第120話 視点

 やはり、女騎士らの話に碌なことはないという勘は正しかったのだと、イフレニィは項垂れる。情報は欲しくとも、関われば知るべきではないことに触れることを恐れ、頑なに拒んでいた面は強い。始まりの天幕での会談ですら、イフレニィには過ぎたことだったのだ。

 ――よりによって、本物の頂点か。

 女騎士が言ったように、好きに行動できる権限を髭面は持つのだろう。しかし、ただ横暴に振る舞えば王の顔に泥を塗ることになる。それは真に己の意思といえるだろうか。王の意向を受けての行動でないはずはないのだ。心配ないどころか不安は嫌増す。

 二人の行動に不審は拭えなかった。腕に自信はあるのだろうが、二人きりで出ると判断した後に、その身に何事か起これば問題だ。

 海を渡りきるまでは一隊分の護衛がいたようなものだが。ふと、彼らの別の任務とやらが距離を取ってついてきていることではないかと考えたが、様子を窺うような魔道具の気配は感じられなかった。現在のイフレニィには些細な精霊力の流れだろうと、こちらに向けられたものを掴むなど難しくはない。道具を使わないなら、あまり距離を取っては護衛の意味もなく存在しないと考える方が自然だった。

 初めから合流する気でいたなら。イフレニィら三人を含めれば、最低限の頭数としては足りる。しかし、信用の置けない旅人風情に大事な身柄を預けるというのは、納得しがたい。

 王の、個人的な思惑があるとすればどうか。

 その意を受けた髭面が、幾らそれなりの身分の保証はされていようとも、たかが共に育っただけの乳兄弟。もちろん乳母に選ばれるような者の身分が低いなどありえないため、縁戚なら王族の一人ではあるだろうが、どこかの跡目を継ぐような立場ではないはずだった。失おうとも国への損害は無いだろう。信頼する部下を失うことは痛いかもしれないが、うまく立ち回れないような者なら、もとより庇ういわれもない。

 女騎士の方は、国民ですらない。投資した分はあるにしろ、こちらも失って困ることはない。再興を果たす際には帝国に都合の良い国を作るための采配だとしても、恩を売るのは女騎士一人という状況のようだった。帝国側としては、女騎士の活動の成否などに興味はないのだろう。

 考えすぎだとは思っていた。イフレニィの知る限りではあるが、アィビッドの統治に関する不穏な噂を聞くわけでもない。強引なところがあるとか、地方の隅々まで気が回ってないようだとか、そんな不満なら、どこの国でもあるようなものだ。

 イフレニィが漠然と不審と不安を覚えるのは、個人的な問題だ。無理に仕事を手伝わされそうになり、付きまとわれ、そのくせ肝心なところは伏せられていると感じられるためだ。悪い方の想像に近いほど、この身も安泰とは言えなくなる。主王の血筋にあることは知られており、ほぼ無縁といってよいほど遠いと言っても、ここまで付きまとわれているのだ。相対する者の地位が高いほど、逃れる手立てが少なくなることに気は重くなる。

 もし、それらの頭の中に築かれてしまった偏見を無しに見れば、どうだろうか。祖国をなくした少女を立派に育て上げ、懐刀を付けてまで国へ返す助力をしている素晴らしい王様の話に聞こえなくもない。

 大々的には出来ないが人を動かしたいという場面に、髭面はちょうどいい駒なのだろう。女騎士は、取引があったのだと暗に仄めかした。建て直しに手を貸すことにより得られるものが、女騎士の率いる生存者らの集団と言われれば、まだ納得できるものだった。

 イフレニィとは違い、女騎士は元から副王に連なる家の者であり、トルコロルを復活させるとして確実に必要な人材だろう。それを膝元で育て、ようやく自国の為に働く許可を得たという。恩を返すために働いてきたというが、本当に手を貸す必要があるのは今後ではないのか。あの狂信めいたところなど、どこまでが本来の彼女自身の意思なのかと、イフレニィの頭に新たな疑惑が生まれる。これ以上、深く考えないほうがいいのだろうか。

 結局のところ、考え込んでいたところで何が真実かなど分かりはしないのだから。

「おい。何を刺してる」

「うーん、なかなか挿さらなくて。毛が薄いからかな。あっひどい」

 イフレニィは立ち上がって、先ほどから頭皮を煩わせていた原因を払いのけた。枯れた葉の欠片が辺りに散る。吊るしてあるものから千切ってきたらしい。唖然としてバルジーを睨む。

「髪は少なくない」

「色が薄いって意味なんだけど」

 言いながら顔が笑っている。色が薄いから刺さりづらいでは意味が通じないのを分かって言っている。

「そろそろ、休んだ方がいい」

 セラが宥めるように言って立ち上がった。

「片付けろよ。怒られるぞ」

 文句を言っているバルジーを残し、居間を出た。暑さで頭がはっきりしない。汗まみれで寝る前にさっぱりしたいと思い、台所で後片付けをしていた粉主人を見つけて、水場を使っていいか尋ねる。そして案内されて驚いた。木製の四角い大きな入れ物にしか見えないが、まともに浴槽のある宿など初めてだった。残念ながら日が沈んでおり、湯を沸かす時間も元気もない。早く眠りたいこともあり汗を水で流すだけとなった。


 割り当てられた部屋に戻ると、ほっとして寝台に腰を落ち着ける。敷物が柔らかい。上掛けを捲ろうとして、これまた余計なほどの布が重なっているのに気づいた。薄い一枚を残して他は剥ぎ取る。ようやく横になると、体だけは人心地つくことができた。

 頭は、未だ呆然としている。

 髭面――ブラスク・ブラックムア。王の血族は、五大商人の一角を担うフロリナ一族だが、髭面の名にはない。傘下にある一族の名など、旅人の知るところではなかった。普通はそのようなものだ。イフレニィのように身体的な特徴がないなら、家名が違えば関連を連想さえできるものではないだろう。

 どれが、どこまでに関わる計画なのかと、始まりから思い返してしまう。これまでは女騎士の方面ばかり考えていたが、髭面の側から考えたことはなかったように思うのだ。

 回廊へ行く随分と前から、全ての準備は整っていた。後は確認をするだけだったと。その確認は、周辺の国を納得させるための証拠固め。妙な魔術式具は景色を写し取る道具だった。進歩の速さが空恐ろしいと、感想がこぼれる。

 そのようなものを誰もがすぐに信じるなどということはないから、現地へ人を出せと言って回っているのだろう。気の長いことだった。組織も図体がでかくなると、それだけ腰が重くなる。

 だからこそ、組合は各拠点毎の需要を重視しているのだ。しかし市民側に立っていると言えど、結局のところは運営には国の支援が必要だ。そう考えると、自らの立場にも矛盾を感じて、虚しいような諦めのような気持ちが胸に広がる。重く煩雑な気持ちを遮るべく、目蓋を閉じた。

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