緑の息吹
第81話 南への道
赤茶けた上を、黄色がかった土が覆うような大地。その間を突き抜ける街道を、イフレニィら三人は歩いている。上空を旋回している鳥から見れば、さぞのろまな足取りに見えるだろう。それでも、今までの倍の速度は出しているのではなかろうか。散歩気分だった以前よりも、よほど旅らしい。
この遮るもののない、荒涼とした大地の上でさえ、もう街の影も形も見えないところまで来た。二人に声を掛ける。
「もう、いつも通りに進めよ。急いだところで意味はない」
セラはやや速度を落とすも、バルジーと二人、困惑した顔が振り向いた。珍しくセラが別の考えに浸っていないということは、やはり意識して急いでくれていたのだ。
「そうは言ったって」
言い淀むバルジーに、イフレニィは答える。
「忘れてるわけじゃないだろうが、俺達は歩き。あいつらは馬。捕まえる気なら、すぐに追いつかれる」
「う……」
「それも……そうだな」
二人が同じように慌てたような表情を見せる。考えてなかったのかと、イフレニィは呆れた。
軍が捕らえる気はないことは、街を出る際に止められなかったことから明白だ。イフレニィが無断で食堂を飛び出しても、後を追ってさえ来なかった。だからといって、二度と会わずに済むことはないだろう。それらを伝える。
「せいぜい少しばかり、猶予を引き伸ばせるだけだ」
「それが、重要なんでしょ?」
口を尖らせたバルジーが反論めいた口調で言い、つい、わずかばかり考えてしまう。
「俺にとっては」
数歩進んで、セラが口を開いた。
「なら、やはり少し急いでおこう。お」
そして何かを思いついたように声を上げて振り返った顔は、心もち目が開いている。
「順番に、荷台で休みながら行けばどうだ」
イフレニィとバルジーに微妙な空気が流れる。イフレニィが先に返していた。
「二人はそうしろ。俺は大丈夫だ。一人の時は、もっと速く歩いてきたくらいだ」
「あー私も体力はあるから。ユリッツさん乗る?」
セラの提案を、バルジーと共に丁重にお断りする。
「一人だけ休むのは……そんなに、こいつが気に入らないのか……」
気落ちしてぶつぶつ呟き出した。とりあず今は戻ってきてもらいたい。急いで呼びかける。
「今さらだが、お前らまで先を急ぐ必要はあるか」
「理由ってこと? 話したでしょう」
またバルジーが馬鹿にしたような目で見てくる。大した理由などあった試しはないし、お前の説明は俺より分かりづらいんだと、イフレニィは胸中で文句をつけつつ見返した。
「私は南に行きたい。その理由だか、原因だか、手掛かりだかを、あなたは持ってるっぽい」
どうにか、その辺だけはイフレニィの話も通じていたようだ。だがセラの答えは違った。
「俺の方は、安い護衛費の見返りに協力している」
そんな交渉話を持ち出した。バルジーは、セラが自発的に協力を申し出てくれたように話していたが、まったく伝わってる気配がない。まさか鉈をちらつかせた結果じゃないだろうなと、イフレニィは睨むようにバルジーを振り向く。バルジーはすまし顔で答える。
「曖昧だけど、今のところはそれで十分でしょ」
締めるようにセラが付け加えた。
「俺は原料さえ手に入れば、鉱山に滞在する理由はない。それに、あまり一つ所に長くいると、先々が厳しくなってくるからな」
言葉に窮したイフレニィは唸る様にして、一応は納得してみせた。イフレニィの話とて、傍から聞けばそんなものなのかもしれないと思うためだ。
横目に見たバルジーは、こちらの顔をじっと見ていた。まだイフレニィが何か隠していると考えて、確かめようとでもしているのだろうか。しかし話していないといえば、昨日、女騎士が話していたような祖国に関することだけだ。それは、バルジーについては関係も必要もない。
今の状況では、もはや関係ないとは言い切れないかもしれないが、そこは追々考えるとして、他にバルジーを納得させられるようなことはないかと頭を悩ませる。もうバルジーと、謎の信号の関係については全て話した、はずだが。
「なに、まだ何かあるの」
不満の混ざった視線が光り、詰め寄ってきた。やはり少しは何かを期待しているらしい。
「その何かがないか、考えてるんだよ」
バルジーは腹立たしげに、「物忘れ酷すぎ」などと呟きながら離れていった。
これでは誤魔化したと取られてもおかしくはない。そういったことも含めて、話し合ってみようと腹を決めた。今後どうするのか、二人の意向もよくよく確認した方がいいだろう。
イフレニィとバルジーはいつもの通り、セラの引く荷車の後方を挟むように位置し、歩くことに集中する。イフレニィは基本、付いて行くだけだ。
黙々と歩くことは、全ての憂さを晴らしてくれる。流通量が多いせいか、北方よりもしっかり手入れされている道。街道を形作る、石の破片を平らに並べたような表面。その石の目を眺めつつ、何をどう聞くか、落ち着いて考えをまとめることにした。
女騎士、フィデリテ・マヌアニミテから食堂で聞かされた話についてだ。
最後まで聞き終えることなど出来なかった。気に食わない人物ということを差し引いても、まだイフレニィ自身が国の話を避けたい理由が大きい。そんな状態だというのに、嬉々として話そうとする者の相手をする忍耐などない。
だが、考えるよりも多くの情報がもたらされたのは確かだ。同時に、多くの疑問も湧いたことは、頭の痛い事だった。
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