死神は有休中
山吹弓美
死神は有休中
じいちゃんの葬式の時、俺は一人だけ変な人を見た、記憶がある。
黒いフードの付いたマントを着た、誰か。顔はよく覚えてないけれど、確か髪の毛がちらり、と見えたような気がする。
俺は確か泣きべそをかいていて、そのひとに慰めてもらったような記憶が、ぼんやりと。
ただ、後で親と話をしていたら、その人を見たのは俺だけだったらしい。親は、息子が死神を見たのだと恐れて神に祈りを捧げていた。
ここのところ俺、グレン・チェックは頭が痛い。仕事は順風満帆だし、独身ながら生活には何の問題もない。
俺が頭痛の種としている問題は、たった一つ。
「ポルカ。いつになったら、俺から離れてくれるんだ」
「死んだらー」
この、ポルカと名乗るピンク頭のほんわかのんきな女性だ。
独身なのだから、相手の性格さえまともであれば何の問題もないではないか、と知らぬひとは言う。だが、それは相手が通常の存在である場合だ。
「グレンから離れる気は毛頭ない、と何度言えば分かってくれるのかなあ」
「いやだって、お前死神だろうが」
「だから、グレンが死ぬまで待ってるんですー」
この彼女、よく見なくとも顔は骸骨だし黒いフードかぶっているし長い柄の鎌持っているし。
ピンクの髪を除けばとてつもなくベタな死神、それがポルカであった。ただし、他人様から見たら普通の女の子にしか見えないらしいが。
……ピンクの髪が普通かどうかはさておくとして。
「だって、正装見せる相手は仕事相手だけだしー」
それが、ポルカの言い分である。いわゆる死神スタイルは、仕事のときの正装であるようだ。
しかし、死神というのは普通、死ぬ直前に来るものではないだろうか。だが、俺は別にこの一か月内外に死ぬようなことはないらしい。
「俺の寿命、当分尽きないってお前言ってたじゃねえか。もっとぎりぎりになってから来やがれよ」
「えー」
「えー、じゃねえ」
初めて来たときに自分はもうすぐ死ぬのかと尋ねた俺に「だいじょーぶ。おじいちゃんになるまで、安泰だよ!」と言ってのけたんだからな、こいつ。
「だって、グレンの寿命が終わるまで有給休暇取ったもん」
「有休あるの!?」
「あるよー」
知らなかった。死神って、有休あるのか。というか、有休があるってことは死神、というのは仕事なんだ。
「というか、俺が死ぬまで有休ってそれどうよ」
「結構貯まってんのよ。どっかの国で働き方改革? そういうのがあってさ。死神界も影響受けて、ちゃんと消費しろって」
よく分からないが、それまでは有休もらっていても取れなかった、ということか? 戦争とかで忙しいから、とかなんだろうな。
……死神の雇用、増えたんだろうなあ。ちゃんと休みを取れるようになったってことは。
「……先長いな」
「うん。だから、グレンがおじいちゃんになって死ぬまで一緒だよ!」
「何でそうなるんだよ!」
「え、だってグレンがそう言ったんじゃん」
俺が死ぬまで一緒にいる。ポルカはそう、何度も言ってくる。
そして、俺がそう言ったのだと。
「ちっこいグレンがさ、『ぼくがしぬまでいっしょにいてほしい』って言ったから! やっと有休がグレンの寿命に見合うまで貯まったから、飛んできたんだもん!」
「ガキの発言、間に受けるな!」
「どう見ても正装だったのに、そんなこと言ってきたのはそっちじゃないかあ!」
……ああ、そうだよ!
じいちゃんの葬式のときにいた死神、お前だよポルカ。全力で思い出したよ。
髪の毛が見えたって思ったのはそりゃそうだ、黒いフードからピンクが見えれば印象に残るよ。
というかその時は仕事相手がじいちゃんだったらしく、俺には多分普通の黒装束の女の子に見えてたわけだ。
って、ちょっと待て。
「つか、な」
「うん?」
「有休中に仕事の正装してるんじゃねえよ、馬鹿」
「……………………あ」
慌てて鎌を消して、顔をわしゃわしゃわしゃとかき回して、フードを外す。おう、普通にピンク髪の可愛らしい女の子になった。こっちなら俺は、きっちり思い出せたぞ。
「骸骨で来て思い出せるか、この馬鹿が」
「わあん、二度も馬鹿って言ったあ」
「何度でも言えるぞー」
「言うなあ!」
ほんと、何度でも言ってやるぞこの馬鹿。
これから一生くっついてくる気なら、ちゃんと可愛い顔を見せやがれ、この馬鹿。
死神は有休中 山吹弓美 @mayferia
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