恋に関しちゃ名探偵

うたう

恋に関しちゃ名探偵

 私に金がないかのように言うがね、それは間違いだよ。金がないんじゃない、君に貸す気がないだけだ。それに君に不足しているのは、財力じゃない。足りないのは、勇気だ。

 いいかね、今の君は種も蒔かずに畑を眺めている農夫のようなものだ。今日もいい天気だなぁ、気持ちいいなぁと鼻歌まじりでいて、花が咲くと思うかね? 野菜が実ると思うかね?

 そんなに呑気じゃないって? 止まない雨が心の中で降っている? ふむ、深刻だな。

 とにかくだね、君に必要なのは勇気だ。行動力だ。種を蒔かなければ、何も実らないように、まずは想いを告げなければ始まらない。

 幼い頃に両親を亡くして、ずっと貧しい暮らしをしてきたという彼女の生い立ちには同情するがね、だからと言って、安心して暮らせる家があれば、君を愛せるかもしれないなどというのは、摂理に反しているとは思わないかね?

 人は愛し合うようになると、もっと一緒にいたいと思う。もっと一緒にいたいと思うから、一緒に暮らす家が欲しいと思う。順序が逆なのだよ。彼女は愛を知らないのだ。

 おい、ちょっと飲み過ぎじゃないかね。これからとっておきの方法を教えてやるんだ。一旦、そのマグを置きなさい。

 いいかね、君が彼女に愛を教えてやりなさい。彼女を壁際に立たせてだね、右手でドンと壁を叩くんだ。彼女の顔の近くの壁を叩くのが望ましい。彼女は何か言おうとするだろうが、すかさず左手で彼女の顎を持ち上げて口づけをする。それで彼女はもう君に夢中だよ。

 なに!? 前にも聞いた? それで言われた通りにやってみたのか。ふむ、その様子から察するに結果は芳しくなかったようだな。口づけする前に平手打ちを食らったか。ちなみにその平手打ちと君の壁ドンは、力学的に等しい関係にある。物理学だな。

 君は失恋をしたと思ってるかもしれないがね、君は機会を得たんだよ。より素敵な女性と結ばれる機会をね。そんなありきたりな慰めは聞きたくない? そうか、すまないね。

 ときに、君は今朝の新聞は読んだかね? 新聞はいつも持ち歩くようにしているからね、ほらこれだ、見るといい。記事によると女詐欺師が逮捕されたそうだよ。顔写真があるが、美人だな。私も二十若ければ、引っかかったかもしれん。そのくらい美しい。

 なに!? それが彼女か!

 君の幸運は、金がなかったことかもしれんな。

 ところで、この店には何度か来ているが、君は気づいているかね? ビールに添えられるナッツ、君のが山盛りであることが多いのに対して、私のは少量であることに。不平を言っているのではないのだよ。山盛りであるときは決まって、あのちょっとぽっちゃりとした娘さんが給仕をしていることにも気づいてないのだな。

 おい、どこに行く?

 足りないのは勇気だ、行動力だと言ったが、今の君に足りないのは、思慮深さと分別だ。

 いくらなんでも軽薄すぎるぞ。

 待て、壁ドンだけはやめておけ!


「……」

「……」

「……嘘みたい」

「……君のことを、好きになってもいいのかな」


 おいおい、その冴えない告白はなんなのだ。

 しかし男と女はわからないものだな。どんな難事件よりも奇怪だ。

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恋に関しちゃ名探偵 うたう @kamatakamatari

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