ヴァージンゲーム

澤松那函(なはこ)

ヴァージンゲーム

 シングルベッドと勉強机とスマホの充電器しかない殺風景な部屋で、ブレザー姿の可憐な少女がフローリングの床に寝転んでいる黒いスウェットを着た少年に宣言した。


「さぁゲームをしましょう。私に勝ったら処女をやろう!!」


「いらねぇよ」


 雨宮夏姫が加藤春樹の家に遊びに来ると、このやり取りをするのが恒例行事であった。

 二人は、家が隣同士で幼稚園から高校まで一緒。

 高校進学と同時に夏姫が告白して、二人の関係は通称『春夏カップル』にランクアップした。


 しかし春輝は、幼稚園の頃からダウナーっぷりに定評があり、付き合い始めてから一ヶ月経つのに手すら繋げていない。

 今日も春樹はさっさと一人で帰ってしまい、夏姫が慌てて追いかけたのだ。


「春ちゃんさ。少しは乗ってくんないと、こっちも甲斐かいってやつがないよ」


甲斐かいってなに?」


「やり甲斐がい的な?」


「今だるいから、めんどくさい」


「わたしら付き合って一ヶ月だよ? エッチとかチューとかいうレべルじゃなくて、手すら繋いでないよ? 昭和通り越して大正だよ!?」


「手を繋ぐ意味ってなに?」


 意味を求められても困る。

 手は繋ぎたいから繋ぎたいし、チューはしたいからしたい。

 エッチだってそういうもんだ。


「意味とかじゃなくて、わたしら付き合ってんだよ? だけど日常に変化なしじゃん。付き合ってる意味ないじゃん」


「そうなの?」


「そうなの!!」


「つきあうのってめんどくさいな」


「口を開けばめんどくさいめんどくさいって。て言うか春ちゃん。この先どうやって生きていくの?」


「家賃収入」


「……じゃなくてさ!!」


「聞いたの夏姫じゃん」


「とにかくゲーム!! 強制参加!!」


 春輝は気だるそうに状態を起こし、その場に座り直した。

 夏樹は、嬉々として微笑すると、春樹と向かい合って床に腰を落とす。


「で? 今日は何するの?」


「ババ抜きとか?」


「二人でやるババ抜きほど、つまんないゲームないだろ。ていうか三日連続でババ抜きじゃん」


「冗談冗談。ステーイステーイ。今日は別のゲームを用意してきたのだよ」


「へぇ。どんなの?」


 夏姫は、通学用の鞄からトンカチ一本、二十センチ四方のブロック型の木材、黒い巾着袋を取り出した。


「……夏姫」


「なに?」


「これ鞄に入れて学校行ったの?」


「そだよ」


「お前も大概たいがいだよね……」


「じゃあゲームの説明を始めよう!!」


 夏樹の耳に春輝の声は届いていない。

 馬の耳に念仏のようだ。


「ルールは簡単!! 巾着袋から釘を取り出して、交互に木のブロックに釘を刺していく! 釘一本につき、叩いていい回数は一回! 釘が途中で折れたり、釘が根元まで木材に刺さらないとノーカウント! 五回やって、より釘を多く刺せた方の勝ちね!」


「簡単なゲームだね」


「複雑だと、春ちゃんブーブー言うじゃん」


「まぁね」


「じゃあ先攻は私からね!!」


「はいよ」


 夏姫は巾着袋に左手を入れ、小さな釘を一本取り出してブロック型の木材に先端をあてがう。

 そして右手に持ったトンカチを渾身の力で振り落す。

 ガツンッと、小気味良い音が鳴り響き、釘が根元まで突き刺さっている。


「残念だねー春ちゃん。私にエロい事出来る可能性が一歩遠のいたよー」


「じゃあ俺の番ね」


「春ちゃん。無視はやめて。ちょっと傷付く」


 春輝は、夏姫からトンカチを受け取り、きんちゃく袋から釘を取り出し、ブロックに打ち込んだ。

 釘は、ひしゃげてしまい、木材に半分ほどしか刺さっていない。


「あ、しくった」


「春ちゃーん。わたしへのエロい妄想で手元が狂ったのかな? これじゃあ処女はあげられないかな」


 などと言いつつ、夏姫は内心でほくそ笑んでいる。


(ここからが夏姫様の真骨頂よ!!)


