拝啓、あなたへ。

久保香織

第1話 夜に響く音

シュールだなぁ、しみじみ感じた。真夜中と早朝の狭間で煌々と灯りのついたコンビニの前にちかくのスーパーのカートの上になにも入っていないかごが鎮座していた。シュールだなぁ。2回目にそう思ったとき猫背の店員が几帳面にスーパーにカートを返しにいきはじめた。掃除用のホウキでカンカンと沈黙を破きながら。シュールだなぁ、猫背姿の店員の後ろ姿を見たのが3回目。僕は黙って家へと戻った。


秋だな、枯れ葉が舞い落ちて絨毯になる。アスファルトの階段に今年も紅葉が色づく。思わず踏んだ銀杏が薫る。久しぶりのあまりに変わらない校庭は少しだけ切なくさせた。10年前彼女の手を握って小さな口づけをした。なーに?彼女お得意のおどけた台詞が笑いに変わる。少しだけいや、すこしじゃないかなりだ、僕は笑いながら沈黙した。彼女の姿は次の日挨拶のないままで消え失せた。


あの日の紅葉を今でも持っている。捨てきれない宙に浮いた彼女の笑顔、泣き顔、悪戯な、にやけ顔。彼女は今ごろどこでどんな風に笑って怒って泣いて悪戯をしたいるのだろう。


廃校になると聞いて少しだけ迷って10年前通った中学校に足を運んだ。秋らしい気持ちのよい風が小説を読むようにぱらぱらと想い出を運んでくる。そのなかに彼女の姿は生涯初の口づけ以外なにもなかった。


シュールだな、こんなセンチメンタルのような夜があまりに悲しかった。忘れていた記憶がよみがえる。時計の針は戻しようもないのに。さよなら。あの日のバラバラに壊れてしまった紅葉を風にのせて飛ばした。シュールだなぁ、わかっていた、わかっていた、知っていた、気づかないふりをしていた。もういないこと。空からの声は聞こえなくて少しだけ眼は潤んでシュールだよ、そう小さく呟いて校庭を出た。


今日もコンビニの店員はホウキでカートをカンカンとならしながらスーパーへ戻しに行く。昨日と同じ風景を見れたって明日同じ姿を見れるとは限らない。あの日から止まった時間はずっとあった。毎日を繰り返しながらあそこでただ立ち止まったのも気づいていた。


拝啓あなたへ

寒いなら上着を貸してあげるからまたここへ戻ってきなよ。あの日のように。

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