癒えぬなら、いつか本当にここへおいでよ。壊れてしまうその前に。

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