 釘打ちゲームは、カーニバルの出店で行われる有名な詐欺のテクニックだ。

 まず固い釘と柔らかい釘の二種類の釘を用意する。

 出店の店主は、ハンマーを使って一回で釘を根元まで木材に打ち込めたら賞金をやると言って客から参加料を取る。


 そして店主は、デモンストレーションの時、右のポケットに入れた固い釘を使って、木材に釘を打ち込む。固い釘だから当然釘は根元まで刺さる。

 だが客が打ち込む番になると、店主は左のポケットに入った柔らかい釘を刺し出すのだ。当然柔らかい釘では、根元まで刺さらない。

 店主は、賞金を出さずに、参加料を踏んだくれるというカラクリだ。


 夏姫は、このイカサマと逆の事をやろうとしていた。

 巾着袋は二重構造になっており、柔らかい釘が二十本仕込んである。

 普通に手を入れると、硬い釘しか取れないようになっているため、春輝は固い釘を使ってゲームを進め、夏姫は仕込んである柔らかい釘を使うという算段だ。


 さすがに一本目から柔らかい釘を使って全部失敗というのは露骨すぎるので、あえて夏姫は一本目、普通の固い釘を使った。

 勝負は、ここから。

 夏姫は、これ以降全ての釘打ちに失敗する。

 対して春輝が二本成功した時点で春輝の勝利が確定するのだ。


「じゃあわたしの番だね」


 二本目。

 夏姫は仕込んである柔らかい釘を使い、釘打ちに失敗。


「うわちゃー。どうしよう。テイソウ ノ キキガー」


 続く春輝の二本目。


「あ、またしくった。むずいなこれ」


 夏姫の三本目。

 失敗。


「あーん。春ちゃんにいかがわしい事されるー」


 春輝の三本目。


「あ、また折れた」


 失敗――。

 ここで夏姫は、ある可能性に思い至る。


(春ちゃん。もしかして……工作下手くそさん!?)


 固い釘を使って三連チャンの失敗はヤバい。

 ナチュラルに下手くそな可能性が高い。


(どうしよう。次の失敗されたら最低でも引き分けになっちゃう。五本連続失敗なんてなったら――)


 最初に夏姫がイカサマでない事を印象付けるために打った一本目のせいで負ける事となる。


(いやいや。でもさすがの春ちゃんだって――)


 不吉な予感を振り払いながら夏姫の四本目。

 柔らかい釘なので当然失敗。

 続く春輝の四本目。


(神様!! どうか春ちゃんに、工作の才能をこの瞬間だけでもお与えください!!」


 夏姫の願いも空しく、釘は七割ほど木材に刺さって折れていた。


「あ、これ俺勝ちなくなったじゃん」


(待て春輝!! 考えさせて!! どうすればここから私が負けられるか考えさせて!!)


 だが、どう考えても、この回で勝つのは不可能。

 ここは引き分けにして二回戦に持ち込み、そこで最初から最後まで柔らかい釘を使えばいい。

 万が一の事態を想定して、柔らかい釘は二十本仕込んできた。


 そして夏姫の五本目。

 当然ながら失敗。

 続く春輝の五本目。

 春輝は、ケタケタと夏姫を嘲笑っていたが――。


「夏姫下手くそだなー。あ、失敗した」


「下手くそはどっちよ!! 男のくせに釘一本打てないわけ!?」


「多様性の時代に、大工仕事が男らしいとか古いでしょ」


「だまらっしゃい!! もうあんたって男はぁ!!」


「そんな怒るなよー」


「あーもう!!」


「ジュースでも飲むか!?」


「飲む!!」


「じゃあ下行って取ってくる」


「オレンジジュースね!!」


「はいよ」


 夏姫が考えてきた渾身のイカサマゲーム。

 春輝の天然っぷりに、粉砕されたように見えたが――。


(夏姫。柔らかい釘を仕込むなら五本だけ仕込めばよかったのに。そしたら使って仕込んでる釘の本数が減った事で見抜けたのに)


 春輝は、表情に出さないものの胸の中で満面の笑顔を咲かせていた。


(俺は、お前とこうやって戯れるのが幸せなんだよね)


 だけどこのゲームは、春樹が勝った時点で終わってしまう。

 二人が愛し合ってしまったらもう二度と、このゲームに興じる事は出来ない。


 ヴァージンゲーム。


 それは、お互いに全力で負け続ける戦い。

 果たして次は、どちらが

 結果を知るのは、春夏カップルの二人だけ。

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ヴァージンゲーム 澤松那函(なはこ) @nahakotaro

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