第2話 午前3時。

「そろそろかなーと、思いまして」

隣のベランダから彼女がこちらを見てる。午前3時、彼女は毎夜この時間にベランダに現れる隣の住人だ。だけれども、この昨今隣近所の付き合いなどは皆無といっていいだろう。無論僕と彼女も近所付き合いなどしていなければ名前すら、知らない。

しかし午前3時、こんな時間に起きてベランダで紫煙を燻らせている僕も僕だか、彼女はと言えば大きなワイングラスに「炭酸水」を揺らしながら弾ける泡を飲んでいるのだ。

「炭酸水はねー、身体を浄化してくれるのー」

「それ、毎晩言ってるから」

僕は冷たく言い返す。闇を照らし出す光に僕は紫煙をふきかけながら、彼女はワイングラスを揺らしながら沈黙と近所のコンビニの雑談やらを交わすとどちらともなく部屋に戻る。紫煙、一本分。彼女と顔を会わせてから部屋に戻るまで、紫煙、一本分の時間と決めている。同じように彼女もワイングラスの炭酸水がなくなるまでと決めているようだった。

紫煙、一本分、ワイングラス、一杯分、それが僕らの関係だった。ちょうどいい、冷めた温もりだった。


ある夜のことだった。彼女が珍しく煙草をふかしていた。と、いうより、初めて見た。

目を真ん丸にした僕に彼女はワイングラスを差し出した。勿論、極めて苦しい体勢で。

「たまにはさー、反対を味わうのもいいかと思いまして」

クスクスと、笑いながら煙草はまだ火をつけたばかりのようだった。

「探すの大変だったんだからねー、アークロイヤル。そんなレア物吸わないでよねー。甘い匂いにつられたじゃない」

確かに僕が吸っているのはアークロイヤルだ。だが、彼女に銘柄まで言った覚えはない。と、言うことは。。。

女の観察力は恐ろしい。

「あのスーパーのカート、いつもあそこにあるわよね、それをコンビニの店員が持ってくの、気づいてた?」

「あぁ、何度か見たな。ご苦労様」

僕は知らない店員を労うように言った。そう、あの店員を見たのは、初めて見たのは。。。

何かを振り払うように首を左右に動かし少しだけ下を見る。「じゃっあねーん」と言って彼女は僕の異変に気づかずに静かにドアを閉めた。

「あ、グラ。。。ス。。。」

まぁ、明日にでも返せばいいか、どっちにしろ洗って返さなければ失礼だ。いや、むしろ買って返すべきか?いや、そこまでする義理はない。そんな近所付き合いをする、時代じゃあない。

「また明日な」

届かない声を響かせて部屋に戻ろうと最後に外を見たとき、今日はコンビニの店員が違うのだなと思いながら閉めた。


しばらくして、隣の部屋の郵便受けは塞がれていた。


「じゃっあねーん」



拝啓、あなたへ。


僕にはやはり炭酸よりは紫煙がいいな。甘い甘いバニラの香り。だってそしたらまた蝶々は戻ってくるだろうから。

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